第444話 有耶無耶
演出じゃなくて本物のモンスターが突然現れたということを知り、驚愕した山城さんと田中さん。少し落ち着かせた後で山城さんが俺たちに尋ねる。
「え、じゃあ本当にあれって本物のモンスターだったの?」
俺たちは演奏しながら同じ生徒たちに危害が加えられないように必死に殲滅したため、被害はゼロ。そのせいか、俺たちの言葉も少し疑っていたようだ。
しかし、あれは紛れもなく本物だった。
ただ、あのモンスター達は俺たちが一撃で殲滅できる程度。そこまで強いモンスターではなかったはずだ。警備員たちも特に動く様子はなかったから、外部の人間には演出だとごまかせたのではないかと思う。
「ああ。多分Cランクくらいだと思う」
「それってかなりヤバかったんじゃ……」
「まさかそんなことがあるなんて……」
俺が弱いモンスターのつもりで言ったんだけど、山城さんと田中さんは俺の言葉を聞いて顔を青ざめさせていた。
そういえば、一般人から見ればCランクモンスターは絶望的な相手だ。襲われたらまず間違いなく殺される。
それを考えると二人が怯えるのも無理はないか。
「もう倒したんだし、全く問題ないわよ」
天音は二人を安心させるように優し気な声色で心配いらないと肩に手を置いて諭した。
「そ、そうね」
「た、確かに」
二人は天音の言葉を受けてすでに脅威は去ったことを思い出し、ホッと安堵のため息を吐く。
ただ、いつだれがどこで危険に晒されることになるのかは分からない。
「二人が危なくなったら俺たちが駆けつけるから安心してくれ」
『ゴクリッ……こ、これが美少女たちを虜にする男の言葉……』
「いや、別に誰も虜にしてないぞ」
二人とはすでに知り合ってしまったし、何かあれば助けたいと思っての言葉だったんだけど、何故か顔を真っ赤にしてとても心外な返事をされてしまった。
俺はそんなことをした覚えがないので否定する。
「なってる。少なくとも私とノエル」
『やっぱり!!』
しかし、俺の否定もむなしくシアが名乗り出たことによって俺の言葉はただの無駄な抵抗に成り下がってしまった。
山城さんと田中さんは我が意を得たりといった表情になる。
「はぁ~……そんなことよりも今はやることがあるだろう」
「え?そんなことあったっけ?」
完全に俺に分が悪くなってきたので、話題を変える。
今俺たちは渾身の演奏を終えた後だ。それなのにモンスターのことにとらわれてしまい、やっていないことがある。
ただ、山城さんも田中さんも分からないらしい。
「まずは演奏お疲れ様ってことだ。皆とてもいい演奏をしていたと思う。多分今までで最高の演奏だったんじゃないか。本番の場だったし、自分たちというひいき目もあるけどな」
「あぁ~!!そういうことね!!確かに私たちは演奏をやり切った後だったわ」
「モンスターのインパクトが強すぎて忘れてた!!」
二人を俺の言葉に自分たちの状況をようやく思い出す。
「そうね、あのモンスターたちのおかげもあって、ハロウィンの雰囲気にぴったりハマってかなり良かったんじゃない?」
「ん。息も合ってた」
天音とシアも俺と同じように褒めあう。
「えへへ、今までで一番の演奏だった自信はあるよ」
「そうね。私たちすごく成長した」
褒められて照れながらも自分が頑張ったことを素直に認めてうれしそうにする。
勿論まだ拙いところや反省点はあるだろうけど、当日くらいやり切った気分に酔いしれてもいいと思う。
「でも、一番の成長株はどう考えても佐藤君だけどね」
「え?俺か?」
確かに俺はいろんな人に手伝ってもらって必死に練習したけど、素人に毛が生えた程度しか弾けるようになった気はしない。
「そうだよ。もう私たちなんて追い抜かれそうだし」
「そうそう。絶対初めて触ったなんて信じられないくらいだよ」
「いやいや、それはないでしょ。二人にはまだまだ届かないよ。二人は本当に上手いから」
二人は素人目に見ても、かなり上手い方だと思った。そんな二人を初めて数週間の俺が追い抜けるわけがない。
これは俺たちが褒めたことに対するお返しなんだろうな。
だから俺は真に受けることなく、二人を褒め返す。
「それがあるんだなぁ、これが。アレクシアちゃんと天音ちゃんも物凄く上手いし、自信なくすよぉ~」
「ホントだよね~」
どうやら元々自分の技術にはある程度自信があったのに、俺たちを見て自分の小ささを知ったということらしい。
せっかく褒めたはずなのになんだか雰囲気が暗くなってしまった。
「真弘も千尋も気にすぎよ。最初が一番伸びるのなんて当たり前なんだから。二人は十分に弾きこなしてるわ」
「ん。二人とも上手」
「え~、そうかなぁ?」
「えへへ~、褒められちゃった」
しかし、天音とシアが褒めた途端、さっきの雰囲気の暗さはどこに行ったというほどに、まんざらでもないような顔になる二人。
ちょろい、ちょろすぎるぞ、二人とも!!
「まぁ、とにかくお疲れ様。今日の文化祭が終わったら、都合のいい日に打ち上げをしよう」
「そうだね、そうしよう」
「そうね。空いてる日が分かったら連絡して」
「分かった」
これ以上雰囲気がおかしなことになる前に打ち上げを提案したら、皆が同意してくれた。
そして俺たちは準備室から出て着替えをして各々の予定に戻っていく。
こうしてモンスター発生事件は有耶無耶になり、忘れ去られていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます