第103話 丘月

「――私、内地公安局というところに所属しておりまして。ま、一般の方にはアミガサと言った方が分かりやすいでしょうがね」


 内地公安局アミガサ。この単語を聞いてセルハンの表情は益々険しくなる。それとは対照的にドゥシュナンは好奇の表情だ。


「イルカイ……と言ったか」


「ええ、イルカイです」


内地公安局アミガサのことだからそれも偽名なんだろうが、そんなことよりもなぜお前は俺たちに素性を話した? 情報を得たいのであれば観光客でも装って世間話をすればいいんじゃないのか? お前の狙いは何だ?」


「名前の件はご想像にお任せしますよ。所属をお話したのは、あなた方の反応を探るためです。あのセルハンだ、と思ったところでよくあるお名前ですし、死亡説も流れてますからね。しかし、反応が良かったお陰でオルマンドベルのセルハンさんだと、確証を持てました。ご協力ありがとうございます」


「それで、狙いは何だ?」


「おや、正直にお話しましたのに」


「そっちじゃない。外地調査室カラカサではなく内地公安局アミガサがここにいる、その狙いだ。ケレム・カシシュの命令だろうが、どうしてだ?」


「それは正直者の私でも流石にお話できませんねえ。カシシュ様の崇高なお考えがあってのことですが、これもご想像にお任せしますよ。ま、あなた方の動向を探るためではありませんとは言えますが」


「正直者だなどと、どの口が言うんだ。……で、それが本当なら俺たちのことはついでか?」


「ええ、そうですとも。その認識で間違いありませんよ。正直者の私が保証します。食事をしに立ち寄ったら、たまたまあなた方がいた。これはなんという幸運か、是非お話を聞かなければ! と体が勝手に動いてしまったのですよ」


「なんとも調子のいいことだな」


「ところでお二人は今回どうしてこちらに?」


「武器の買い出しだ」


「ああ、守るにしても武器はたくさん必要ですからねえ。或いは攻めるためでしょうかね。南町に」


「……ご想像にお任せするよ」


「おやまあ。ところでドゥシュナン君。先ほどから一言も喋ってませんが大丈夫ですか? どこかお加減でも悪いので?」


「あ、いえ、大丈夫です。お二人の話が面白いので聞き入ってしまいました」


「それは良かった。ところでこの後はどこに行く予定ですか?」


「この後は――」


「おい! 言うな!」


 ドゥシュナンが目的地をすべらせる前にセルハンが止めに入れば、遠くで舌打ちが聞こえた気がした。


「おやおや。私は正直にお話ししましたのに、随分と嫌われてしまったものです。……残念ながらこれ以上はお話を聞けないようですので、これにて失礼します。そうそう、イヌイ方面は魔物が多く出現するので注意した方がいいですよ。それではいずれまた。御機嫌よう」


 イルカイが席を離れても、セルハンは依然として険しい表情のまま無言で彼を監視し続けた。そしてその男が食堂を出ていくところまで見届けると、ふぅ、とため息を吐き、凝り固まった体をほぐすようにあちこち身体を動かす。


「セルハンさん、どうしてあのとき話をさえぎったの? あの人、ただお話をしたかったように見えたけど」


「……ドゥシュナンはもう少し噓を吐く人間と一緒にいた方がいいかも知れないな。奴が自分で言っていた通り、ただお話をしたいだけなら、俺たちが誰であるかなどどうでもいいはずだ。だが、わざわざ確認した。しかも俺だけならともかく、ドゥシュナン、お前の名前もな。そこに何らかの意図があると思うのは当然のことだ。そして案の定、行き先を聞いてきた。もっとも、内地公安局アミガサを持ち出してきたのはまったく不可解だが」


「僕も気になったんですけど、大陸の外のことなら普通、外地調査室カラカサですよね。何を調べているのか気になりますね」


「俺が言いたかったことはそうではないんだが……。ま、興味を持つのは結構なことだ。しかし、奴らには出来るだけ近寄らない方がいいぞ。本来は内地の情報収集、情報分析、それから治安維持のための取り締まりが主任務だそうだが、国を守るためなら誘拐でも殺しでもなんでもやるともっぱらの評判だからな」


「ははぁ。セルハンさんが言いたかったのは、相手を警戒させるような組織の名前を出したら、本当のことなど引き出せないに決まっている、ということですね」


「そうだな。お前の周りには善人しかいなかったのかも知れないが、大きな町になれば詐欺、窃盗は言うに及ばず、強盗、誘拐、殺人を行なう悪人は必ずいるものだ。目に飛び込んできた違和感にすべて気付けるよう、若いうちからじっくり人間観察しておくといい」


