第70話 山羊型の魔物と思われる

「エッボ!横から斬れ!」


「おいっす!」


「2頭来る!2時と11時の方向!2時は任せた!」


「おいっす!」


 と、言うわけで、俺とエッボは邂逅した山羊型の魔物らしき山羊たちを、絶賛狩猟中である。

 螺旋状に斜め後ろ上方に伸びた立派な角と立派な顎鬚を持つそいつは走ってもすぐには辿り着けない、やや離れた北の上り坂斜面の岩の上から俺達を見下ろしていた。いや、正確にはそいつら、か。岩の周辺に目を遣れば岩の下に扇状に何頭か見える。螺旋角をもっているのがもう1頭、角が目立たないのが3頭、やや小ぶりで角が捻じれ始めているのが3頭、岩の上のリーダーと思われる1頭も含めて、体格は通常の山羊よりもやや大きいくらいか。魔物ではない、普通の山羊かとも疑ったが、1月の寒い中、子山羊と思われるやや小ぶりの個体が混ざっている時点で、通常、春に出産して11月前までに成体になるものと大きく異なるため、「あの人たち、魔物っぽくね?」「まじっすね」ということで、ひとまず解体して体内に神石しんせきがあるかどうか確認してみようとしているのだ。


 山岳部の岩場と言っても、この辺りは傾斜も緩やかで、足元はザレ場やガレ場のような状態にはなっておらず、土も豊富で植物も沢山見え、普通に行動できそうな場所だ。向かって左側のもう1頭の螺旋角がやや突出しているため、そちら側に距離をとって回り込み、そこから見てリーダーのいる岩の方向を0時方向とした。


「エッボ」


「うっす」


「普通の山羊に見えるんだが、魔物で間違いないか?」


「うっす。正確なところはまだ判明してないっすけど、この辺りは小型の山羊ばかりで、最近まであんな大きな山羊は見たこと無かったっす。風下にいたとき嗅いだニオイもなかなかのものだったので、ほぼ魔物で間違いないっす」


「そっすか。では、あの岩を0時として、時計の文字盤で方向を共有するっす」


 いかん。クールなアニキでいるつもりが、口調が伝染ったっす。


「うす」


 エッボは気にしていないようっす。今のうちに口調を立て直すっす。


「ひとまずの狙いは、あの正面の、群れから少し離れている螺旋角だ。ややゆっくり歩み寄って、こちらに突進してきたら攻撃開始。良いか?」


「うす」


 そんな作戦を立てて、ハルバードを構えながらややゆっくり獲物に近づいていく。あまり動作が遅いと気が付かれないと、うろ覚えの知識がおっしゃるが、早く近づいてみんなまとめて襲って来られるのは危険すぎるので、妥協してややゆっくりだ。

 ややゆっくり歩いて螺旋角ナンバー2に近づき、相手の視界には入っているはずなのだが、一向に向かってくる気配もなく、のん気に草を食んでいる。


 もう少し近づいてみよう。もう少し、もう少し、もう少し……。意外とこっち来ないな。もう少しか?もう少し、もう少し……、あ、こっちに顔向けた。もう少し、もうすこ……、あ、こっちに向かって来る。あれ?速くない?あいつの突進、むっちゃ速くない?

 あっという間に螺旋角ナンバー2が近寄ってくる。見習い期間の熊以来の突進力かも知れない。振りかぶって斬り下ろしたのでは間に合わないと、咄嗟に先端の槍部で胴体を刺突、というか、勝手に突き刺さってくれることを期待して前に構えると、狙い通り深々と胴体の正面にハルバードが突き刺さった。が、螺旋角ナンバー2はそれでもなお、闘志をむき出しにして、力任せにこちらにグイグイ寄ってこようとする。


「エッボ!横から斬れ!」


「おいっす!」


 すかさずエッボがハルバードを勢いよく振り下ろすと、そいつの胴体が見事に前後真っ二つになり絶命した。のも束の間、今度は角が目立たない恐らくメスが2頭、こちらに駆け寄って来ているのが目に飛び込んできた。


「2頭来る!2時と11時の方向!2時は任せた!」


「おいっす!」


 つい先ほどの経験からハルバードは諦めて、左手に刺々三角盾、右手にスモールソードで対処する。螺旋角ナンバー2よりは勢いのない突進を見据えて刺々三角盾を前に構えながら、ふいにオスとメスでこんなに角に違いがあるのも珍しいな、と思ったその次の瞬間に左手に鈍い衝撃が走り、メスの山羊型の魔物と思われる憶測だらけの個体の頭が刺々に思い切りぶつかった。だが、頭部にはほぼ肉が無く、表皮とその薄い肉に少しのダメージを与え、見た目がグロテスクになっただけだった。とは言え、痛がらせて混乱させる効果はあったらしい。俺の目の前で立ったまま痛さに体を上下させているそれの首を、右手の剣で深々と斬りとどめを刺した。流血量が少ないところを見るに、やはり魔物で間違いないのだろうと思う。


