第43話 オレ㉒
「この度、オダ家直轄のツチダに新しい代官が赴任することに決まりましたが、お恥ずかしいことに衛兵が足りておりませんので、しばらくスヴァンさんに警備を頼め!という、オダ様の思し召しです」
領主様からの話だが、この若い執事はオレのような平民が相手でも、丁寧な口調で話をしてくれる。
ツチダと言えば、以前の熊を追い払う依頼のときに通過したあの町か。あの後も、サコへ行く商人の護衛で立ち寄ったことがあるけれど、そう言えば、経費を削るために代官がイヌイに住んでいて、その分、衛兵を少なくしているとか前に聞いたな。
「と言うことは、新しい代官様はツチダに滞在するんですか?」
オレは思ったことをそのまま質問してみた。
「その通りです。滞在するとなれば、無人だった代官屋敷の警備に、今よりも多く人員を配置しなければならないんですけどね、すぐには人員を割けなくて」
「分かりました。ところで、警備対象は代官様と代官屋敷ですか?」
「いいえ、ツチダの衛兵と同じ仕事をやってもらいます。ですので、代官と領民を守ること、犯罪の取り締まり、害獣駆除、賊の討伐、万が一のときは町の防衛まで含まれますね。もっとも、何事も無ければ、警備だけになりますが」
「分かりました。ありがとうございます。最後に、依頼の期間と報酬はどうなりますか?」
「それについては、スヴァン君が来る前に打ち合わせをしましたので、私から説明しますよ」
期間と報酬についてはお兄さんからの説明になるようだ。
「今回の依頼は3月1日から開始で、オダ家より終了の通達があれば依頼終了ですが、最低でも1ヶ月はツチダおよびその周辺で衛兵任務に就いて貰います。報酬は原則として1週間銀貨140枚、これは1週間ごとに現地で直接支払われます。害獣駆除や賊の討伐などがあれば追加で、これも基本的には現地での支給です。依頼終了について、オダ家からの通達によるものは報告する必要はありませんが、万が一、依頼の続行が不可能になる事態に遭遇した場合には、速やかに組合に報告してください。補足事項として、武器についてはツチダの詰所にあるものを貸し出してくれるとのことです。以上です。何か質問が有れば、今の内にどうぞ。」
「はい、2つ質問です。一つ目、1ヶ月以上の滞在中、宿泊場所や宿代はどうなりますか?二つ目、衛兵と一緒に訓練することはありますか?」
「その質問ですが、」
今度は執事が答えてくれるようだ。
「宿泊は、現地の衛兵用の宿舎に寝泊まりして下さい。勿論、宿代は掛かりませんし、食事も提供されます。訓練については参加を希望されるのであれば、ツチダの衛兵長に話をしておきますが、どうしますか?」
「はい、衛兵の訓練も受けてみたいと思っていたので、参加できるよう、お取り計らいをお願いします」
「分かりました。ではそのように」
「感謝します。……ああ、すみません。受諾するかどうか、お返事していませんでした。領主様のご指名とあれば、喜んでお受けしますので、どうぞよろしくお願いします」
オレが依頼を受諾することを聞いた執事は、にっこりと微笑んだ後、受付のお兄さんに、それでは後はよろしくお願いします、と告げて部屋から出ていった。
「スヴァン君、ついに領主様からのご指名ですか。いつかやるんじゃないかと思ってましたけど、とりあえずおめでとう」
「ありがとうございます。諸先輩方と、お兄さんが良い仕事を割り振ってくれたお陰です」
「いえいえ、そこはスヴァン君の実力でしょうね。衛兵の訓練所に忍び込んで、運よく領主様に見つかるとか」
「その話は恥ずかしいので、勘弁して下さいよ……」
「おや、そうですか?なんにしても、領主様からのご指名なんて私が受付も担当するようになってから初めてのことですからね、もっと自信を持って下さいね」
「そうですね。堂々とできるように精進します」
「あ、そうそう、依頼初日の3月1日ですけど、非番にするとのことです。お昼ぐらいまでにツチダに着くようにして、詰所で衛兵長に登録票の提示と挨拶をすれば、初日の任務は完了ですね。後は、期間がどれくらいになるか分かりませんけど、1ヶ月以上は必ずですから、今借りてる部屋は、引き払ってしまった方が良いかも知れませんね。あ、オータフルスまでの護衛依頼のときはどうしたんでしたっけ?」
そうだ、1ヶ月と言えばオータフルスだ。
行商人さんをカネウラまで護衛して、ついでに海を見る約束は、まだ果たされていないが、20歳くらいのときに行商人さんの知り合いの商人から、オータフルスという南の海に面した町までの護衛依頼が指名であった。
聞いたことも無い町だったからピンとこなかったが、それなりに遠い上に国外だったため、組合でも一度は断ったのだ。しかし、通常の1.5倍の報酬と熱意に押し切られて受けてしまったらしい。
オータフルスという町は、アシハラ王国建国に加わらなかった貴族が治める、比較的大きな町の一つで、実はドリテ王国に挟まれた南東部には、そういう町がいくつかある。ただ、建国に加わらなかったといっても、アシハラ王国と仲が悪いわけではなく、海岸で採れる綺麗な貝殻やサンゴなどの交易を通じて、昔も今も友好的な関係が続いている。
ここイヌイからオータフルスの護衛だけれど、依頼主が荷馬車を所有していなかったため、基本的に乗合馬車を乗り継いでの移動となった。
イヌイから南東に延びる東弓街道を、途中、フタマタの町を経由して4日かけてカワトに出る。カワトに出たら高原路という街道を東に向かって進み、2日後にオオモリの町、そこから高原路は南下し、3日後にはサカイガワの町に辿り着いた。
サカイガワからは、町の名前の由来となったサカイ川を、底が平らな艀のような船で下ること1日で、目的地であるサカイ川河口の商業の町オータフルスへと到達した。
初めて見る海や、独特な潮のにおい、眩しい太陽に似合うように白や青で塗られた美しい街並み、内陸では滅多に見られない宝石のような魚、実際に宝石として売られている貝やサンゴなどを見て、とても興奮したものだった。
依頼主の商人さんから、完了証明にサインをもらい、帰りも船でサカイガワまであっという間に移動できるのかと思ったら、残念ながらそうではなかった。川が海に流れているから船が下流に進むのが速かったのであって、川の流れに逆らって上流に進むのはとても時間がかかるということで、帰りはすべて乗合馬車で陸路を進むことになった。
オータフルスとカネウラを海沿いに結ぶ西南大海廊を西に進んで4日、途中の港町シラスから、海と王都を繋ぐ街道「貝の道」を北上して、また4日で王都の南の要衝ヤマセの町、そこから2日でようやく王都アシミヤ、さらに王都から4日の、出発からイヌイ帰着まで1ヶ月弱の長い旅だった。
アシハラ王国をほぼ1周したあの依頼のときでも、そのまま1ヶ月分の家賃を払ったんだよな。お兄さんの言う通り、今度は引き払っておくか。2ヶ月、3ヶ月とどんどん延長することだってあり得るんだし。
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