「大きな町って悪い人が沢山いるんですね。気を付けます」


「特に初対面の相手にべらべらと話さないように気を付けろよ。さ、お腹も十分に膨れたことだし、今夜はもう商会が手配してくれた宿に向かうとしよう」



 翌日の早朝、ドゥシュナンとセルハンの二人は、マチェイ老に見送られカネウラを後にした。馬車は商会が特別に手配してくれたものではなく、ヨシミズとイヌイの商人に卸すために元々用意されていた荷馬車に便乗させてもらった形だ。便乗とは言うものの、領主への貢物は大きな木箱で二箱と、だいぶ幅を利かせていることから、貢物が主荷物で、他の商品がおまけという見方も出来なくはないだろうが。

 ちなみに、この荷馬車の乗員は御者兼商会の売買担当者2名、商会専属の護衛2名、そしてドゥシュナンとセルハンの6人である。セルハンが護衛の2人に道中に魔物はいるかと訊ねてみれば、街道沿いではほとんど見かけたことは無いという。あくまでも街道沿いでは、の話で人気ひとけの無いところへ行けば見掛けることが多くなったとも話していた。それでは目的地であるイヌイの周辺ではどうかと聞いてみると、北西に少し行った森では沢山の目撃例があり、注意喚起がされているとのことだった。


「イヌイへ着いたら、先にその森の情報を集めて魔物を狩りに行くぞ」


「そうは言ってもセルハンさん。今まで見たこともないような魔物とやらを、いきなり行って仕留められるものなんでしょうか?」


 ドゥシュナンには、セルハンがなぜこんなにも魔物に対して自身があるのか全く理解が出来なかった。エコー大陸には魔物の噂くらいしか入って来ておらず、当然、大陸内部で目撃した話も駆除した話も聞かない。それは大陸から出たことが無いと話していたセルハンも同様のはずなのだ。


「あ、ああ、魔物の情報だけは集めていたからな。普通の動物よりも凶暴で力が強いだけなら何とかなるだろう。なあ、お二人さん?」


 やや言い淀みながらセルハンが専属護衛に同意を求めれば、二人そろって首を横に振るばかり。返ってきた答えは「我々は対峙したことがない。だが、傭兵組合に行けば情報が得られるかも知れない」と、セルハンの期待は裏切られる結果となったが、傭兵組合という情報が得られたからか、彼の表情は得意気である。


「それとセルハンさん」


「なんだ?」


「先に魔物を狩りにいってしまったら、貢物はどうするんですか? これ、馬車がないと運べないですよ。それにイヌイ商会のアウレール会長とお会いする予定だってありますよ」


「お、おお、そうだな。確かにドゥシュナンの言う通りだ」


 道中、そんな会話が有りながらも、カネウラをって9日後の昼頃にはイヌイに到着した。トラブルに見舞われることもなく、また、街道がよく整備されていたこともあって実に順調な道程だった。


 イヌイに到着した一行は、まず南東街区にあるイヌイ商会の倉庫で商品を引き渡し、次いで賑やかな東大通を横切り、北東街区のイヌイ商会本部に入る。そこでマチェイ会頭からの紹介状を見せて取次ぎを請うも、アウレール会長は北大通のお店にいると言う。

 東大通から斜めに北を目指す道を使い、北大通に出て探せば、じきにマチェイ商会の同行者から「こちらです」との声が聞こえた。その手の方を見遣れば、こじんまりとした店構えと、年代物の【コンラートの雑貨屋】の看板が古色蒼然とした風情を醸し出していた。

 イヌイ屈指の大商会とは思えない佇まいにドゥシュナンは我が目を疑い、セルハンは目を細めていたが、マチェイ商会の同行者は構わず入ってゆく。そのまま後をついていくと、店番をしていたのは特徴的な弁柄色の短髪に琥珀色の瞳、見た目40歳前後の男性であった。


「あ、マチェイ商会さん、いらっしゃいませ。今日は何のご用ですか?」


 その店番は陳列された雑貨の埃を払っていたが、すぐに来客に気が付き、セルハンたちに声を掛けてくる。


「本日は、商売のお話ではなくてうちの会頭からの頼まれごとで参りました」


「おや、それは珍しいですね。何でしょう?」


「エコー大陸からの客人2名を引き合わせてやって欲しい、と。アウレール会長、あなたに」

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