 こちらが終わってエッボの方を見れば、あちらも終わったようだ。恐らく突進に上手くタイミングを合わせてハルバードを振り下ろしたのだろう、魔物と思われる個体は頭部だけがぐしゃっと潰れて横たわっている。見た目がかなりやばい。

 同時に他の個体が迫ってきていないか確認したが、戦闘前よりも斜面の上寄りに移動していて、相変わらずのんびりしている風だ。


「今のうちにここから離れて解体する」


「ういっす!」


 獲物を仕留められたのが嬉しかったのか、緊張が解けたのか、エッボの返事も元気が良い。ここから離れて、とは言ったものの、胴体が真っ二つ、頭部の表皮が剥がれかけ、頭部がぐしゃぐしゃの3体を少しでも運ぶのは嫌だ。


「やっぱりこの場で解体しよう」


「う、ういっす!」


 あれ?ちょっと返事が淀んだ。迷ったのがいけなかったのかな?


「肉は持ち帰るのが大変だから諦めるとして、少しだけでも血抜きするか。その2体は首を切断して、切断面が斜面の下になるように並べておけ。こっちの真っ二つのは俺が先に解体を進めるから、そっちが終わったら手伝ってくれ」


「う、ういっす……」


「急に元気がなくなったな。一体どうしたんだ?」


「じ、実は俺、解体したことないんす。おおおお、教えてもらっても良いっすか?」


「何だ、そんなことか。誰にだってそういうことはある。勿論だぜ!」


「さすが魔物殺しのスヴァさんっす!最高っす!よろしくっす!」


 なかなかにクールなアニキの返事を出来たと思ったけど、なんか変な異名付いてない?傭兵業界でそんな物騒な通り名で呼ばれてるの!?あ、でもストレートで格好良いかも、うん。眠れる邪眼と良い勝負かも知れない。ところでスヴァさんって誰だよ。縮めたのを更に縮めんなよ。


 そんなわけで先に体が真っ二つじゃない2体の少しでも血抜きするための作業を俺の指導でエッボがやり、真っ二つの1体は血抜きも何も無いので、皮を剥いで内臓を取り除きつつ神石を探す。


「あった。これが神石だ、エッボ。俺も初めて見る色だが、神紋が見えるだろ?」


「ほんとっすね。不思議な石っすね」


 そう、これまでとはまた違う色の石が出てきた。真っ白、というか中心から外に向かって白が滲み拡がっているような感じで、相変わらず表面にあるとも中にあるとも認識できない神紋が黒い線で描かれている。中央から外側に放射状に8本の直線が伸びるアイン神のものと同じだ。

 残る2体からも神石が見付かり、1つは花緑青はなろくしょうに斜めの白い3本線のライゼ神の神紋、もう一つは先ほどの白い石とは対照的に中心から外に向かって黒が滲み、白い線で描かれたナハト神の神紋が見える。ちなみにナハト神の神紋は、正方形の4辺に接する円の、正方形の内側で円の外側が塗りつぶされている紋様だ。黒い正方形に白抜き丸で伝わる人もいるかも知れない。


 3体全て魔物だったということは、あの群れは全て魔物で構成されていた、という説が急浮上する。そもそもの発端は分からないが同型の魔物同士で交配し、どんどん数を増やしてしまう可能性が高くなってきた。そうだとすると、完全駆除は事実上不可能だろう。ロールプレイングゲームみたいに外を歩けば無限に魔物に当たるのだ。今のところ、街道や町には出没していないとは言え、人口が少ない村落では被害が出始めている。このまま増え続ければ、街道の安全や食糧生産に悪い影響が出るだろう。その辺りのことをランプレヒト兄さんはどうするつもりなんだろうか?


 あ、だから傭兵の数も増やしたいのか。根絶やしにすることが難しいなら被害を防ぐために行動する、ということだったんだな。


「スヴァさん、あれ。あそこ見て下さい。こっちを見てる人がいますよ」


 思索に耽っていたところを、エッボが現実に引き戻した。確かに山羊型の魔物がいた岩の上から今度は兵士風の武装した人物が数名、こちらの様子を伺っているのが見えた。


「確かにいるな。それにあのリベリーお仕着せ布は、……神聖リヒトか!?」

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