第282話 逃亡

 聖者騒ぎによってすっかり海を割った付近で有名になってしまった俺達は、集まってきた人間が多くなりすぎたので、ある程度宴を楽しんだところでお暇することにした。


「それでは俺達はここらへんで失礼しますね」

「宿泊場所が決まっていないのでしたら、ここに泊まっていかれても構いませんよ?」

「いえ、決まっているのでそろそろ行かないといけないんですよ」

「そうですか、残念です」


 俺が村長に帰る事を告げると、引き留めようとする。


 しかし、これ以上ここいると身動きが取れなくなりそうなので、自分たちのことは自分たちで主導権を握り、これ以上相手に渡さないことに決めた。


 村長が俺たちを盛大に見送ろうとしたけど、これ以上注目されるのも勘弁してほしいので、探索者の力にものを言わせてその場から離脱し、人気のないところまで来たところで、ダンジョンへと転移を敢行。


 途中までスコーピオンブラザーズの二人が俺達を追ってきていたけど、それほど高いランクの探索者ではないらしく、俺達に追いつくことはできなかった。


「ふぅ、やっと抜け出せたな」

「そうね、流石にあんな風な歓待を受ける疲れるわね」


 俺の呟きに天音がとても疲れた顔をしていた。


 うちの女性連中は美少女だからな。ひっきりなしに話しかけられて大変そうだった。下手したら男性陣は聖者の俺よりも彼女たちに熱狂していたような気がする。


 肌を晒している女子もそう多くないだろうしな。

 ちょっと刺激的だったのかもしれない。


 俺は俺で沢山の人から話しかけられて助けに行けなかったから心配だったけど、なんとか無事に乗り越えることができた。


「それじゃあ、誰かが俺達に気付く前に次のダンジョンに行ってしまおう」

『おー』


 俺達は影の中で小さく声出しをしてひっそりと中に入り、すぐに転移罠を見つけてそのまま次のダンジョンであるイギリスのダンジョンに跳んだ。


「どうやら前に来たダンジョンと変わらないらしいな」


 辺りを見回したり、徘徊しているモンスターの気配を感じたりして、ここが以前にやってきたダンジョンであることを把握し、安堵する。


 乳白色の鍾乳石が天井からぶら下がり、幻想的な空間を作り出していた。


「またちょっと変わった洞窟ダンジョンだね」

「そうだな。これは所謂鍾乳洞というやつかな」


 七海は辺りをきょろきょろと観察しながら呟くので、俺も同意するように頷いて推測を述べる。


「その通りよ。洞窟ダンジョンの多くが溶岩洞や海蝕洞に分類されるようなもので、今回のような鍾乳洞のあるダンジョンは少ないのよ」

「へぇ~、そうなんだ」


 七海は零の説明を受けて天井を見上げて、その見事な鍾乳洞の光景に目を奪われる。俺達は少し余韻に浸った後、転移罠が来ない範囲を特定し、安全圏まで速足で移動する。


「よし、今日はここで野営しよう。俺は夜の間に調査しておくから皆は寝ていてくれ」

「そんなこと言われて眠れるわけないでしょう。私も一緒にやるわ。これは本来私の仕事なんですからね。……それに独り占めできるのはこの時間だけでしょうし」


 女性の夜更かしは美容の敵。それはアニメでもよく聞く話なので、俺だけで調査を行おうとした。


 ただの転移罠の動きを記録に残すくらいなら俺でも作業が出来るはずだ。


 しかし、俺の提案は零に即座に拒否されてしまった。自分の仕事なのに他人に全て任せきりになんて責任感の強い零には難しいか。


 最後の方は聞こえなかったけど聞き取れなかった。


 まぁ気にしなくてもいいか。


「そっか。それもそうだな。勝手に俺だけでやろうとして悪かったな」

「い、いえ、分かってくれるならそれでいいわ。それに実際助かっているのは間違いないんだから謝る必要もないわよ」

「分かった。今まで通り俺達二人で調査をしよう」

「ええ、宜しくね」


 俺がバツの悪そうに謝罪すると、零は慌てて手と首を横に振る。俺は零の返事に頷き、これまで通り二人で調査を行うことなった。


「それじゃあ、私たちもまた狩りに行ってくるわ」

「いやいや、寝なよ」


 俺達の話を聞いていた天音がさも当然のように狩りに行くとか言い出すので、俺は慌てて止める。


 仕事がある訳じゃないんだから天音達は寝ても問題ないはずだ。


「二人が調査を頑張ってるのに寝れるわけないでしょ?普人君だったら寝ていられる?」

「そうだよ、お兄ちゃん!!」

「ん」


 しかし、三人から思わぬ反論が返ってきて何も言えなくなった。確かに俺でも自分以外が仕事をしている状態で自分だけが寝るというのは気が引ける。


 ラックが居なければ夜番を交代でやることになるだろうから、そう言うこともあるだろうけど、今の俺達に夜番は必要ないからな。


「了解。七海とシアを頼んだぞ」

「任せておきなさい」


 俺は諦めて天音に七海とシアを託し、調査組とストレス発散組に分かれて行動を開始する。


「そろそろ終わりにしましょうか、結構時間も経ったし」

「おお、四時間も経っていたか」

「お兄ちゃん、ただいま~!!」


 四時間ほど調査を行った後、七海たちもちょうど帰ってきたので、朝までほんの短い時間だけど、寝ないよりはマシだと言うことで俺達は眠りについた。

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