第四十一話 高橋悠里は幼なじみと待ち合わせの約束をする
悠里は自室のベッドの上で目を開けた。
無事にログアウトできたようだ。
ヘッドギアを外して起き上がる。
「楽しかった!! また明日も遊ぼう」
こんなに晴れやかで楽しい気持ちになるのは、久しぶりのような気がする。嬉しい。
「明日も遊ぶために、ちゃんと充電しておこう」
悠里はヘッドギアとゲームの電源を切り、ゲーム機器が入っていた段ボール箱から充電器を取り出した。
そして、ヘッドギアとゲーム機を充電する。
「あ。そうだ。圭くんとはるちゃんにお礼のメッセージを送っておこう。津波から街を守れたのは圭くんとはるちゃんが協力してくれたおかげだもの」
悠里はスマホを手に取り、圭と晴菜にお礼のメッセージを送る。
圭には『明日もゲームにログインするのでよかったらゲーム内で会いたい』と伝えた。
「はるちゃんも『アルカディアオンライン』をプレイしてくれたら一緒に遊べるのに……」
今のところ、晴菜は『アルカディアオンライン』に興味が無いようだ。
「はるちゃんが興味をもてそうなことをゲームで見つけられたら、また誘ってみよう」
5月3日の高橋家の晩ご飯は母親の予告通り、お昼のカレーの残りを使ったカレーうどんだった。
悠里は勢いよくカレーうどんの麺をすする。
カレーの汁が跳ねても、毛玉だらけのトレーナーに小学生の頃から履いているジャージ姿なので問題無い。
白いブラウスを着ている祖母は、一本ずつ麺をれんげに乗せて食べている。
「悠里。今日はゲームばっかりしていたんじゃない? 明日は勉強しなさいよ」
悠里がうどんの汁を、どんぶりを持ちあげて飲んでいる時に思い出したように母親が言う。
なぜ母親は、ことある事に「勉強しろ」と言うのか。
「わかった。明日頑張る」
うどんの汁を全部飲み干し、どんぶりをテーブルに置いて悠里は言った。勉強、今日は頑張らないし、明日のゲームプレイ時間を終えて気が向いたら頑張る。
「ハハッ。悠里は口だけじゃないのか?」
カレーうどんを食べ終えて楊枝で歯の隙間の掃除をしながら、祖父が笑った。
悠里は余計なことを言わないでという意志を込めて祖父を睨む。
祖父は気まずそうに視線を逸らし、父親は我関せずで麦茶を飲んでいる。
悠里は、これ以上誰かが余計な言葉を発しないうちに逃げることにした。せっかくのゴールデンウィークに勉強の話なんてうんざりだ。
勉強は、授業中とテスト前にだけすればいいと思う。
中学生になって、楽しみにしていた部活の時間は新型コロナのせいで激減したのに、勉強の時間が減らないのは理不尽だ。
悠里は食べ終えたうどんのどんぶりと先端がカレー色に汚れた割りばしをもってキッチンへと向かった。
キッチンのゴミ箱によごれた割りばしを捨て、黄色く汚れたどんぶりをキッチンペーパーで拭いてから、洗う。
自分の分の食器を洗い終えてキッチンを出ると、悠里は洗面所に向かった。
歯磨き粉をつけてピンクの歯ブラシで歯を磨き、プラスチックのコップを一度ゆすいでから、うがいをする。
新型コロナが蔓延する前は、家族で同じコップを使っていたけれど今は、一人ずつ別のコップを使っている。
タオルもそれぞれ、個別に使う。洗濯物が増えて面倒くさいと母親がぼやいていた。
歯磨きを終えてトイレを済ませ、自室に戻った悠里はふと気づいた。
今日、自分が主に寝て、ご飯を食べてまた寝るという行動しか取っていないということに……!!
