第391話 怪盗深淵乙女(第三者視点)
―ドンドンドンッ
質の良い家具と落ち着いた雰囲気の一室に、突如としてけたたましいノック音が響き渡る。
「入れ」
大きな音にも動じることなく淡々と答える東雲道元。その程度の事で取り乱したりはしない。
「失礼いたします!!」
勢いよく扉を開いて中に入ってきたのは腹心である谷であった。
「ご当主様一大事でございます!!」
彼はズンズンと早歩きで部屋の中を進み、道元の座る執務机の前までやってきて非常に焦った様子で道元に告げる。
「そんなに慌てて一体どうしたというのだ?」
谷の様子に書類から顔を上げ、眼鏡をはずして少しだけ訝し気な表情を浮かべて尋ねた。
それほどまでに谷の様子は尋常ではなかったのだ。
「じょ、情報室に賊が侵入しました!!」
「なんだと!?」
谷がここに来た理由を告げると、さしもの道元も気が気ではなかった。
「そんなことあるはずがなかろう!!あそこには厳重なセキュリティが施されていたはずだ。どうやって侵入するというのだ!?」
道元としては万全の警備をしていたはずだった。何重もの機械的なロックを通り抜け、幾人もの警護の人間のチェックを受けなければならない。
そこを通ることなく情報室に辿り着くことなど不可能なはずであった。
「それが全く分かっておりません!!一体いつどこから侵入したのか全く不明で、情報室を守っていた四季崎が一瞬で無力化されました」
「バカな!?四季崎は元SSランクの探索者だぞ!?衰えたとはいえ、Sランクの実力は確実に上回っているはずだ。一体なぜそのようなことになった!?」
更なる信じられない情報に流石の道元もパニック状態になり始める。
「四季崎が言うには突然目の前の賊が現れたとのこと。そして如何にも忍者が来ていそうな忍装束を身に着けていて目元以外は見えなかったそうです。しかし、それも一瞬のことで性別などは一切不明だそうです」
「まさか……あの四季崎がそれほどまでに一方的に負けるとは……」
谷が四季崎からの報告を道元に上げると、道元は呆然となった。
―ドンドンドンッ
そこに再び荒々しいノック音が響き、静けさを破る。
「今度は一体何だというのだ……入れ」
「し、失礼します!!」
絶賛混乱中の道元は、うんざりとした表情で入室を許可した。入ってきたのは若い男。この家の分家の人間であり、この家で見習いとして働く人間の一人である。
「それでどうした?」
「それが……資料室に保管された資料が全て何者かによって持ち去られました!!」
「な……んだ……と?」
その男に確認した道元は、更なる絶望へと陥れられた。
「入り口を守っていた警備は誰も見ていないとのことです。四季崎様が襲われたとのことで、資料室の確認を行いましたところ、発覚いたしました」
「そうか……それで、そっちも手掛かりなしか?」
見習いの報告に、あまり期待していない様子で尋ねる道元。
「いえ、それが……現場にはこんなものが落ちていました」
しかし、部下の返事は意外な物で、その手には「東雲道元様へ」と書かれた封筒が持たれていた。
「これは?」
「おそらく、この屋敷に侵入した存在が残した物だと思われます」
見習いに尋ねるが、分かるはずもなく、彼は丁寧に置いてあった状況からの推測を述べる。
「中は見たのか?」
「いえ、お館様が一番最初に見るべきものかと思いまして」
わざわざ主人の名前が書いてあるのだ。見習いが何の報告もなく勝手な封をあけるようなことはしないだろう。
「そうか分かった」
道元は若い部下から封筒を受け取り、中を検める。
「くそっ!!」
目を通した瞬間、道元中に入っていた手紙を机に叩きつけた。
「どうされましたか?」
「読んでみろ」
「分かりました。それでは失礼して……」
谷が道元に尋ねるとそのまま手紙を差し出され、彼はそのまま受け取って手紙を読む。
そこにはこう書かれていた。
『佐藤普人から手を引きなさい。さもないと我らが手に入れた物を然るべき筋に渡しちゃうぞ。それから、東雲凛を東雲家から放逐して縁を切りなさい。貴方のお家の力があれば出来るわよね?お前達の彼女の扱いは見ているだけで吐き気がするわ。改善する気がない。またはおかしな動きをした瞬間にこちらも手段を選ばないわよ♪ 怪盗
それは明らかな脅迫であった。武の一門である東雲家が脅されるなど恥でしかない。しかし、持ち去られたデータや資料は、出るところに出ればヤバいものばかり。差出人がどこの誰かも不明なので、彼らにはその脅迫を飲む以外の道は残されていなかった。
「くそっ!!今に見ておれよ!!必ず復讐してやるからな!!」
道元はどこの誰とも分からぬ怪盗深淵乙女に対して捨て台詞を吐き、部下に指示を出して普人から手を引くこととなった。
さらに東雲家が普人から手を引いたのを皮切りに、聡い者達は普人には何かあると感じて、徐々に手を引いていく。
残るのは実力行使でどうにかしようとするアホな連中ばかりであった。
彼らの明日はどっちだ。
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