猫と

MenuetSE

第1話 出会い

 留美が最初にミケに会ったのは、高校に通い始めてすぐだった。市内にある公立高校の湘南なぎさ高校に入学した。通学経路は、ちょっとした田畑の中を抜けていく道になった。学校までは歩いて20分くらいだ。自転車通学をしてもいいが、ヘルメットを被っていくのが面倒で、歩いて通学することにした。

 ここは、湘南市の沿岸寄りの住宅街だ。といっても、海岸までは5kmくらいある。休みの日には時々自転車で海を見に行く。よく、

「そんな所に住んでるの? 羨ましいなあ。サーフィンやるんでしょ」

なんて言われる。この辺に住んでいる人は皆んなサーファーと思われているらしい。確かに、潮風に晒されたのであろう自転車の横にサーフボードを括り付けてギシギシと音を立てながら海に向かう若者をよく目にする。でも、留美はサーフィンを見るのは楽しいが、自分ではやっていない。

 住宅街はいくつも連なる丘陵地帯から成っていて、留美の家も少し高台にある。学校の帰りなんかに坂道を登って行くのは大変だが、眺めはいい。家は東側に向いていて、夜明け前に静まり返った住宅街の地平線が赤く染まっていくのはとっても綺麗だ。

 ミケは低い土手の上にいた。ちょうど家と学校の中間地点くらいの、畑の間を抜けていく細い道だ。道の脇が肩くらいの高さの土手になっていて、その上にビニールハウスがある。日当たりの良い場所だ。土手とビニールハウスの間に少し平になった所がって、ミケはそこにいた。春の日差しが穏やかで、風もいだ物憂げな朝だった。

 ミケは仰向けになって、後ろ足を二本ともまっすぐに上に向け、寝ていた。かなり大胆な格好だ。というか、相当に無防備だ。留美はその呆れた姿を見て、ちょっかいを出したくなったが、始業時間が迫っていたので、そのまま通り過ぎた。通り過ぎてから振り返ってみると、植え込みの上に二本の足だけが上を向いているのが見える。

「ぷっ!」

 噴出しそうになりながら、学校へと急いだ。

 学校の帰りに土手の上を見てみても、ミケはいなかった。そうそう、ミケと名づけたのは留美だ。ミケは文字通り、茶、白、黒の三毛猫だ。首輪も無いことから、どうやら野良猫らしい。

 ミケを見かけるのは朝が多かった。昼間はお出掛けのようだ。餌を探しに行っているのだろうか。何を食べているのだろう。周りはいくらかの田畑と住宅街が広がっている。


 次の日、留美はミケがいたら遊んでみようと、五分だけ早く家を出た。そして、いつもの土手に差し掛かると、少しゆっくり、腰をかがめて、足音を忍ばせて近づいていった。ビニールハウスの下まで来ると、ゆっくりと腰を伸ばして、土手の上を覗いてみる。

「いたっ!」

 そこには、昨日とは違って、前足を折りたたんで胸の前に納め、端座しているミケがいた。

 ミケは目の前に現れた留美の「顔」に驚いた様子も見せず、目を細めている。

「あれっ、驚かないのかなあ。こんにちは、ミケ」

 自分が勝手に付けた名前を呼んだ。

「ミャー」

 ミケは細目を開け、か細く鳴いた。どうやら留美を認識はしているようだ。

「私、高校生になったの。留美っていうんだ。よろしくね」

 ミケはもう一度か細く鳴いた。

「ミケって、勝手に名前付けちゃったけど、それでいい? だって三毛だからさ。ここは私の通学路だから、毎日通るよ」

 ミケは目を細めたまま、じっとしている。

「もう行かなくっちゃ。今度ゆっくり遊ぼ、ね。それにしてもあなたはいいわねえ、こうしてのんびりしていて。いつも暇で」

 すると、ミケはぐっと目を見開いて、

「ミャミャン、ギー」

 と少し鋭く鳴いた。

 留美は、ミケの急な変化に驚いて、二歩ほど後ずさりした。飛び掛ってきて、ひっかかれたらたまらない。しかし、ミケはまた直ぐに目を細めて日向ひなたぼっこモードに入った。

「あれっ、ミケの気にさわること言っちゃったかな。そろそろ行かなくっちゃ。じゃ、ミケ、またね」

 ミケを後にして学校へと急いだ。


 こうして、ミケと留美の交流が始まった。土手に植えられた桜は満開を過ぎ、風が吹く度に桃色の花吹雪を舞い上がらせていた。

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