【短編】婚約破棄される悪役令嬢なんて存在しなかった!

黒井影絵

婚約破棄される悪役令嬢なんて存在しなかった!

 ここは大陸の辺境に位置する小国ホライズン王国。

 その王国の王都にある王立アカデミーの卒業パーティの会場。


 大広間の壇上にはこの国の王子カズキーンが男爵令嬢ルルーナを伴って立っている。

 彼は目の前の令嬢に断罪を宣言していた。

「公爵令嬢ゾラ・トワイライト!真実の愛で結ばれた我が恋人ルルーナを害した罪により今、王太子カズキーンの名の下に断罪を下す!貴様との婚約は破棄とする!」

「あのー……殿下……?」

「申し開きをするつもりか!今更遅い!黙ってお縄につけ!貴様が先月ルルーナを階段から突き落とした事は言い逃れできんぞ!」

「いえ、殿下……人違いです。私はトワイライト公爵令嬢ではございませんが……?」

「はぁ!?……そ、そんな下手な嘘が通じるか!」

「私は、ドーン侯爵家の三女ウルースです。トワイライト公爵令嬢は私のいとこにあたりますが……あのお方に似てると言われたのは初めてです……」


 彼女の母がトワイライト公爵の妹にあたるので、ゾラとウルースは血縁もあり似てなくも無いが、瓜二つとは言えない。

 王子は婚約の初顔合わせ以降、全くゾラと会おうとはしなかったので、本気で間違えていた。


「ルルーナ!本当に突き落としたのは彼女なのか?」

「は、はい!こんな感じの見るからに悪役令嬢って感じの人でしたぁ〜」

 ルルーナは握りしめた両手を口元に寄せてウルウルした目で王子を見つめた。

「ルルーナはこう言ってるぞ!貴様がゾラに命じられて、やったんだろう!!」

「いえ、それもおかしな話でして……」

 ウルースは首をひねりながらも、はっきり言った。


「私は当アカデミーの農学部に所属してまして……入学以降ずっと王都郊外の第二分校で寮住まいをしておりました。こちらの本校に来たのは入学式以来二度目です」


 ちなみに、彼女は在学中は作業着であるモスグリーンのツナギを常に身に纏い、長い髪を無造作に纏めてポニーテールにし、泥まみれで野畑を駆けずり回っていた。

 今は令嬢として着飾って大人しく振る舞っているが、農学部では周囲に“頼れる姉御”として慕われている。

 悪役令嬢とは程遠い人物だ。



「「……」」


 目論見が狂って困惑している壇上の二人は唖然としている。

 なんとか優秀過ぎてイケ好かない婚約者の有責の形で婚約破棄を勝ち取ろうと考えていたのに、出だしから躓いた形だ。


 そして、そんな二人を指差して狂ったように笑う男がいた。


「ぎゃはははははははは!!!ありえねー!ありえねーって!!いくら貴族ったって、普通、自分の婚約者間違えないでしょー!――ぷぷぷっ……ぎゃはははははははは――!!!」

「……殿下……笑いすぎですよ……」

 ウルースは苦笑しながら自分の隣で爆笑している婚約者の留学生シュライドを必死に窘める。

「ぶっ……無礼な!貴様!王族に対して、不敬だぞ!!」

 カズキーン王子は我に返って激昂した。

「ぎゃっはっはっは…………はぁー……そっちこそ、僕の婚約者を人違いで濡れ衣着せて断罪しようとした事について謝罪を受けてないけどー?このドラフィール帝国第五皇子シュライドの婚約者をさぁー?」


