第3話猫でバズりたい!

 ――天使と悪魔の終末戦争。

 そこには、一定のルールが存在していた。


 曰く、両軍直接戦ってはならない。

 曰く、両陣営に立ち入ってはならない。

 曰く、人間界に直接干渉してはならない。

 曰く、兵卒の募集は『ウィスパグラム』のみ。

 曰く、決着がつくまでが戦争です。



 誰が決めたかも分からないルールの中で、バルフェゴールは今日も囁く!






「――猫が良いみたいですよ、バルフェゴール?」

「つまんねー事言ってんじゃねーよ!」

「いや、でも見てくださいよ、この囁き。二十万『参戦する』超え確実だよ」



 アスモデュースが見せた画像には、一匹の猫とガブリエラ。

 猫の首には『#私はガブリエラの翼で爪研ぎをしました』と書かれたメモと、『#ぴえん』のスタンプが彼女の顔に貼られたウィスパであった。



『参戦する』数もさる事ながら、『ガブリエラ様大丈夫?』『反省してる猫かわいすぎ!』『でも許しちゃうんでしょ?』『傷ついた羽をペロペロしてあげたいンゴねぇ』などコメントもいっぱいだ。



「最後の奴、まだブロックされてねえのかよ……」

「ほら! 猫とウィスパの相性は凄く良いんですよ。今回の囁きは、猫メインでいこうよ!」

「しゃーねーな〜。じゃ、その案採用で早速行くか」

「行くって、どこにです? ディーテ市の猫カフェとか?」

「行けば分かるさ」



 ニヤリと笑ったバルフェゴールの後を追って、転移した場所は地獄の入口であった。

 底無し穴を守る巨大な扉が、彼女達の前に立ちはだかる。




「――ぶんぶん! ハロー『ウィスパグラム』。さて、今回は地獄でも最も有名な観光地の一つ、『地獄門』まで来ました〜』

「なんですか……そのノリは?」

「じゃあ、今回のゲストの登場です。ケロちゃ〜ん?」

「ギャワオーン!!」



 地の底から腹に響く轟音ごうおんと共に飛び出てきた魔獣。

 三つの頭には蛇の立髪を揺らし、真っ赤な瞳と狼のような犬歯からヨダレが滴ている。



「ケロちゃんは、今日もご機嫌ですね〜。この子は地獄でも人懐っこい猫ちゃんで、皆んなの人気者なんです」

「だから、誰に紹介してるんですか!? てか、ケルベロセはどっちかって言うと犬でしょ!」

「ん? 猫だよな、ケロちゃん?」

「ワォ……ニャオーン!!」

「はい、ダウト! 今絶対ワオーンって鳴こうとしたよね。ね?」

「こまけー事は良いんだよ。はい、逃げて?」

「え?」

「だから、逃げて。なるべく映えるように頼んだ。はい、よーいスタート」

「ちょ……え……? ぎゃぁああああああああ――ッ!!!」



 迫り来る地獄の疾走。

 大きく開けた口からはヨダレが飛び散り、大地に落ちれば毒草が咲き乱れる。

 太い爪先が空を切ると真空刃が吹き荒れ、そんな中をアスモデュースは必死の形相で逃げ回った。



「ちょ! ちょ! マジ死にます。ぎゃぁあああー、誰か助けてぇえ!!」

「良いよ、良いよその顔。必死な感じが出てて、マジウケる。てか、色欲の悪魔なんだから犬っころくらい余裕だろ」

「はい、今犬って言ったー! 犬って言ったー! 私の能力は理性ある人型限定なんです! 理性を持たない魔獣とは、相性が悪すぎなんですー! って、感じじゃなくて実際マジなんだから、もう止めて〜」



 ――パシャリ



「はーい。お疲れケロちゃん、もういいよ」

「ギャオーン! グルル……ガウガウガウ――ッ!!」

「た〜す〜け〜て〜」

「もういいよー…………もう、いいって言ってんだろ! おすわり!!」

「キャウン!」



 バルフェゴールの圧倒的魔力の重圧で拘束されるケルベロセ。

 彼女の赤い瞳が犬を見下ろし、八柱の実力をマジマジと見せつけた。



「ハァハァ……なんて事をするんですか、バルフェゴール……」

「いや〜、お前のおかげで良いウィスパ撮れたわ。『#猫と遊んできた』『#ズッ友』っと。ポチッとなー」

「身体張ったんですから、帰りビール奢ってくださいよ……」



 囁かれるウィスパには、涙目で逃げるアスモデュースと彼女と比べて何十倍も大きい魔獣が映っていた。


 ここで説明しておきたい事は、ケルベロセはアスモデュースを襲っているのではなく、本当に遊んでほしくて追いかけているのだ。


 しかし人間達にはそう映るわけなく、恐怖と同情を湧き起こすのは十分であった。

 これが後の大事件に繋がるとは、二人とも予想だにしなかった。



……

………



<<お前も蝋人形にしてやろうか! お前も蝋人形にしてやろうか! お前も蝋人形にしてやろうか!



「うぇーい、お疲れ〜」

「お疲れ様でーす。いや〜、久しぶりに全力で走りましたよ。って、凄い通知音鳴ってるじゃないですか! まさか、バズっちゃいました?」

「勿の論だぜ。あんだけ迫力ある事囁けば、バズり間違いなし。どれどれ〜」



 ビール片手にスマホを覗き込む二人。

 そこに付いた大量のコメントとは……



『どう見ても猫じゃない件』『流石にアスモデュースが可哀想』『これって完全にパワハラですよね?』『副官に魔獣をけし掛けるクズ上司』『やっぱり悪魔軍にコンプライアンスはない模様』『#バルフェゴールを許すな!』『←拡散お願いします』



「「……」」

「あかん……バルフェゴール、炎上してます……」

「はぁあああ!!?? 『様子見する』と『拡散する』が一万超えだと! どう見ても、ケロちゃんと楽しく遊んでるだけじゃん!!」

「人間達に、そうは映らなかったみたいですね……私もこれ泣いてますし」

「んだよ〜、バズるより炎上が先かよ。私達からは削除もコメント返もできないし、ほっとくしかないか」

「そうですね。もしかしたら、何割かは『参戦する』を押してくれるかもしれないですからね」

「「はぁ〜」」




 ため息混じりに二人はアプリを閉じた。

『バズる』道はまだまだ遠い――

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