第315話 聖女と勇者(第三者視点)

「モンスターが攻めてきたぞぉ!!」

「一歩たりともここを通すな!!」

「我らの街を守れ!!」


 堅牢な城壁に守られた町の前の平原に種族の違うモンスター達が数万という規模で統率の取れた様子で進軍してきていた。


 通常複数の種類のモンスター達が入り混じると縄張り争いをしたり、勝手に動いたりして、統率が取れることはない。


 ただし、その法則には例外があった。


 人とよく似た容姿を持つが、角や尻尾など人とは思えない特徴を持つ種族である魔族が関与している場合だ。ただし、普通の魔族ではここまでの大群の統率をすることは出来ない。


 それが出来るのは数多のモンスターと魔族達を統べる王、魔王が居るという証。


 彼らは本格的に人の領域に侵攻してきたのである。 


「蹂躙せよ!!」

『ウォオオオオオオオオ!!』


 その場を威圧するかのような雄々しい叫びが辺りに響き渡ると、モンスター達の叫びが上書きするように空気を振動させ、ゆっくりだったモンスター歩みが、我先にと群がるように街に向かって走り出した。


「迎え撃てぇええええええええええ!!」

『うぉおおおおおおおおお!!』


 それに呼応するように兵士達もモンスター達に向かって打って出る。


―ドドドドドドドドドッ


 モンスターと兵士の足音が地鳴りとなって辺りに木霊し、お互いの距離がどんどん縮まっていく。


「グォオオオオッ!!」

「ウォオオオオッ!!」


 兵士とモンスターがお互い相撲の立ち合いのようにお互いが本気でぶつかり合い、鈍い鈍器同士がぶつかり合うような轟音が、至る所て沸き起こる。


「ぐわぁああああ!!」


 最初は拮抗していたものの、モンスターの圧倒的な数の暴力と、本来統率の取れていないモンスターが統率の取れた動きをすることによる戦力向上によって、徐々に人達の方が押され始めていた。


「やめろ、やめてくれ!!ぐわぁあああああ!!」

「死にたくない!!嫌だぁああああああ!!」

「ジャスミン、エルミナすまない……ぐふっ」


 そして一度押され始めれば、決壊したダムのように瞬く間にモンスターと言う鉄砲水に押し流されて蹂躙されていった。


「きゃぁあああああ!!兵士たちが負けたわ!!」

「俺はここで死ぬんだ……」

「モンスターが町の中に入ってくるぞ、逃げろぉおおおお!!」


 街を守る兵士が蹂躙されれば、当然次に待っているの街の一般人たちへの凄惨な行い。


「ぐはっ!!」

「きゃっ!!」

「ぐふっ!!」


 人々は次々にモンスターの手に掛かっていく。


「止めるですよ!!」


 そんな絶望しかない場所に現れたのは白い神官服を身に纏う乙女。


「ああ!!聖女ノエル様だ!!」

「聖女様が来てくださったぞ!!」

「聖女様に掛かればモンスターなど簡単に退治してくれるぞ!!」


 突然現れた真っ白な少女ノエルによって住民たちの絶望が希望へと塗り替わった。


「サンクチュアリ!!エリアハイヒール!!」

 

 その少女は聖女と呼ばれ、その名の相応しいようにモンスター達の前に立ちはだかり、自分たちの前に障壁を張ってモンスターを押しとどめ、回復魔法によって深い傷を負った住民たちを回復させる。