 ドラフィール帝国はホライズン王国の宗主国に当たる。

 そして、この王国の国力は帝国の従属国の中では末席に位置している。


 力関係では明らかに相手が格上だ。


「…………ぐぬぬっ!」


 しかも、この件は、どこからどう見てもカズキーン王子が悪いとしか言いようがないので、周囲も非難の目で二人を見ている。


「ほら、ちゃんと彼女に謝ってよ」

「……うぅっ……も、申し訳なかった……くっ……!!」


 王子は歯を食いしばり断腸の思いでウルースに謝罪した。




「……だ、だったら!ゾラはどこにいるんだ!来てるんだろう?ここに!!」

 王子は辺りをキョロキョロと見渡した。


 ウルースは眉をひそめて怪訝そうに言った。

「ご存知……ないのですか……?」

「ぷ……ぷっ……!」

 シュライドは吹き出しそうになるも口に手を当てて震えながら堪えている。

「何をだ!!」

「ゾラ様……トワイライト公爵令嬢は入学半年で卒業資格を取得して以降、国外で活動してまして、この学園には通学しておりません」

「はぁぁぁぁああぁぁぁ――???なんだと――!!」

「ぶふぉっ――!!!」

 シュライドは堪えきれずに盛大に吹き出した。

 彼は体を曲げて、直撃された笑いのツボにハマっていた。



「それに加えまして……」

 ウルース嬢は困惑の表情で言い淀む。

「まだ何かあるのか!ええい、はっきり申せ!!」

「はい……カズキーン王子とトワイライト公爵令嬢との婚約は既に解消済みと聞いております」


 会場は静寂に包まれた。


 遠巻きに、この茶番劇を冷やかし気味に眺めていた参加者も呆然としている。


「はぁ――?」

 カズキーンはキョトンとした表情で呆然とした。


「殿下が二年生の段階で、婚約継続について話し合う最後の対話の席が設けられましたが、殿下が全力でバックレやが……いえ、対話の場にお越しになられなかったので、そのまま両家の合意の元に円満解消となったと聞きました」


 気が遠くなった王子の脳内で『そんなこともあったかなぁ……』とぼんやりした感想が思い浮かんだ。


 当時は遅れてきた反抗期が始まっていたので、親からの通告は端から無視し続けていた。


 かろうじて彼が何とか思い出したのは、あの日は訳も分からず半ば拘束された状態で連行されたが、隙を見て逃亡した記憶だった。

 多分、その結果を記した通知は執務室の文書の山の中に埋もれているのだろう。




「まぁ、真実の愛が成就するんならいいんじゃないの?おめでとー」

 シュライドが気持ちの篭ってないお祝いの言葉を述べる。


「じゃあ、これで私はカズと結ばれて王妃に成れるのね!やったぁ!」

 ルルーナはカズキーンの腕にしがみついてはしゃいでいる。

「いや、それはない」

 シュライドは即座に否定した。

「ええー、どうしてですかぁー――はっ!もしかして、シュライド様も私のことを……あああ、私って罪な乙女……」

 ルルーナはクネクネしながら身悶えてる。


 シュライドとウルースは農学部ではお目に掛かることがなかったタイプの女である令嬢ルルーナに困惑し、ドン引きで呆れている。


「……頭おかしいんじゃないの?この女?大体、どーみても乙女じゃねーだろ……ってか、気安く名前呼ぶんじゃねぇ……ウルースだって二人っきりの時しか名前で呼んでくれないのに……」

「……い、色々、ぶっちゃげすぎですよ、殿下……」

 ウルースは赤くなってシュライドの脇腹に肘打ちを連打する。


「貴様ら!!俺とルルーナの仲を引き裂く気か!俺が王位についたら目にもの見せてくれる!」

「いや、だからさぁ……そもそも、君に王位継承権ないんだって」

「へっ?」

 カズキーンは本日何度目かの衝撃を受ける。



「君が王太子だったのは、入学して一年目までで……二年生になった時に、王弟のモナハーン辺境伯が試練のダンジョンをクリアして“勇者の証”を得て正式な王位継承権を獲得。その時点で君の暫定王位継承権は剥奪。現状君の身分は只の王子ってこと」

「なん……だと……」


 カズキーンは足元が崩れるような思いの中必死に立っている。


「さらに、モナハーンの子息も後を追うようにダンジョンクリアして王位継承権第二位となってる。もう君の出る幕はないよ」


 この国で王族が正式に王位を継承するには試練のダンジョンをクリアして、その最奥の部屋にて勇者の証を授かる必要がある。

 ダンジョンの難易度は非常に高く、強靭な肉体と知恵、それに勇気がなければクリアは困難だろう。

 カズキーンはあくまでも王族に“勇者の証”獲得者が出なかった時の控え選手でしかなかった。


「えーー?カズったら王様になれないんですかぁ?そんな、ひどぉーい!えーんえーん」

 ルルーナは絡めていたカズキーンの腕から離れて、例の拳を口元に寄せたポーズのまま泣き真似をする。


「え……ええーい!!そ、そんな馬鹿げた無意味な制度!廃止してやる!!」

 衝撃で狼狽えていた王子の脳内で、腹心であるガライン侯爵との密談をかろうじて思い出した。

 彼が王となった暁には、議会に試練のダンジョン封鎖案を提出して承認をゴリ押す計画だった。


「どうやって?君はもう王太子じゃないんだ」

 シュライドは呆れ気味に追い討ちする。


「正当な王位継承者がいない状況なら――万が一だけど――そんな法案でも混乱に乗じて議会を通過したかもしれないが、既に勇者の証を持った王族が二人もいる。それに……この制度は我が帝国が、その傘下の従属国と協力して遂行している大事な国是だ。これを廃止したいというのは……ドラフィール帝国に叛意があると言う事か?」