昼食の後に食器を洗ったり、今も自分の分の食器を洗ったりしたけれど、でも、そんな些細なことをカウントできないほどに寝て、食べてという時間が長すぎる。
「ヤバい。私、今日いちにちで太った……?」
ゲームの中で、マリーが必死に長い距離を歩いたので悠里もたくさん身体を動かした気になっていたけれど、そんなことはない。
ゲームをしている間はずっと、ベッドの上で横になっていただけだ。
「今から着替えて走りに行く? でもカレーうどんがまだ胃にたまっている気がする……」
『アルカディアオンライン』のプレイヤーは、ゲームプレイ中は寝てばっかりという、この恐ろしくも重大な問題にどう立ち向かっているのだろうか。
ステイホーム中とはいえ、悠里はコンビニに行ったり公園に行ったり吹奏楽部で教わった基礎トレーニングをしたりしていた。
今日ほど、まったく身体を動かさなかったことはない。
今日だけでどれほど太ってしまったのか、体重計に乗って確認するべきだという思いと、増加した体重の数字に向き合う恐怖が心の中でせめぎ合う。
「体重計に乗ろう。現実と向き合おう」
悠里が決意したその時、机の上に置いていたスマホが鳴った。
圭からの直電だ。
「圭くん?」
「悠里。今大丈夫か?」
「うん。もう晩ご飯食べて、歯を磨き終わった」
「俺も晩飯終わった。まだ歯は磨いてないけど」
「圭くんなに食べたの?」
「目玉焼き乗せハンバーグ。他いろいろ。デザートはさくらんぼ。国産の高いやつ」
「いいなあ……!! さくらんぼ羨ましい」
「すごく強そうな戦国武将っぽい名前のさくらんぼだった。桐の箱に入って宝石みたいに並んでた。マジあれ芸術」
「芸術なさくらんぼ見たい!! 写真撮った?」
「すぐに冷蔵庫で冷やしたから撮ってない。ごめん。晩飯の後、家族でめっちゃ食ったからもうない」
「いいなあ。羨ましい。……そうだ。圭くんって太った?」
「唐突だな。最近、体重計に乗ってないから正確にはわかんないけど体感では太った感じはしない。なんで?」
「私、今日ずーっと『アルカディアオンライン』で遊んでいたんだけどね」
「ワールドクエスト、熱かったよな!! レイドボスとの激闘……!!」
「圭くんがプレイヤーを呼んでくれたから魔方陣起動できたよ。ありがとう」
「重要イベントはプレイヤーが一丸になって頑張らないとな。俺もMP注ぎに行った。一回注いで死に戻りしたらレイドボス戦に行ったけど」
「私、全然モンスターと戦ってないけどワールドクエストは熱かった。面白かった」
「一回も戦わないとかマジか。まあ、プレイスタイルは人それぞれだしな」
「それでね。気づいたの。今日、食べて寝てしかしてないって」
「あー。VRMMOあるあるだな。太ったからゲームやめるってプレイヤーも結構いる」
「そうなんだ……。圭くんは対策とかどうしてるの?」
「特に何もしない。ゲームで遊びまくってても太ったことないし」
「なんで何もしなくて太らないの? 胃の中にブラックホールとかあるの?」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「あー。えーっと、話は変わるけど?」
「それ言い方変えただけ。全然ダメ」
「ごめん。機嫌直せよ。『アルカディアオンライン』の話をしたいんだけど。ゲーム内で会う話」
「会ってくれるの? 私の主人公、今、港町アヴィラの『銀のうさぎ亭』にいるんだけど……」
「俺の主人公も今、港町アヴィラにいる。狩人ギルドの仮眠室で寝てる」
「私、狩人ギルドって行ったことない。どこにあるの?」
「港町アヴィラの西門の近く。西の森に近くて便利」
「そうなんだ。私の主人公のお祖父ちゃんが『狩人ギルド』のランクCギルド員って言ってた。圭くんは?」
「俺もランクCになった。ワールドクエストでモンスター狩りまくったからめっちゃランク上がった」
「すごい!! 私、まだ薬師ランクGだよ。登録してから一つもランク上がってない……」
「生産系は材料とか用意しなくちゃいけないし、作業する場所も必要だから、ランク上げるのキツいよなあ。狩人ギルドは依頼受けてモンスター狩ってればすぐ上がるから、プレイヤーに人気あるよ」
「そうなんだ。私も登録したいなあ。登録料っていくら?」
「銅貨5枚。500リズだな」
「それなら払える」
悠里はマリーのガラス瓶に入ったお小遣いを思い浮かべながら言う。
「じゃあ、ゲーム内で待ち合わせして、まずは『狩人ギルド』に案内するよ。待ち合わせ場所は、中央通りの広場でいい?」
「すごく言いにくいんだけど、迎えに来てくれない? 私の主人公5歳だから、一人で出かけられないと思うんだよね。家族に見とがめられそう……」
「5歳。マジか。悠里は12歳から15歳くらいの女子キャラを選ぶと思ってたから意外」
「私も自分が5歳の幼女キャラを選ぶことになるとは思わなかったよ。でも、一番最初にキャラ詳細を見たのが5歳幼女で、しかも選ばなかったら数日で死ぬとか知ったら選ばざるを得なかったの」
