第373話 個体名(第三者視点)
「それじゃあ、また今度ね」
「またね~」
エルフのレベリングが終わった後、零は普人達から一人離脱して帰路に着く……訳ではなかった。
「ラックの影魔はいるかしら?」
「ウォンッ」
普人達から十分に離れた人気がない場所で、ラックの影魔に向かって話しかける。
影魔は零に近くにも潜んでいるのですぐに返事をする。
潜んでいると言っても零のことを監視していたり、探っている訳ではなく、あくまで声の届く範囲に身を潜め、いつでも力になれるように待機しているだけである。
お風呂や着替えを覗いたり、トイレに付いていったりといった変態行為をしたり、ましてやその情報を主である普人に送ったりもしない。
ラックの能力の向上によって、ほとんど本体と変わらぬ見た目と基礎機能を兼ね備えた体を持っているため、返事も当然可能だ。
返事の後で零の前に姿を現す影魔。
「あなたはずっと私に付いてる個体なの?それともラックちゃんなのかしら?」
「ウォンッ」
零としては自分に付いてきている個体がどういう存在のなのか分からなかったので影魔に尋ねると、影魔はどっちでもあると答えたが、零は普人のように会話の熟練度を持っている訳ではないので、聞き取ることはできない。
「うーん。佐藤君みたいには分からないわね。あ、そうだ。イエスだったらお手、ノーだったらおかわりをしてくれる?」
「ウォンッ」
「そうそう。流石ね」
零は少し考えた末に、代りの意志疎通方法としてお手とおかわりを利用する方法を考え付いた。
これによって簡単なことならすぐに確認できるようになる。
「まず最初にあなたは私にいつもついてきている個体なの?」
「ウォンッ」
お手。つまり肯定。
「そう。影魔もそれぞれ別の存在のなのね。自我があるってことでいいのかしら?」
「ウォンッ」
お手。つまり肯定。
「一つの個体としての意識がちゃんとあるのね。あなたはラックちゃんではないの?」
「ウォンッ」
おかわり。つまり否定。
「そう。ラックちゃんでもあるのね」
「つまり基本的に自我があるけど、それと同時にラックちゃんとしての意識も存在するってことね」
「ウォンッ」
お手。つまり肯定。
「ありがとう。なんとなく理解したわ。でも基本的にはラックちゃんとは別の存在で、自分の意志で行動しているのよね?」
今までのやり取りで目の前に居る影魔のことがある程度分かってきた零。最後にもう一度質問をする。
「ウォンッ」
お手。つまり肯定。
それはラックとは基本的には完全に別の存在であるということ。
「それなら名前をつけてあげないとね」
自我があって別の存在だというのなら、ラックと言う名前や影魔と呼ぶよりも新しい名前を用意してあげたいと零は考えた。
「ウォンッ」
影魔は自分の名前がもらえるということで、嬉しくなって零に飛びかかって顔をペロペロと舐める。
基本的な性格はラックから引き継いでいるので、普人やそれに準ずる相手にはデレデレであった。
「ふふふっ。くすぐったいわ」
零は影魔に舐められている方の目を閉じ、困り笑いをしながら自分に飛びかかってきた影魔を抱きしめた。
「うーん、どんな名前がいいかしらねぇ」
零は影魔をモフりながら彼の名前を思い浮かべる。
「混沌より生まれ
零の口から出てきた名前は、案の定、厨二病を感じさせるネーミング。
「ウォンウォンッ!?」
ラックは必死に左手を零に突き出して抗議する。
「あら、それは嫌なのね……」
「ウォフゥ~」
嫌がっていることがちゃんと伝わったことに安堵する影魔。零は渾身の名前を思いついたつもりだったが、拒否されてしまったので、再び別の名称を考える。
「それじゃあ、闇よりも昏き者というのはどうかしら?」
「ウォンウォンウォンッ!?」
二つ目もやはり似たようなテイストで影魔は必死に首を横に振りながらお替わりを繰り返した。
「これも嫌なのねぇ、どうしたものかしら……」
二つ目も却下された零は、悩まし気な表情をする。
「ウォンッ」
影魔は前足を使ってジェスチャーをし始めた。両方の前足を器用に狭めるような仕草をすることで零に意図を伝えようとする。
「えっと、それはもっと短くしろってことかしら?」
「ウォンッ」
影魔の言いたいことがきちんと伝わったらしく、零は正しい答えを導き出した。
「そう。もっと短くて分かりやすい名前がいいの?」
「ウォンッ」
零の質問に影魔は右前足を出して肯定する。
「なるほどねぇ。そうねぇ、それじゃあ、ケイオスとシャドウだったら、どっちがいいいかしら?ケイオスならお手、シャドウならお替わりしてもらえる?」
「ウォンッ」
影魔は厨二の気配を感じつつも、許容範囲内の名前が提示されたので悩まずに選択した。
「あなたはこっちがいいのね。分かったわ。あなたのことは今日からケイオスと呼ぶわね」
その選択とはケイオス。シャドウでは自分達皆が似たようなものだからと嫌厭したのである。
「それじゃあケイオス、早速だけど、頼みがあるのだけどいいかしら?」
「ウォンッ!!」
零が満足そうな笑みを浮かべて問いかけると、ケイオスは元気に右前足を差し出した。
今日この日、影魔のユニーク個体が生まれた。
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