 シュライドは真顔で王子を睨みつける。


 カズキーンは、ひぃ、という情けない声を上げ、一瞬震え上がる。


「良い機会だから、この場を借りて言っておくけど……この制度は無意味なんかじゃない。来るべき魔王軍との決戦に備えて、我々王侯貴族は数多の勇者達を束ね、自らが旗頭として率いる必要がある。百戦錬磨の勇者達からなる軍の頂点に立つ者が兵達に侮蔑されるような脆弱な者であって良い筈がない。たとえ辺境の小国とはいえ、この事は肝に銘じておくように!」


 先ほどまでふざけた口調でゲラゲラ笑っていたのと同一人物とは思えないが、流石、腐っても皇子だ。

 その威圧に会場の参加者は皆、敬礼をした。


「ま、それはいいや。だいたいさぁ……そもそも、君本気で王様やる気あんのー?」

 王子は空気を読まずに急にキャラ変をして参加者たちは微妙に体勢を崩す。


「君がゾラ嬢との婚約に継続の意を示していたら、今頃王位継承権を獲得出来てたのに、その機会をわざわざフイにしたんだもんねー。全く同情できないよ」

「なんで、ここでゾラの名前が出てくる!?」

 王子が今となっては婚約者でない公爵令嬢ゾラの名前を呼び捨てにする無作法に会場の参加者は眉をひそめた。


「ご、ご存知……ないのですか……?!」

 ウルースは驚愕の表情で慄いた。

「さっきから何なんだよ!彼女が何だってんだ!ただの公爵令嬢だろ!」

 カズキーンはもうこれ以上衝撃の事実をぶつけられたら脆弱な心が耐えきれないと思いつつも虚勢を張らずにはいられなかった。

「彼女……正真正銘の“聖女”ですよ?しかも、勇者パーティ“黎明の閃光”のサブリーダーで、今、世界中で大活躍してるトップランクの冒険者ですよ!」

「はぁ!!なんだって――――――!!」

 カズキーンは腰を抜かさんばかりに驚いた。


 彼はすっかり忘れているが、元婚約者があまりに優秀だと持て囃されるので、ヘソを曲げた彼はゾラに関する全ての情報を遮断した上で、その存在を徹底的に無視したのだった。

 当然、彼女の現状など知る由も無い。


「彼女とその仲間の力を借りたら、試練のダンジョンは……楽勝ではないにしても十分クリア可能だったろうね。もっとも、トップランクの冒険者に対して、こんな失礼な態度をとり続けた以上、もう協力は望めないだろうなー。彼らのプライドは王族より高いからね!」

「な、な、な……俺は王子だぞ!臣下として協力して然りだろ!!」

「ははは。彼女は今や、帝国の爵位と小さいながら領地まで持ってる身分だよ。こんな辺境の将来性の皆無な王族なんて相手にしないでしょ。散々存在ごと無視してきて印象最悪だしね!」


