第396話 制空権(第三者視点)
「こちらライトニング・ワン。特に異常はない。どうぞ」
『ライトニング・ツー。こちらも特に問題はない。いつも通りの空だ』
『ライトニング・スリー。こちらも何ごともない』
「了解」
とある国の戦闘機が、いつものように領空内のパトロールを行っていた。その日は晴れていて、全機ともに視界上もレーダー上も特に異常はない。
「全く……このご時世に我が国に侵攻してくる国などないだろうに……」
今、世界の国々はスタンピードの同時多発による爪痕で疲弊しきっていた。そんな時に他の国の侵略などしている暇などないはずだ。
コールサイン、ライトニング・ワンの男は、意味のない巡回にため息を吐く。
『そう言うなライトニング・ワン。そういう慢心が我が国の危機を招くかもしれないのだ』
お互いの期待は通信を繋ぎっぱなしにしていて、報告以外は普通に会話をしていた。
そこでライトニング・ワンのつぶやきを聞いていたライトニング・ツーと呼ばれる年嵩の男が、若くしてライトニング・ワンに抜擢された、優秀で力の有り余っている男を宥める。
彼も昔は正義感が溢れた男だったが、歳を共にずっと張りつめていることはできないということを学んでいた。いざという時に力を発揮するために、抜けるところは抜いておくのは大切な事だ。
「そうは言うがな。今はどう考えてもモンスターの撃退や国民の生活基盤の復旧の方が大事だろう?」
『それはそうだが、そういうのは俺達とは別の所がしっかりやっているさ。俺達は今、俺達の力が必要とされた時のために力を蓄える期間だ』
「へいへい。分かりましたよ」
ライトニング・ワンも頭では分かっていたが、全く異常が見つからない平和過ぎる日々が続き、自分が何もしていないような気持ちになって、愚痴らずにはいられなくて誰かに聞いて欲しかっただけであった。
『こちらライトニング・スリー!!何かおかしいぞ!!注意しろ!!』
「なに!?」
しかし、平和な日常はライトニング・スリーからの連絡によって終わりを告げた。
「一体どうした!?」
『巨大な積乱雲らしきものが近づいてきている!!』
「なんだ……そんなことか。いちいちそんな――」
『違う!!九時方向を見ろ!!』
ライトニング・スリーの焦った様子に状況を確認するが、余りに大したことがない情報に、ライトニング・ワンはライトニング・スリーを注意しようとしたが、ライトニング・スリーは被せるように続けた。
「なっ!?なんだあれは!?」
『バカな!?つい先ほどまでは快晴だったというのにどこから現れたというのだ!?』
ライトニング・ワンとライトニング・ツーは南方からやってくる巨大かつ以上に移動速度の速い積乱雲のような雲に驚愕する。
そのスピードは自分たちが乗っている戦闘機にも匹敵していた。
―ズガァアアアアアアアンッ
その積乱雲は近づいてくると、隙間から雷らしきものを放ち始める。
「なんとか回避しろ!!」
『了解!!』
ライトニング・ワンの指示で、飛来する稲光のようなものをなんとか回避しながら飛行していく。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
しかし、更なる脅威が彼らに襲い掛かった。
「ド、ドラゴン!?」
そう、彼らの前に雲の中から姿を現したのは、所謂ドラゴンと呼ばれるであろう類の存在である。
「バ、バカな!?空を飛ぶ類のモンスターは外では確認されていなかったはず!!一体どうして!?」
今までは空を自由に飛行するタイプのモンスターがダンジョンの外で確認された例はなかった。
それもスタンピードでも空を飛ぶモンスターが出てきたこともない。つまり、今起こっていることはありえない現象であった。
『そんなことはどうでもいい!!今はこいつから逃げる事だけ考えろ!!』
年若い隊長が狼狽えているのに対して、年長者であるライトニング・ツーが今最優先すべきことを告げる。
「りょ、了解!!」
指示を受けたライトニング・ワンは、後ろから追ってくるドラゴンに酷似したモンスターから逃げるため、全速力で戦闘機を飛ばした。
だが、ドラゴンと積乱雲の方がわずかに速く、徐々に近づいてくる。
「ちっ。あいつの方が早い……!?」
『どうやらここまでのようだな……』
焦るライトニング・ワンに、ライトニング・ツーが如何にも状況に合わないような穏やかな声色で呟く。
「どういうことだ!!ライトニング・ツー!!」
『つまりこういうことだ!!お前は振り返らず、先に行け!!』
嫌な予感がしてライトニング・ツーに問うライトニング・ワン。ライトニング・ツーの返事は行動で示された。
俺は戦闘機の旋回。つまりドラゴンに向かっていったのだ。
『ライトニング・ツー。私も行こう。二機の方が可能性はある』
『済まないな、ライトニング・スリー!!』
『気にするな。もう家族もなくし、引退も考えていた。若い芽を残せるなら本望だ』
『その通りだな!!』
同じくしてライトニング・スリーも旋回して、ライトニング・ツーの後を追っていた。二人はライトニング・ワンと比べればかなり高齢。そして家族も失い、今遺せるのは目の前の若い命だけ。
二人は迷うことなくその命を救うための選択をしたのだ。
「待て!!行くな!!」
『お前はこの情報を直ちに本国に伝えて、厳戒態勢を取るように動け!!いいな!!俺の家族には満足して逝ったと伝えてくれ!!』
『私も国のために散ったと報告してくれ!!』
ライトニング・ワンの制止も虚しく、二人はドラゴンに近づいていく。
稲光のような攻撃やブレスによる攻撃を巧みな運転で躱しながら、その胴体目掛けてぐんぐん距離を詰める。
『ライトニング・ツー!!ライトニング・スリー!!戻れ!!』
ライトニング・ワンは涙を流しながら旋回することはなく、再び二人を呼び戻そうとした。
―ズドォオオオオオオオオオンッ
―ズドォオオオオオオオオオンッ
二つの巨大な爆発音と爆風が吹き荒れ、ライトニング・ワンもそのあおりを受け不安定になる。
「くそっ!!」
それは二人がドラゴンに特攻した証。
ライトニング・ワンは操縦桿に拳を叩きつけながらもバランスをとって本国を目指して飛び続けた。二人の犠牲のおかげか、ドラゴンと積乱雲が彼を追ってくることはなかった。
そしてその日、世界各地で似たような現象が起こり、空にモンスターが出現し、旅客機やその他の飛行する物が襲われ、落ちることを余儀なくされた。
この日、人類は制空権を失った。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
カクコン用の新作を公開しております。
https://kakuyomu.jp/works/16817139557489215035
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