第1章 紙月
第1話 ボク①
暗闇の中にいた。
暗くて温かくて、不思議と優しい場所。
定期的なリズムを刻む音と幸せそうな声が聞こえてくる。
意識はそこで途絶えた。
*
次に意識を取り戻したとき、ボクは7歳だった。7歳になっていた。
「7歳おめでとう!」
精悍な顔つきに口と顎に髭を生やした男性が満面の笑みで声をかけてくれる。その髭は、普段であれば野放図だったが、今は綺麗に整えられ、どこか気品が感じられた。バンドカラーの白いシャツと、こげ茶色のベストを着ているが、その下の鍛えられた肉体の自己主張が激しく、無理矢理、肉体を押し込めているようにも見える。
これが、ボクの伯父だった。
「おめでとう!」
「おめでとー!」
続く元気な声は、伯父の子供たちだ。
いかにもやんちゃ盛りといった、浅黒く肌がやけた男の子は、次男で今年8歳になった。よく見れば今日もどこかを探検してきたのだろう、腕や脚に新しそうな切り傷がある。
たどたどしい発音で一生懸命に声を出してくれたのは、今年4歳になった長女だ。彼女のお気に入りの丈の短い薄いピンク色のワンピースに身を包み、頭には大きなフリルのついた布の頭巾を被っている。頭巾は厚手の布で中の作られており、転びやすい彼女の頭の守りも万全だった。
そのまるでお人形さんのような彼女は、次男に手を引かれてボクのもとまで来てくれて、まだまだ口が上手に回らないだろうに、周囲の真似をしてお祝いしてくれた。
お祝いの言葉に続いて皆が拍手をしてくれた。見れば、給仕だろうか。執事とメイドのような恰好をした中年の男女も笑みを浮かべながら拍手をしてくれている。
伯父には3人の子供がいるが、長男は去年から学校だとかで不在にしている。
「ありがとうございます、伯父上。ありがとう、みんな」
ボクが生まれたこの国では7歳になる前に死んでしまう子どもが多く、3歳半と7歳にこうしてお祝いをする風習がある。
お祝いの仕方は家庭によって異なるらしいが、家長が子供へのお祝いと、これからの人生が幸せであることを願い、練った小麦粉を伸ばして棒状にしたものをぐるぐると螺旋状に巻いた焼き菓子を、集まった皆で話をしながら食べるのが一般的なものだそうだ。
「偉大なる6柱の神々のお陰で、無事に今日まで生きられたことに感謝いたします。この後の長い人生も、子らが安寧に過ごせますようにお守り下さい」
伯父が祈りの言葉に続いて螺旋状に巻いたお菓子を食べ始めると、ボクたちもそれに倣って食べ始める。
今まで何回か食べたことがある、外はサクサク、中はモチモチの食感……、ではなかった。
この螺旋状のお菓子はトルデルニークという名前で、隣国の神聖リヒトでお祭りのときに食べられていた特別なお菓子だ。
ボクの国では一部の地域でしか食べられていなかったが、小麦が豊富に採れることもあってか次第に広まり、今ではどちらの国が元祖なのか分からないくらい、日常的に食べられるようになっている。
さて、眼前にあるトルデルニークは外はサクサク、中はモチモチのものが主流の中、生地を二重に巻きつけて、二重螺旋構造のように巻きつけて、どっしりと重く、更にあごの筋肉を酷使する非常に歯応えのある別の食べ物となっていた。
ちなみに伯父と従兄妹たちは通常のトルデルニークを食べていて、お祝いの主役だけの特別な計らいらしい。
伯父曰く、どっしりとした歯応えのある丈夫な男に育って欲しい、との願いを込めて今回から変えたとのこと。
食感はさておいてボクのことを心配して、あれこれ考えてくれたのだ。
感謝を伝えなければ。
「お心遣い頂きありがとうございます」
「俺とお前の間でそんなに畏まることは無いだろう。楽にしてくれ」
続けて伯父が言う。
「ところで何か困ったことはないか?最近お化けが見えるとか、なんでも良いぞ。困ってることがあったらどんな些細なことでも言ってくれ」
「オバケー!きゃー!」
すかさず長女が悲鳴を上げるが、それは言わずもがな遊びのもので、伯父と次男がお化けの身振り手振りをして遊びだした。
「きゃー!」
ちっとも恐がってない長女が楽しんでいるのを見てボクは笑いをこらえきれず、吹き出しながら何も困っていないことを伯父に伝えた。
伯父は、そうか、と少し残念そうな顔をしたが、「何かあったら言うんだぞ」と笑顔で言う。
「だぞ!」
長女も満面の笑顔で続いた。
ああ、なんて良い日だ。
ありがとうございます。
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