第5話 A-side >当麻の話
病院は大きく、10階以上ある建物はとても複雑な構造をしている。通路に赤や黄色といったラインが引いてあり、これらが案内に使われている。黄色の線の通りに進んでください、次は青色の線を行ってください、というように。
落ちているパンくずをたどって行くように、ぐるぐると回されては検査を受け、やっとそれは一通り終わった。気になるのはやはり精神科の検査だった。そもそもこのような検査で精神科というものは、一般的に含まれるものだっただろうか?まあ、考えても詮無いことではある。そういう時代なのかもしれない。
有名人がメンタルの病をカミングアウトし、話題になることも多くなったのではないか。少なくとも、そういう印象はある。その都度、SNSで話題になる、ということくらいは知っている。
「どいつもこいつも、理解者ぶりやがって」とさえ思ったこともあった。イケメン俳優がうつ病だと告白すれば、私も実はプチうつで、などと言い出すやつもいるのだ。
そもそも「カミングアウト」する必要がある、「カミングアウト」しなければならないことなのだろうか。「カミングアウト」。主語は何だろう?考える。人だろうか?メディアかもしれない。わざわざ事を大きくするのは、いつもそうだろう。実際のところはだからない。本人にしかわからない。俺なら、どうだろうか?どうするだろう。
そんなことを、ぼんやりと考えながら病院の外で煙草を吸っていた。嬉しいことに、近くに煙草が吸える喫茶店があった。おそらく法律が許すぎりぎりのところで営業しているのだろうな、と思った。最近は、いちいち病院の中で待ち時間を過ごさずとも順番がくれば連絡が来るようなシステムになっていることも、ちゃんと知らなかった。
携帯に、戻るようにとの連絡が来たので戻ると、先程の医師からの呼び出しがあった。「説明があります」と、先ほどの病室に通されたのである。
「なんだか、深刻そうですね」と軽口を言ってみた。
「当麻さんね、私としてはお仕事休まれた方がいいんじゃないかと思うんです」
これまで考えもしなかった提案だった。
「それは、先ほどおっしゃられた障害だということなんですか?」
「そうですね……。 こういうことは、血を採って、値として出るものじゃないんですよ。だからすごく難しいんですけど、あなたの場合、まず間違いないと思うんですよ」
それはどうなるのか。
「つまり……、どういうことなんでしょうか?」
「休息を取って、精神的な昂りを、落ち着かせていきましょう、ということです」
「よくわからないんですが、今の状況は異常で、わざわざ、何というか……、落ち込ませなければいけないんですか?」
「はっきり言えば、そうです」
「……!!」
そうなのか?
「調子が良すぎて、自覚がない、ということは、こういう症状ではすごくあることなんです。だから薬も飲まなかったりする人は多いですよ」
「いや……、しかし、調子が良いものを、どうして悪くしなければならないのか……」
「じゃあ当麻さんね、昨日、寝たのは何時ですか?」
「……」
答えられなかった。
「朝の4時とか、5時とか、っていうことは多いんですよ。それでね、それが楽しかったりするんです。でもね、身体は悲鳴をあげているんですよ」
それには、たしかに、心当たりは、あった……。
「先生、こういった科では、あまり病名をはっきりとは言わないですよね」
「まあ、そういうところはありますね。微妙な問題はありますからね」
「微妙とは、何ですか?」
「うーん、断言できるものではないですし、断言してしまうことの影響は大きいんですよ」
「それでは結局、よくわからないじゃないですか。うつ病ならうつ病、なんとか病ならなんとか病ですと言ってもらえなければ、次の手が打てないわけです」
「うん、それはたぶん、あなた自身も『手を打つ必要がある』と思っているということだと思うんですよ。うつとか、統合失調症とか、診断が難しい、いろんな病気がありますけど、あなたの場合は双極性障害という診断を下します。あなたのためにそれがいい。お仕事を休まれる必要があるのであれば、診断書を出します。いいですね」
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