第390話 彼女のお礼

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「東雲さん、お疲れ様、今ので終わりだ。よく頑張ったな」


 それから一時間程経過してようやくモンスターがいなくなったので声をかけると、東雲さんは膝をついてぐったりとする。


 流石にあれだけのモンスターと戦えば、エリクサーを飲みながらとは言え、疲れるよな。


 俺は「そんなのとんでもない」という彼女の意見を無視してエリクサーを飲ませながらレベル上げさせた。


「よし、今日はもう終わりにしよう」

「え?も、もう……終わりですか……?」


 まだ早いけど、元々レベルが低いのなら今ので結構上がったはずだ。俺はレベルがないから分からないけどな。


「今ので大分上がっただろ?」

「え、あ、ホントですね……こんなに……私が……」


 俺が確認すると、東雲さんはなにもない中空を見つめて呆然となった。


 言葉を聞く限りきちんとレベルが上がっているらしい。


「それじゃあ足りないか?」


 いや、本人がやりたいというならもう少しくらい付き合っても構わないけど。


「そ、そうですね……。もう少し付き合ってもらってもいいでしょうか……?」

「おお。やる気だな。分かった。気が済むまで付き合うよ」


 意外にも東雲さんがやる気を出したので、夕方まで彼女のレベル上げに付き合った。レベルが上がると共にエリクサーの必要数も減った。


「本当にありがとうございました……」

「頭を上げてくれ。これで東雲さんからの依頼は達成ということでいいか?」


 レベリングを終えた俺達は、一時間以上かけて学校に帰ってきた。男子寮の前で東雲さんが俺に頭を下げる。俺は慌てて頭を上げさせ、依頼の件を尋ねる。


 帰ってくる前に東雲さんが自分のステータスを確認したら、目を丸くして驚いていたので、レベルはかなりあがったようなので、そろそろ十分かなと思う。


「は、はい。それで報酬なんですけど……」

「いやいや、良いって。前も言ったけどいい気分転換になったから」


 東雲さんが、報酬の件を切り出したけど、俺は元々そんなものをもらうつもりはんかったし、少し悩んでいた気持ちも切り替えられたので報酬を辞退するつもりだった。


「そ、それはだめです……」


 しかし、東雲さんはどうしてもお礼をしたいという。


「そ、そんなこと言ってもなぁ。特に欲しいものないし、お金も困ってないから……」


 俺は今すぐ欲しいものが全く思い浮かばない。


 高校デビューは失敗したけど、美少女に囲まれている上に、魔石貯金も沢山あるし、ステータスは無いけど、探索者の裏試験を高めることでBランクモンスターも相手にできるようになった。


 正直出来過ぎなぐらいだ。


 これ以上何を望もうというのか。


「そ、それじゃあ……何か考えてから……後で部屋にお礼をもって……伺ってもいいでしょうか……?」

「いや、そこまでしなくても……」


 東雲さんが何かを持ってきてくれるらしいが、そこまでしてもらうのは申し訳ない。


「ほ、本当に感謝してるんです……こんなどうしようもない私のレベル上げに付き合ってもらって……どうかお礼をさせてください……」

「分かった分かった。俺は風呂に入ったり、ご飯を食べたりするから、後で連絡してくれ」


 しかし、東雲さんはどうしてもお礼がしたいと深々と頭を下げる。俺もここまでされてその気持ちを無碍にすることはできないので、諦めて東雲さんの好きにさせることにした。


「わ、分かりました……それでは私も失礼します……また後程……」

「ああ、分かった。それじゃあ、またな」


 東雲さんと別れて俺は男子寮の中に入った。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ただいま、霞さん」


 いつものように俺を出迎えてくれる男子寮の寮母の霞さん。


「この後はお食事になさいますか?それともお風呂でしょうか?」

「そうだな。お風呂に入ってからご飯かな」

「分かりました。お風呂上りにご夕食を食べられるように準備しておきます」

「ありがとう。あ、後で東雲さんがこっちに来ると思うんだけど、俺の部屋に通してくれる?」

「承知しました」


 俺は霞さんに東雲さんの事をお願いしてお風呂に入り、ご飯を済ませた。


「もう俺の方はやることは終わったからいつでもいいぞ、と」


 しばらくラックとのんびりと過ごした俺は東雲さんにメッセージを送る。


『分かりました。すぐに伺います』


 メッセージは物凄く端的な文章だったけど、普段のオドオドしたしゃべり方よりも伝わりやすい文面だった。


―コンコンッ


 十五分程経った時、俺の部屋をノックする音が響いた。


「はーい」


 俺は返事をしてドアを開ける。


「え?」

「し、失礼します……」


 そこに立っていたのは間違いなく東雲さんだったけど、彼女の格好がどう考えてもおかしかった。


 なぜなら、巫女装束を身に纏っていたからだ。


「その恰好は一体……」

「な、中に入ってもいいでしょうか……?」


 俺は呆然としながら服装の理由を尋ねたけど、東雲さんは恥ずかしそうにしながら部屋に入れて欲しいと願う。


「あ、ああ。どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 俺は東雲さんの様子に狼狽えながら部屋の中に招き入れた。


「どうぞ」

「あ、はい、失礼します……」


 俺は座布団があるところを示すと、東雲さんはそこに腰を下ろす。


「それで、あの報酬っていうのは?」

「わ、私、いろいろ考えたんですが……あれほどのエリクサーの対価が……何も思いつかなくて……」

「それならそれでいいよ、俺が無理矢理の飲ませたんだし」


 どうやら報酬はなしという報告のようだ。


 それならそれでいい。服装に関しては気になるけど、趣味か何かなんだろう。


「だ、だから……私を報酬にしようかと思いまして……」

「は?」


 しかし、次の東雲さんの言葉に、俺の思考が停止した。


「わ、私のような醜女なんて報酬にさえならないかもしれませんが……どうかそれで報酬にしてもらえませんでしょうか……?ど、どうぞ……私を好きにしてください……」


 彼女は立ち上がって、スルリとその巫女装束を脱いだ。


「ちょ、ちょっと何やってるんだ!?」


 俺はすぐに目を逸らして怒鳴る。


「よ、夜伽をと思いまして……お嫌でしょうか……お嫌でしょうね……私のような愚物など……」


 服を脱いだと思えば、突然自虐して落ち込む東雲さん。

 

「いや、そういうことじゃ……」


 そういう問題じゃないんだけど、余りの唐突すぎて付いていけない展開に俺は困惑するしかない。


『……』


 お互いに沈黙する。


「お兄ちゃん!!なんで今日は来な……い……の?」


 その沈黙を予想外の人物が破った。


「あぁあああああああ!!お兄ちゃんがエッチなことしようとしてる!!皆を呼んでこないと!!」


 それは七海だった。七海はまたすぐにいなくなったと思えば、今度はシアと天音と零を連れて戻ってきた。


「皆どう思う?」

「有罪」

「有罪」

「有罪」

「私も有罪。乙女裁判の満場一致でお兄ちゃんは有罪となりました!!」


 そして三人に問うと、全員が同じように答え、七海もそれに同意して俺は有罪にされてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。これには訳が!!」

「問答無用だよ!!お・に・い・ちゃ・ん?」


 俺が弁明しようとするが、七海の有無を言わせない表情に封殺されるのであった。

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