「プレイヤーキャラは全員『離魂病』設定だからなあ。俺はいろいろ見てきっちり選んだけどな」
「圭くんメンタル強い」
「まあな。ゲームでは故郷を焼かれたり家族を殺されたり、親友に裏切られたりとかよくある話だし。あとたまに主人公も死ぬし」
「そうだよね。ゲームって命が軽いよね……」
「そこがいいんだよ。ドラマがある。で、待ち合わせの話だけど俺の主人公が迎えに行くよ」
「ありがとう。助かる。港町アヴィラの『銀のうさぎ亭』わかる? 中央通りにある食堂兼宿屋なんだけど……」
「知ってる。メシマズだけど安い食堂と感じがいい宿屋って聞いた。俺は建物を見かけただけで中に入ったことないけど」
「それプレイヤーの噂……?」
「プレイヤーもNPCも。狩人ギルドのギルド員が仮眠室いっぱいの時に利用する宿っぽい」
メシマズな食堂とか、致命傷っぽい噂なんですけど……。
借金をなんとかするためにも、おいしいご飯を出す食堂にしなければ、と悠里は決意する。
「俺の主人公はウェイン。孤児だから名字はない。黒髪黒目の少年キャラで10歳」
「圭くんの主人公、黒髪なの? リアルでいつも髪染めてるから派手なグラフィックの男子キャラを選ぶと思ってた」
「孤児キャラが黒髪黒目しかいなかったんだ。リロードするのも面倒くさいし、配色以外のグラフィックと初期能力値やスキルが気に入ったからウェインにした」
「孤児キャラって寂しくない? 家族キャラがいないんでしょ?」
「俺は孤児主人公とか天涯孤独系の主人公でプレイしたくてさ。NPCの家族とかいると自由に冒険できなさそうだし」
「確かに、それはあるかも」
「悠里の主人公キャラの名前は? 迎えに行くのに名前知らないとか不自然だから教えて」
「私の主人公の名前はマリー・エドワーズ。肩までの栗色の髪に青い目の可愛い女の子だよ」
「自分で可愛いとか言う?」
「いいの。言うの。マリーのグラフィックが可愛くなかったら、たぶん別のキャラ選んでたし」
「キャラの見た目は大事だもんな。いくら転生システムがあるっていっても、しばらくは最初に選んだ主人公でゲームするわけだし」
「お兄ちゃん。お風呂あいたよ」
圭の声に妹の晴菜の声が重なる。
「今、悠里と電話中」
「じゃあ、お父さんに先に入ってもらうね」
「圭くん。お風呂いいの?」
「あとでいいよ。まだ待ち合わせの時間決めてないし。じゃあ、明日の4時でいい? ちょっと朝早いけど」
「うん。……んん!? 4時!? 4時って新聞配達の人が来る時間の4時?」
「そう」
「なんで!? 私、そんな時間にゲームしたことないよ……!!」
「朝4時にログインしたら、ゲーム内時間の朝からプレイ開始できるからさ」
「なんでわかるの?」
「計算すればわかるだろ?」
「計算とか無理。面倒くさい」
「面倒くさいのは同意。ステータス画面にリアル時間とゲーム時間、両方実装してくれたらいいんだけどな」
「いいね。それ便利そう」
「だよな。時計機能実装の要望を出したプレイヤーがいるんだけど、運営に拒否られたって」
「えっ。なんで?」
「ステータスに時計機能を実装すると、ゲーム内の時計とか全然見てもらえなくなるし、ゲーム内の時計アイテムが売れなくなるからダメらしい」
「あー。それちょっとわかる」
小学校を卒業したお祝いに、祖父母から可愛い腕時計を贈られたけれど、未だに一度もつけていない。
スマホで時間を見る癖がついているから……。
「基本、VRMMOは運営の意向が最優先だからなあ。基本無料でこれだけ遊べるゲームを提供されているプレイヤーとしてはあんまり無茶なことは言えない」
「確かに」
いろいろ無茶なことを言うプレイヤーがうっとうしいから有料にします。使用料を取ります、と言われたらすごく困る。
「じゃあ、明日の朝4時ログインで、ウェインが『銀のうさぎ亭』にマリーを迎えに行くってことで」
「私、朝4時に起きられる気がしないんですけど」
「じゃあ、俺がログイン前に直電するよ。スマホ、枕元に置いといて」
「わかった。よろしくお願いします」
「じゃあな。また明日」
「うん。また明日」
通話を終えた悠里は早起きできるか不安で、ため息を吐いた。
「一応、アラーム設定しよう」
悠里は3:45にアラームを設定して、スマホをベッドの枕元に置いた。そして、風呂のお湯を入れるために部屋を出た。
風呂のお湯を入れる前に、浴室前にある体重計に乗った悠里は思ったほどには体重が増えていないと安堵した。でも、だからと言って、寝てばっかりゲームばっかりという生活をしていたら、確実に脂肪に侵食されてしまうだろう。
「明日は朝ゲームして、午前中は運動して、午後からゲームして夜に気が向いたら勉強する」
体重計を下りた悠里は自分に言い聞かせて、お湯を入れるために浴室に入った。
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