 “黎明の閃光”は勇者ラズをリーダーとしたパーティで、多くのクエストとミッションをこなしてきた猛者中の猛者だ。

 有能さのあまり業界では『彼らの活動する時間一刻に金貨一枚分の価値がある』とまで讃えられている。

 成し遂げた偉業は多く、その結果蓄積された名声と財産は莫大で、彼らは今や下手な王族よりも裕福で優雅な生活を過ごしている。


「えーと、要するにぃ、そのダンジョン?とかをクリアすればいいんでしょぉ?実はぁ、私も、聖女なんですよー!一緒にクリアしましょ、カズ!」

 ルルーナは腰に手を当ててドヤ顔で聖女宣言をするが、周囲の目は極めて懐疑的だ。一人を除いて。

「おお!我が恋人よ!そうだ!我らが本気になれば不可能はないな!」


「ふーん、その聖女って……何級?」

 シュライドは意地の悪い猫のような顔で答えを知っているにも関わらずに質問を繰り出す、どうやら彼は哀れな犠牲者をいたぶり倒す事にしたようだ。


「さ……三級よっ!」

 ルルーナは目を逸らしつつも胸を張って言った。

「あー、金で買えるやつだぁ……ふーん」

 周囲の壇上の二人を見る目線は一気に生温い物に変わった。


 ……聖女に級なんてあるのか……と、カズキーンはぼんやり考えた。

 今日一日で初めて知った事が多すぎて、彼の脳は情報が飽和しつつあった。


 かつてはこの世界には自称聖女が巷を跋扈して国家を混乱させていたが、三代前の皇帝が世界聖女協会を立ち上げて聖女検定の制度を制定した。


 ちなみに、三級は筆記試験のみで取れる物で、下級貴族や商家の令嬢が婚活の際に釣書の空欄を埋めるのに使うものと一般に認識されている。

 二級からは実技試験があり、これは聖女の下働きとして弟子入りする為に必要な最低限の資格となっている。

 そして、一級聖女は治癒検定と結界検定の実技に重きを置いた二つの資格を取得する必要があり、それぞれが非常に難関な資格で知られている。

 実際の職業としての聖女を名乗れるのは、このどちらかを取った準一級からだ。


 ゾラは史上最年少でこの二つを同時に取得した“正真正銘の一級聖女”、歴史に名を残す天才少女として生きた伝説となっていた。


 さらに余談として、世界聖女協会とは別に、地方の商業ギルドが主催している聖女検定もあり、こちらは取得難易度が下がっている。

 ルルーナの三級がどちらの検定かは言うまでもないだろう。


「ええい!黙れ黙れ!!ダンジョンクリアすればいいんだろ!ゾラと平民ごときにクリア出来た事、この俺が本気を出せばすぐに出来るわ!」




 そうして、彼らはダンジョンに突入するが……それでクリア出来るほど、世の中甘くない。


 そもそも、屈強な猛者である辺境伯モナハーンがダンジョンクリアするのに優秀なスタッフと入念な準備を以ってしても数年の月日を要した偉業である。


 甘やかされた脆弱な王子が思いつきで何とかなる物ではなく、その準備運動に過ぎないレベリングすら満足に進まなかった。


 進退窮まった二人は元婚約者に泣きつこうとするも、黎明の閃光は飛空挺で世界中を飛び回っていて、世間知らずな王子では会う事もままならなかった。


 王子が右往左往している間に、ゾラは伝説の聖域にて勇者ラズと結婚式を挙げ、ホライズン王国では、カズキーンの父ドルセント王が辺境伯モナハーンに王位を譲位し、議会もこれを承認した。


 そして、カズキーン王子の腹心であったガライン侯爵は魔王軍の間者として裁かれ一族郎党処刑となり、お家断絶となった。


 元王子のカズキーンは未練がましく試練のダンジョンの低層階をウロついていたが、ルルーナ共々何時の間にか姿を見かけなくなった。



「どこに行ったのでしょうかねぇ?あの二人……」

 ウルースは帝国の植物研究所内にある温室の野菜を収穫しながら呟いた。

「笑いの神には愛されてたよねー。何なら宮廷の道化として推薦してあげたのにー」

 シュライドは微笑みながら土壌のサンプルを採取している。

「あれは悪ノリし過ぎでしたよ。冗談が理解できる御仁には見えませんでしたし……ヤケを起こして襲いかかって来たら危なかったですよ」

 ウルースは心配げに言った。

「はっ、望む所だね!あの聖女ゾラ様を散々蔑ろにし続けた男だ。公衆の面前でバカにする程度じゃ罰としては生温いよ!」

 シュライドは不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「はぁー……ゾラ様への仕打ちには私も思う所は多々あります……でも、ゾラ様はあの男の事を全く何とも思ってないんですよね……言われるまで完全に存在を忘れてたそうで。本当にフリーダムでマイペースなお方ですよ。それより……私は殿下の身上が心配です。無茶は控えてください」

「ん……?僕の事、心配してくれるの?ねぇねぇ?っていうか、言葉遣い、普通でいいんだよ?何か堅く無い?」

 シュライドが身を乗り出してウルースの顔を至近距離で見つめた。

「も、もう……シュライド様のバカ……!今は仕事中ですよ!」

 真っ赤になってる婚約者をほっこりした気持ちで眺めるシュライド。


「それにしても、バカな男だったねぇ……悪役という犠牲者がいないと成立しない“真実の愛”なんて、ロクでも無いのにさぁ」



 ――その後、あの“真実の愛”がどうなったかは、誰も知らない。

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【短編】婚約破棄される悪役令嬢なんて存在しなかった! 黒井影絵 @kuroi-kagee

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