「ここは私に任せて早く逃げるのですよ!!」

「あ、ありがとうございます、聖女様!!」

「聖女様、助かりました!!」


 聖女ノエルは住民たちに逃げるように叫び、住民たちはその声に従い、聖女のことを心配しつつも一目散にその場から離れていった。


「これ以上好きにはさせないですよ!!ピュリフィケイション!!」


 聖女ノエルは浄化の魔法を使用する。浄化の光の障壁を超えてモンスターに到達すると、モンスター達は音もなく、砂のように塵となって消えていく。


 街の中に居たモンスター達は聖女ノエルの魔法によって消え去った。


「ほう。人間にもなかなかいい女がいるではないか?」


 しかし、そんな浄化の光を浴びても消えることもなく、ダメージを受ける様子もない相手が現れる。


 それは魔王であった。その魔王はどこかの国の狂気の笑みを浮かべる兵士の顔に酷似している。


「あなたにそんなことを言われても嬉しくないですよ!!」

「ふっふっふっ。反抗的な態度も悪くない。おとなしく降伏し、俺の女となるのならこれ以上人間を傷つけないと約束してやるが、どうだ?」


 ノエルは人々を虐殺した憎き魔王を睨み付けるが、そよ風だとでも言いたげな表情で全く答える様子もなく、それどころか譲歩の提案までしてくる始末。


「そんな約束あなたが守る保証はないですよ!!断固お断りですよ!!」


 人を殺すような倫理観のない相手が約束を守る保証などないし、魔王に対する言い知れぬ嫌悪感も手伝って聖女ノエルは提案を拒絶する。


「くっくっくっ。そういうと思っていた。少し痛い目にあってもらおうか。そうすれば考えも変わるだろう」

「お前の思い通りになんかならないですよ!!」


 魔法はおかしそうに笑った後、獲物を狩るような獰猛な笑みで聖女ノエルを見つめたが、彼女はそんな視線に屈することなく、武器を構えた。


「よかろう。ふんっ!!」

「きゃあああああああああ!!」


 負けることはないともっていた聖女ノエルであったが、魔王の本気の一撃であっけなく吹き飛ばされてしまう。勢いは瓦礫にぶつかるまで止まらず、地面をボールのように弾んで飛んでいき、家の残骸にぶつかることでようやく勢いを止めた。


「う……うう……」

「口ほどにもないな」


 意識を朦朧とさせている聖女ノエルの元に魔王がやってきて、もう逃げられないぞと言いたげな笑みを浮かべてノエルを見下ろす。


 誰か助けて……


 聖女ノエルは心の中で祈った。


「待て!!」


 そこにやってきたのは白銀の全身鎧を身に纏う騎士。東洋風の顔立ちをした優しそうな男だった。


「おのれ、いいところであったのに邪魔しおって!!何やつだ!!」

「俺は勇者フツトール!!お前を倒すものだ!!」


 聖女との蜜月を邪魔された魔王は怒り、その騎士に言い放ち、その騎士は勇者と名乗って剣を構えた。


「ふっふっふっ。お前の様な者に私が倒せるのか?」

「やってみなければ分からないだろう?」

「よかろう!!私が直々に相手になってやろう!!」


 魔王はバカにするように笑い、勇者は真剣そのものの表情でお互いに構える。


「いくぞ!!」

「こい!!」


―キンキンキンキンッ


 誰も見失うような速度で動き、魔王の鋭い爪と勇者の神々しい剣が幾度もぶつかり合って火花と甲高い音をあげる。


「なかなかやるではないか!!」

「お前もな!!」

「それならこれでどうだ?」

「なに!?ぐわぁああああああ!!」


 拮抗していた戦いだが、あっさりと勇者は本気を出した。魔王の攻撃を真に受けて吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ」

「どうした?その程度か?」


 何とか体勢を立て直して立とうとしたところに魔王がやってきて見くだすように笑った。


「俺は……負けるわけにはいかないんだ!!」

「ゆ、勇者様……!?」

「な、なんだと!?」


 勇者フツトールは剣を支えに立ち上がり、剣を構えると神々しく光り出す。その光に聖女ノエルと魔王が驚いて表情を歪めた。


「ま、魔力が、千、二千、五千、一万、十万、百万……」


 その光は剣に集まり、その光は強さを増していく。


―パリーンッ


「魔族謹製の魔力スカウターが壊れだと!?この力は一体なんなんだ!!」


 魔王が着けていたモノクルが割れて彼は驚愕を浮かべた。


「行くぞ魔王!!」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!」


 勇者フツトールが構えると、魔王がその場から逃げようとする。


「ぐわぁああああああああああああああ!!」


 しかし、勇者フツトールの攻撃から逃げることは叶わず、光の奔流に飲み込まれ、その姿は跡形もなく、消え去るのであった。


「勇者様……魔王を倒されたのですよ?」

「ああ、聖女ノエル。魔王は倒したぞ!!これでこれからは魔王に怯えないで済む」


 魔王が消え去るのを確認した勇者フツトールは、倒れている聖女ノエルに駆け寄って抱き上げる。


「そうですか、私はこれで心置きなく逝くことができるですよ……」

「駄目だ。俺は君と共にありたい一心で勇者の力を手に入れたというのに……いかないでくれ」

「どうしようもないですよ……意識が朦朧としてきたですよ……」


 聖女ノエルは意識が朦朧として自分が間もなく死ぬことを伝えるが、勇者は涙を流してそれを引き留めようとする。しかし、聖女ノエルの傷は深く、魔法を使えるような状態でもないため、このまま死ぬだけだろう。


「おい、起きてくれ」

「ごめんなさい……です……」


 目も開けられなくなって勇者フツトールの声で揺らされるがどんどん意識が遠のいていくノエルは謝罪する。


 あなたを残していく私を許してくださいですよ……。


「起きろ!!」

「揺らさないでですよ!!」


 しかし、さらに強く揺すられると意識が遠のいていくことなく、はっきりしてきて、せっかく悲劇のラストシーンを邪魔されたため、怒ってノエルは目を開けた。


 ただ、目を開けたノエルの前にあったのは、勇者フツトールではなく、勇者によく来た顔をして、現代の地球産のジャージを着た少年の姿。


「ふぇ?勇者様?」


 ノエルは夢と現実の区別がつかず、思わずそう呟いたのであった。

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