第335話 暴走
「えっと……まさかと思うが、普人が勇者様なのか……?」
質問していた先輩は比較的近くに座っていたので、俺の方にギギギという音が聞こえそうな動きで首を動かして呆然とした表情で恐る恐る俺に尋ねた。
「いえ、自分はそんなものになった覚えはありませんよ?」
俺として最初から勇者様と呼ばれてはいるものの、元々身に覚えのない事なので否定する。
確かに彼女のことは助けたけど、それは依頼があったからというのと、俺に彼女を見つけることができて、かつ敵を奇襲できる獣魔であるラックがいたおかげで、こっちのリスクがほぼゼロと言ってもいい状況だったからだ。
その力がなければ、依頼は受けたものの、零の情報収集をなんらかの形で手伝うくらいのことしかしなかった筈だ、多分。
勿論捕まっていたのが七海やシア、それと天音、ないとは思うけど零、それから母さんやアキであるなら話は別だ。
彼らが捕まったのであれば、どんな手段を使ってでも助けに行くつもりだけど、ノエルとは会ってもいなかったし、赤の他人だからな。命を賭けてまで助けようと言う気持ちはなかった。
「この方が勇者様で間違い無いデスよ!!」
しかし、せっかくの否定も虚しく、本人によって肯定されてしまった。
逃れることは叶わなかったか……。
「やっぱりお前なんじゃないか!!」
「さっきも言いましたけど、俺はそんなものになった覚えはないですからね」
嘘をついたなとでも言いたげな様子の先輩だけど、俺は肩をすくめて首を振った。
俺は嘘を言ったつもりはないのできっぱりと否定を繰り返す。
「勇者様!!ひどいデスよ!!」
ノエルは俺の方の駆け寄ってきて、不機嫌そうに頬を膨らませて抗議してきた。
「ん」
しかし、シアのインターセプトにより、一定以上近づくことができない。シアはノエルがぐいぐい来ようとするのを完全にブロックしている。
時折二人が分身しているように見えなくも無いけど、気のせいだと思う。
俺が勇者であることを否定したのがよっぽど不満らしい。しかし、そんなことを言われても困る。
「ノエル。俺は勇者じゃない。ただのDランクの探索者だ。それ以上でもそれ以下でも無い。ましてや勇者なんて呼ばれるような人間でもないよ、俺は。だから、俺のことは普通に名前で呼んでほしい」
ノエルには悪いけど、ここでキッパリと否定しておく。
「でもでも私を助けてくれたデスよ!!私はあの国で「わぁ〜、ちょっと話があるからこっちに来い」」
それでも納得のいかないノエルが、ちょっと公にしてはいけないことを口走りそうになったので、俺がサッと彼女の背後に回り込んで、口を塞いでその場から離脱した。
「おい、あの事は超機密事項のはずだ。一体何のつもりだ?」
俺は寮の屋上まで連れてきて、手を離して問い詰める。
ノエルの誘拐については、探索者組合やハンターズギルドの中でも限られた人間しか知らない。すでにレトキアと拉致国での間では秘密裏に話しはついたと聞いている。
しかし、公になれば、国同士での決着を有耶無耶にすることが難しくなってしまう。そうなれば、お互い血みどろの戦いになる可能性もある。
だから自分からあの事件を公にする行為はあまりに危険すぎた。ここには日本人ばかりだけど、その背後に海外の国が関わっていないとは誰も言えないのだから。
「ごめんなさいですよ。でもでも、勇者様が酷いことを言うから……」
「さっきも言ったけど、俺は勇者じゃないんだ。だから、そう呼ばないで欲しいんだよ」
俺の言葉にしゅんとしながら頭を下げたノエル。しかし、次の瞬間には顔をガバリと上げて、目をウルウルさせて俺を見る。
「私にとっては紛れもなく勇者様なんデスよ……」
「そう言われてもなぁ……」
女の子のそういう顔には弱いので、俺は困惑してしまう。
「あっ!!良いこと思いついちゃったですよ〜!!」
しかし、俺の困惑とは裏腹にノエルの口元がひどく歪んだ。
うわぁ〜、さらに嫌な予感が俺に襲いかかる。
「秘密をバラされたくなかったら、勇者様と呼ばせて欲しいデスよ!!」
俺の直感は正しすぎたようで、ノエルが悲しげな表情が演技だったかのように、ドヤ顔で言い放った。
やっぱりそう来たか!!
くそぅ……!!なんて卑怯な!!
しかし、秘密が漏れればその影響は計り知れないし、何より依頼を引き受けて俺達に手伝わせた零の立場がかなり悪くなるだろう。
こんなの言うことを聞くしかないじゃないか……。
「はぁ……、わかったわかった。好きにしろ」
「やったデスよ!!それから、一緒のパーティに私も入れて欲しいデスよ!!」
俺が折れて彼女の交換条件を受け入れたが、彼女はさらなる要求をしてきた。
「それは俺だけの気持ちじゃどうにもならないぞ」
「だったらみんなに紹介してほしいデスよ」
「それくらいなら分かった……」
くっ。まさかこんなことになるなんて……。こんなことなら助ける時は顔を隠しておくんだった……。今更言ったところでどうしようもないけど。
俺はノエルの要求を呑んで項垂れた。
「それから勇者様には私と結「それ以上言えば俺はお前を軽蔑する。それでもいいならその先を口にしろ」」
ノエルが調子に乗って俺の気持ちまで脅迫でどうにかしようとしてきたので、俺は彼女の言葉を遮って言い放つ。
「〜〜!?」
ノエルは自分が言おうとしていたことのあまりの酷さを自覚したらしく、言葉を失って口をパクパクさせた。
「脅すなんてさいてー」
そこにやってきたのはシア。彼女はノエルに冷たく言った。どうやらパーティメンバーの一人の心証は最悪になってしまったらしい。
ただ、彼女も似たようなことをしてたような?気のせいかもしれないけど。
「ごめんなさいデスよ……。二度とこんなことしないので許して欲しいデスよ」
「それは今後の行動でどうするか判断するよ」
落ち込むノエルに、俺は厳しく言い渡す。
流石にあんなに迂闊で自分勝手なことを言う人間を謝罪だけで許す気はない。
「分かったデスよ。本当にごめんなさいデスよ」
「はぁ〜……。とにかく会場に戻るぞ」
すっかり意気消沈してしまったノエルだけど、流石にこれ以上主役不在というのもまずいので、俺たちは会場に戻ることにした。
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