第264話 完全に理解した
「お、おい、そんな犬の方をけしかけるなんて卑怯じゃないか!?」
ラックの体当たりによって地面を身体を引きずるようにしたまま後方へと吹っ飛んでいったカイザーが憤慨するような口調で文句を言いながら戻ってくる。
服は特に特別なものでもないらしく、ラックの攻撃によって地面を引きずられて至る所が破れてしまっていた。
最強とは程遠い言動に俺は困惑する。
「じゃあどうしたらよかったんだ?」
「それは当然君にが正々堂々私と戦えばいいんだよ」
「いや、俺はそれでもいいんだけどね」
目の前の男が満足する方法は俺が戦うことだと言うんだけど、ラックが譲ろうとしないんだよね。
俺に前に出て欲しくなさそうに悲し気な表情をする。
「ふーくん。あの雲に向かって本気でパンチして」
ラックが俺を前に出させないようにしているので困っていると、シアが太陽を隠す大きな雲を指さす。
一体どうしたんだろうか?
「ただパンチすればいいのか?」
「全力」
「了解」
「いったい何を……」
大体シアの言うことを聞いていればこういうことは上手く治まるので確認すると、兎に角全力で雲に向かってパンチすればいいらしいので、俺は構えた。
突然目の前で繰り広げられた俺とシアの会話に困惑して途中で言葉失う。
「はぁっ!!」
全力ということだったので、俺は手に気功を纏わせてパンチを放った。
数秒後、太陽を隠していたその雲が、油汚れに洗剤を垂らしたかのようにパァーッと円形に広がりながら雲が消え去り、綺麗な青空が顔を出して日の光が俺たちに降り注いだ。
「は……?」
『え……?』
カイザーと、その取り巻きみたいになっていた他の来場者達が間抜けな顔を晒す。
ん?何かおかしなことをしたのか?
こんなことくらい俺のパーティのメンバーなら全員出来ると思う。
ついさっきラックにも負けてることが判明したから、ラックも同じことが出来るはずだ。
「これでもやる?」
「はははははっ……。ばかなありえない。ただの手品だ。そうじゃなかったら偶然タイミングよく雲が晴れただけだ。そうだ、そうに違いない」
シアがいつものように無表情で首を傾げて相手に問うと、乾いた笑いを上げてブツブツと呟くカイザー。辺りも何故かざわざわと騒ぎだす。
まさかアメリカの探索者はこんなことも出来ないのだろうか?
いや……そんなわけないよな。
「そう……ふーくん。次はあれ」
ブツブツと呟いて返事が返ってこないカイザーを無視してシアが次の標的を指さす。
それは一つの山だった。
今度はあれを殴れってことか。まぁシアがやれって言うならやるけど。
「せいっ!!」
―ドォオオオオオオオオオオオオンッ
俺がパンチをして数秒後、山にえぐれたような穴が開いて、辺りに轟音をとどろかせた。俺のパンチが山に当たった影響か、地面が少し揺れた。
「は……?」
『え……?』
轟音で我に返ったらしいカイザーと来場者達は再び、俺が削った山を見て、呆然と口を開いて固まってしまった。
シアくらいレベルの上がった探索者であれば皆できることだろうに、何か変なんだろうか。
「なぁ。これって何の意味があるんだ?」
「お兄ちゃんは黙ってて!!」
「あ、はい」
俺がシア以外のメンバーに向かってそれとなく問いかけると、七海が怒られてしまったので、大人しく様子を窺う。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない……」
突然壊れた機械のようになってしまったカイザー。
「おいおい、あいつヤバくないか?」
「まさか、カイザー様も勝てないんじゃ?」
「いやいや、そんなことあるはずないわ。私たちの英雄カイザー様だもの」
「そうだよね、カイザー様なら勝てるよね!!」
カイザーの様子を見た周りも騒然となる。
「カイザー!!カイザー!!カイザー!!カイザー!!……」
しかし、そんな雰囲気の中誰かがカイザーの名を呼んで声援を送り始めた。
『カイザー!!カイザー!!カイザー!!カイザー!!……』
いつしかその流れが大きくなり、周りの来場者達がカイザーの名前を呼び、カイザーコールの嵐が巻き起こる。
「そ、そうだ俺はアメリカ最強の探索者、剣王カイザー。この程度の相手に臆してどうする」
周りの声援のおかげかカイザーが何事か呟きながら現実に帰ってきた。
「ふーくん、次あれ」
「おう!!」
―ドォオオオオオオオオオオオオンッ
「次あれ」
「おう!!」
―ドォオオオオオオオオオオオオンッ
「次」
―ドォオオオオオオオオオオオオンッ
しかし、シアはそれを待つことなく、俺に指示を出す。俺はシアの指示に従って何度も同じことを繰り返し、見える山と言う山が穴だらけになっていた。
「やる?」
それから再びシアが無表情でカイザーに問うた。
「申し訳ございませんでしたぁああああああああああ」
カイザーは突然踵を返して何処かに走り去ってしまった。
「ああ、そういうことか!!」
俺は今回の出来事をようやく完全に理解した。
これもディスティニーランドのイベントの一つなんだ。
今回は俺の仲間たちがとんでもなく美少女達が多かったので、見栄えがいいからその対象として選ばれたんだろう。
そうじゃなきゃ、最強の探索者が逃げるわけないしな。
「全く天音も零も演技が上手いなぁ!!」
「え?何のことよ!?」
「そ、そうよ?一体どうしたの?」
俺が二人の肩を叩いて褒めると、二人とも困惑したような表情になる。
いやぁそこまでするの?
ノリノリだな、二人とも。
「ほらほら、そういうところも上手過ぎ。全くそれならそうと教えてくれれば良かったのに」
「だからどういうことよ」
俺がニヤニヤとしながら返事をすると、天音が俺に尋ねた。
あくまで俺の口から言わせたいって?
全くしょうがないな。
「さっきのもディスティニーランドのイベントだったんだろ?まんまと騙されたよ」
「いやいや、そん「皆まで言わなくていい。分かってるって。それじゃあイベントも終わったことだし、次のアトラクションに行こうぜ」」
答える俺に何かを言おうとした天音だけど、これ以上は無粋というもの。俺はかぶせるように全員を次のアトラクションに促した。
「はぁ……お兄ちゃんはいつも通りだなぁ」
「ん?そりゃあ俺はいつも通りだぞ?」
「はいはい、そうだね。時間がかかったけど、次のアトラクションに行こ」
「うん?まぁいいか。行こう行こう」
七海に変な顔をされたけど、先を促されたので、気にしないことにした。
それからは特に何事もなく、俺達はディスティニーランドを堪能できた。
なにせどこに行っても俺達に順番を開けてくれるし、サービスしてくれるんだからな。イベントの対象者に選ばれるとこんなにも優遇されるんだな。
七海を脅したことは許せないけど、七海も笑顔になっているし、許してやろうか。
俺はそんなことを考えながら今夜の宿の事を考えていた。
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