第382話 内密の依頼

 慰労会では皆が楽しくジュースを飲んで、美味しい料理を食べて、楽しく話して皆の労をねぎらった。


 中にはテンションが上がって勝手に一発芸をする先輩や漫才を始める先輩、それにカラオケ大会が始まったりして、大いに盛り上がっている。


「トイレに行ってくるな」

「ん」

「ごゆっくりデスよ~」


 俺はトイレに行くために席を立つ。


「たまにはこういうのもいいな」


 独り言ちながらトイレを済ませ、外に出る。


「あの……」

「うぉ!?」


 トイレに外には一人の小柄な女の子が立っていた。その気配の薄さに、俺は思わず驚く。普段は感覚を抑えているとはいえ、それでも一般人に比べれば、相応に鋭くなっている俺の感覚でも、ほとんど分からないくらいの存在感だ。


 これはある意味才能じゃないか?


「あ、えっと、たしか東雲しののめだったか……」


 オドオドした態度の少女で、クラスメイトのめかくれ女子が両目とも隠れてるのに対して、この子は片目が隠れている片目隠れ女子だ。


 その眼には俺しかいないというのに怯えの色が浮かんでいた。


 ん?それは俺が怖いって事か?

 俺は、ラックと言う最高に便利な能力をもつ超かわいい従魔を持つだけの、ただのDランク探索者だけどな。


「わ、私の事……覚えてくれてるんですね……」

「これでも記憶力は良い方だし、流石に同じ寮生のしかも同期のことは忘れないだろ」


 限りなく囁きのような小さな声だが、目を泳がせながらしゃべる東雲に、肩を竦めて返事をする。


「ひぅっ……」


 しかし、それだけでなぜか東雲は体をビクリと震わせた。


「すまん、何か怖がらせたか?」


 俺の行動の何かが東雲を怖がらせる原因になったようなので、体は動かさずにとりあえず言葉だけで謝罪する。


「ご、ごめんなさい。わ、私怖がりなので……」


 すると、東雲が頭を下げる。


 東雲が謝ることじゃないと思うけどな。


「それで、俺に何か用か?ここにいるってことは俺を待ってたんだと思うんだけど」


 出来るだけ優しい口調を心がけて東雲に問いかける。


「え、えっと、ちょっと相談に乗ってほしいことがありまして……」


 東雲は少し俯いて目をキョロキョロとさせながら俺に返事をした。


「俺にか?」

「は、はい……」


 東雲との接点なんてほとんどなかった。歓迎会の時と実家に帰った時に手に入れた換装リングを上げたくらいだ。それなのに俺に相談とは一体なんだろう。


「一体どんな相談なんだ?」

「わ、私のレベル上げを手伝ってもらえませんか?……」


 まさかレベル上げの手伝いだなんて。それは組んでいるパーティメンバーと行けばいいんじゃないだろうか。


「それはパーティの仲間行けばいいんじゃないのか?」

「わ、私パーティの足引っ張ってて……ア、アレクシアちゃんから……自分や妹さんのレベル上げに付き合ってあげてるって……聞いていたし、一年生でDランクなのは……佐藤君とアレクシアちゃんだけだから……」


 なるほど。同じパーティメンバーには頼みづらいって訳か。それとシアから俺の話を聞いていたと。あのシアが東雲さんに俺のことを話しているというのは知らなかった。なんだかんだシアも寮生と交流があるんだな。


 まぁ俺としては手伝ってやりたいところだけど、今はまだ探索自粛期間だからなぁ。


「今は探索自粛期間だから難しいけど、それが明ければ、俺とシアで付き合ってもいいぞ」


 勝手にシアも巻き込んでいるけど、シアもレベル上げは好きだし、嫌だとは言わないと思う。


「で、出来れば、明けるまでに……それと、さ、佐藤君だけにお願いしたいんですけど……」

「え?」


 自粛期間が明ける前までに、というのは、パーティメンバーの足を引っ張りたくないということで分かるけど、俺だけというのは意味が分からない。


 俺は思わず呆けた顔になる。


「お、お願いできませんか……?」


 東雲の目には俺への怯えの他に、どうしても約束を取り付けないといけない、という強迫観念のような感情が見え隠れしていた。


 一体何が彼女をそこまで追い込んでいるんだろうか。


「はぁ……分かった」


 そこまで鬼気迫るような気持ちをちらつかされて断るのってのも薄情だし、俺は彼女の頼みを引き受けることにした。


 自粛期間は失踪事件が頻発したせいだけど、原因は判明しているし、もう転移罠は動かなくなっているから気にしなくても大丈夫だし。


 それにあくまでだからな。どうしてもダンジョンに入りたいという奴は無理に止められたりはしないから普通に入ることも出来る。


「あ、ありがとうございます……」


 俺の返事に安堵して東雲は礼を言う。そしてLINNEの連絡先を交換した。


「気にしないでくれ。東雲も何に怯えているか分からないが、あまり思いつめすぎるなよ。何かあれば相談くらい乗るからな」

「~~!?」


 俺がなんとはなしに言った言葉は、東雲の何かに触れたらしく、ひどく動揺したような表情になった。


「まぁ……深くは聞かないから安心しろ」

「……」


 俺は黙って俯いてしまった東雲の横を通り過ぎて会場に戻った。


「おぉーい!!普人、おっせぇよ!!大か!?大なのか!?」

「うるせぇよ……」


 食堂に戻るなり、テンションが上がりまくったアキに絡まれて面倒なことこの上なかった。

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