第七十七話 高橋悠里は憧れの先輩と楽器店の店内を回る



ゴールデンウィーク中の駅前はコロナ禍とはいえ賑わっている。

悠里は待ち合わせ場所の南口改札前に立ち、周囲を見回した。

まだ要は来ていないようだ。緊張し過ぎて息苦しい。

悠里は緊張を紛らわせようと腕時計で時間を確認した。時間は13:45だ。

緊張でいたたまれない。こんな時はゲームに限る。

悠里がスマホのパズルゲームをプレイして気を紛らわせることにした。

スマホにパズルゲームのスタート画面が表示されたその時。


「高橋さん」


要に声をかけられ、悠里は顔を上げた。


「待たせたみたいでごめんね」


「いえっ。さっき来たところなので待ってないです。大丈夫です」


要は白いシャツにネイビーのスキニーパンツを合わせて、スニーカーを履いている。

持っているのはブルーのサコッシュショルダーバッグだ。

要が素敵過ぎて息が苦しい。要がしているグレーの不織布マスクが欲しいので、あとでネットで検索しようと悠里は思う。同じマスクを買えればこっそりお揃いにできるかもしれない。


「高橋さん。編み込み似合うね。服も可愛い」


「ありがとうございます。藤ヶ谷先輩もかっこいいです。素敵ですっ」


語彙が足りない。国語の勉強をさぼっていたツケをこんな時に払うことになるとは思わなかった。

これからは教科書とか本とか読もう。頑張ろうと悠里は決意する。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」


「えっ。あ、はいっ」


どうやら、お出かけ人数は要と悠里の二人だけのようだ。

悠里は手に持っていたスマホをハンドバッグに入れて肯いた。

要は悠里の歩く速度に気を配りながら少し先を歩く。

悠里は要と並んでもいいのか迷いながら彼の背中を見つめて足を動かした。

緊張し過ぎて右手と右足が一緒に出そうだ。変な歩き方にならないように気をつけよう。


要と悠里は駅ビルに入り、上りエスカレーターに乗る。

楽器店はビルの四階にあるが、悠里は店内に入ったことはない。


「この駅ビルの楽器店、管楽器専門なんだ。いろんな学校の吹奏楽部員が使っているんだよ」


「そうなんですね」


悠里は吹奏楽部に入るまで音楽には縁の無い生活をしてきたので、楽器のことも楽器店のこともよくわからない。


四階に到着した。今までは眺めるだけだった楽器店の店内に足を踏み入れる。

サックスだけでなく、クラリネットやフルート、トランペットやトロンボーン等がずらりと並んでいて壮観だ。

店内を見回して目を輝かせる悠里に要は目元をやわらげた。


「店内を見て回ろうか」


「えっ? でも、先輩は買うものとか決まってるんじゃないんですか?」


「高橋さんといろいろ見て回るの、楽しそうだと思って。ダメかな?」


「ダメじゃないですっ。光栄です」


悠里は頬が熱くなるのを感じながら、言う。マスクをしていて本当によかった。

顔が赤くなっても気づかれなくて済む。

要と悠里はゆったりとした足取りで店内を回り始めた。

店内にいる客はまばらで、一人でトランペットを見ている大人の男性や楽譜が並んでいる棚の前で楽しそうに話している男女のグループがいる。

男女のグループは、悠里たちと同年代に見えた。

要は銀色のアルトサックスが展示されているガラスケースの前で足を止めた。


「このアルトサックス、先輩が吹いているのに似てますね」


「同じモデルだと思う。自分のサックスが持てたらいいなあと思って、たまにここに来るんだ。マウスピースだけでもと思うんだけど高いからなかなか手が出ない」


「中学生だとアルバイトも難しいですもんね」


そう言ってから悠里は『アルカディアオンライン』のことを思い出す。


『アルカディアオンライン』はゲーム内通貨をリアルマネーに変換できるゲームだ。

要に『アルカディアオンライン』を紹介すれば興味を持ってもらえるだろうか。


「今日は練習用の楽譜を買おうと思ってたんだ。高橋さんも一緒に選んでくれる?」


「はいっ。でも、私、難しいこととかよくわからないですけど……」


「高橋さんが演奏したいなって思った曲を教えてほしい。一緒に吹けたら楽しいと思うから」


高鳴る自分の鼓動を感じながら、要のマスクがなければいいのにと悠里は思う。

マスクがなければ要の笑顔を見つめることができたのに……。

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