第316話 聖女の事情

 俺が何度か強く体を揺らすことで目を覚ました聖女が意味不明なことを呟く。


「勇者?」

「ふぇ?」


 俺は少女が何を言っているか分からずにオウム返しで返事をすると、まだ寝ぼけているらしく、彼女はうっすらと目を開けて俺をしばらくじーっと見つめている。


「ふぇっふぇっふぇえええっぷ」


 数十秒ほどすると、その眼は見開き、しどろもどろになりながら大声で叫びそうになったので、俺は手で慌てて口を塞いでそれを阻止した。


 周りに監視者や盗聴器などの機器は見つからなかったので大丈夫だとは思うけど、探索者には物凄く遠くから監視や盗聴が出来るスキルをもっている人物が居る可能性もある。


 だから俺はすぐに俺達の説明を始めて聖女を落ち着かせる。


「いいですか?俺たちは敵じゃない。俺達は探索者組合、海外で言うハンターズギルドからの依頼を受けて君を助けに来た者です」


 俺の声に合わせて影から皆が顔を出した。俺一人ではないことを確認してさらに目を見開くが、そこに悲壮感はないようなので安心した。


「ただ、現状周りに監視がいないのに逃げ出していない様子だったので、何か事情があるんじゃないかと思ってその事情を聴きに来ました。状況が理解出来ましたか?」


 俺の質問にブンブンと首を縦に振る聖女。


「よし、じゃあ手を放すから叫ばないくださいね?」


 俺の確認に聖女が再び首を縦に振った。俺はそっと聖女の口を塞いでいた手をどける。


「ぷはぁ……。えっと勇者様……デスよ?」

「さっきも言っていたけど、それはどういうことですか?俺は依頼された仕事を手伝っている日本人の探索者です」


 俺の行動をフリと勘違いして叫ぶということもなく、再び俺を勇者と呼ぶ聖女に、俺は尋ねる。


 勇者とか一体なんなんだよ……。


「オー!!日本人!!やっぱり勇者様デスよ!!間違いないデスよ!!」

「なんでそうなるんですか!?それに静かにしてください」


 日本人と言った途端、滅茶苦茶目を輝かせて聖女がそのやつれた体を起こして詰め寄ってくるので、俺は押しとどめて落ち着かせた。


 この聖女は日本人に何か思い入れがあるのか?


「おっと、すみませんデスよ。興奮してしまいました。私はノエル。レトキアという国で探索者をしているデスよ。ジャパンは私にとって聖地のようなものなのデスよ!!アニメ、漫画、ラノベ大好きなのデスよ!!ジャパンのアニメではヒロインが捕まっていると、ヒーローが必ず助けに来てくれるデスよ!!聖女を助けに来てくれるのは勇者。だからあなたは勇者なのデスよ?」

「いやいや、たまたまですから。俺はあくまで依頼を受けたこの零の仲間の一人。俺が依頼を受けた訳じゃないです」


 謎理論を展開するノエルに、俺は顔の前で手を振って否定する。


 どうやらこのノエルは日本のアニメが大好きらしい。そういう点で俺とは話が合うとは思うけど、アニメが現実を侵食しているので俺には手におえないと思う。


「ふっふっふっ。誰が受けたかなんて関係ないデスよ。勇者様がここにこうして居る事、そして可愛らしい女の子達を侍らせているというのが何よりの証拠なのデスよ!!」


 しかし、何の効果もなく、なぜかドヤ顔で得意げに語る聖女。


 いやいや、百歩譲って助けに来たことが勇者の証拠と言われればまだ納得出来るけど、女の子を侍らせていることが証拠と言われても意味がわからない。


「どうして女の子と一緒にいると勇者になるんですか!?」

「ジャパンの作品では勇者が沢山の女の子に囲まれているんデスよ!!だからあなたは間違いなく、勇者なのデスよ!!」


 確かにそういう作品が多いのは分かるけど、暴論が過ぎる!!


 しかし、ここで無駄な話をしている場合じゃない。


「はぁ、まぁその話は一旦置いておいて、まずはこれを飲んでください」

「これは?」


 俺は、まずノエルの状態が心配になったので薬を差し出す。


 話をしている限りはまだ元気がありそうだけど、あまりにやつれ過ぎていたので一刻も早く回復させてあげたかった。


「エリクサーです。これを飲めば全回復出来ます」

「エ、エリクサー!?そんな高価な物貰えないデスよ!!それにそれを飲んで回復すれば兵士に気づかれてしまいます。だから、それは飲めないデスよ……」


 目の前に差し出された瓶に入っているのがエリクサーだと知ると、慌てて拒否した後、一転して表情に影を落として兵士に気付かれてしまうのは良くないのだと教えてくれた。


「やはり何か事情があるのですね?」

「はいですよ。実は……」


 その後で語られたのは、ノエルが優しいことに付け込み、一般人の命を人質にして、ノエルが逆らう事ができないようしてボロボロになるまで魔法を使わされている、という話だった。


「なんて酷い……」

「そんなことがあり得るなんて……」

「ありえない」

「まさかこの国がそこまでするような所だったなんてね……」


 その話を聞いて七海達が呆然とした表情になって感想を述べる。


「まさかそんなことになっているとは……」

「はいデスよ。だから助けに来てもらえたのは嬉しいですが、助けられるわけにはいかないのデスよ……」


 話し終えたノエルが悲しそうにシュンと項垂れた。


 ということはそっちの対処からか。


「分かりました。まずはそっちをどうにかしましょう」

「へ?」


 俺の返事に突然、茫然とするノエル。


 俺何かおかしなことを言ったかな?


「だからその兵士たちをどうにかするんですよ」

「流石にこんなに少数じゃ無理デスよ……」


 もう一度言い直すと、ノエルはその意味を理解して暗い表情のまま、俺のやろうとしていることを否定してくる。


「大丈夫です。味方の数には自信がありますので。それじゃあ早速行ってきますね!!」


 しかし、俺にはSランク探索者にも見つからない戦力による数の暴力という最終手段があるの。


 だから、なんとでも出来ると思ったので、早速影に潜った。


「あ、ちょっとまっ……」


 ノエルが何か言いかけていたような気もするけど、まぁいっか。


「お兄ちゃん、話を聞かなくて良かったの?」

「ああ。後は救出してからでいいだろ」

「それもそっか」


 俺と同じように皆が影の中に入り、七海が皆を代表して尋ねてきたけど、今は彼女を救出するのが最優先。


 それ以外は二の次だ。


 だから言いかけた話は後で聞くとして、俺達は兵士たちが集まっている場所の近くに転移した。

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