第238話 ハイジャック(第三者視点) 五章エピローグ

「こちら明日の日本行きのチケットになります」

「ありがとですよ~!!」


 白い神官服の女の子がスーツを着たアラブ系の中年の男からチケットを受け取る。その様子を後ろ四人の男女が見守っていた。


 とある機関の研究員兼探索者である聖女ノエルと、エジプトのダンジョン隣接の組合組織の支所長のアースィム、そしてノエルに助けられた中学生の探索者パーティである。


 そのチケットは日本の沖縄行きのチケットだ。ノエルとしては途中の経由空港である羽山空港で降りたいところだが、陽葵との約束があるため、きちんと送っていくつもりだった。


 だからきちんと人数分の沖縄行きのチケットを用意してもらった。


「それにしてもやはり聖女と言う名は伊達ではありませんでしたな。はっはっは」

「そんなことないですよ~?」


 口を大きく開けて笑うアースィムに、ノエルは首を傾げて謙遜する。


「はっはっは。あれだけの事をしておいて謙遜されるとは珍しいですね」

「謙遜は美徳、ですよ~」


 海外の人で謙遜するのは中々珍しいが、ノエルは日本の文化を取り込んで成長してきた。そのため、謙遜文化もバッチリ履修しており、ノエルの中に根付いているのでよくそういう態度を取ってしまうのである。


「左様ですか。それでは後は皆様が出発されましたら契約は完了となります」

「はいですよ。ちょっと待つですよ」


 ノエルは対価として怪我人の治療と食糧事情の改善に協力し、その対価として生活の世話をしてもらい、たった今チケットを貰った。


 後は日本に帰るばかりだ。


「皆日本行きの飛行機のチケットを貰ったデスよ」

「ありがとうございます!!」

「ありがとな、ノエル姉ちゃん」

「ありがとうございます、ノエルさん」

「ありがとうノエル姉」


 ノエルがチケットを見せびらかしながら報告すると、すでにここ数日で打ち解けた面々がニッコリと笑って礼をいう。


「ふふふ、来にしなくて良いデスよ」


 ノエルは別に感謝されたくてやったわけではないが、やはりお礼を言われるのは嬉しいので、思わず顔が緩んだ。


「それはいいとして、出発は明日デスよ。それまでなら観光に行けたりしますけど、どうするデスよ?」

「私は遠慮します」

「俺も兎に角帰りたいよ」

「私も」

「自分も」


 明日の飛行機までの時間に余裕があったので、表情を切り替えてノエルは彼らに尋ねてみたのだが、誰一人として観光に行きたい者はいなかった。


 自分よりも幼い子達だ。やはり日本の事で頭が一杯なのだろうとノエルは納得した。

 

「分かったデスよ」


 ノエルは皆の返事を受けて再びアースィムの前に立つ。


「どうやら皆観光には興味がなさそうだから、出発の時間まで残りはここで過ごすですよ」

「そうですか。分かりました。それでは明日出発時刻に間に合うように迎えを寄こしますので、宜しくお願いします」

「分かったですよ」

「この度は本当にありがとうございました」

「どうしたしましてなのですよ!!」


 皆の意志を報告すると、全てが終わり、もう会うこともないであろうアースィムが頭を下げたので、ノエルはドヤ顔で腰に手を当ててニッコリと笑った。


 次の日、予定通りに案内人が迎えに来て、その車に揺られて空港に向かった一行は無事に旧イギリス経由の飛行機に乗ることが出来た。


「これで今度こそ日本に行けるデスよ」

「日本に行きたかったんですか?」


「はぁ~」と安堵のため息を吐くノエルに隣に座る陽菜が尋ねる。


 政府の計らいにより、全員の席が隣り合うように取られていたので、陽菜たちも安心していた。


「そうデスよ。秋葉原に行くデスよ」

「秋葉原ですか。私もいつか行ってみたいです」


 ノエルが秋葉原の話をすると、陽菜も沖縄に住んでいるため都会に憧れがあるのか羨ましそうに答える。


「うんうん、秋葉原は聖地デスからね。今回はチケットの関係上時間がないので難しいですが、今度陽菜も行ってみたらいいデスよ」

「そうですね、こうして無事に帰れますし、探索者ならお金も貯めやすいですから」


 陽菜の表情を見てノエルも嬉しそうに提案し、陽菜も自分の無事を改めて喜びながら売れそうに語った。


 ただ、その言葉にノエルには看過できない点があった。


「そうデスね。ただ、まだ転移罠に関して分かっていることが少ないので、ダンジョン探索は控えることをお勧めするデスよ。次は多分助けられないデスからね」

「き、気を付けます」


 それは、転移罠の移動や転移の法則性などが何も分かっていないということ。同じダンジョンに入ればまた先日の二の舞になってしまう可能性が高いのは明らかだった。


 だからノエルはその点をしっかり注意して、陽菜もブンブンと首を縦に振った。


「全てのダンジョンの転移罠がそうなってるかもわからないデスしね。その辺りが判明して安全なダンジョンが分かれば、潜ってもいいと思うデスよ」

「そうですね、発表があるまでは行かないようにしたいと思います」

「うんうん、陽菜が良い子で良かったデスよ」


 二人は満足そうに話していると、飛行機が離陸する時間になり、そのまま旧イギリスのヒィーロ国際空港へと跳び立つ。


 そして日頃の疲れと日本に帰れるという安堵から全員が眠りに着いた。


―ポーンッ


「ふわぁ……」


 皆が起きるころにはヒィーロ国際空港に辿り着く。


『皆様本日は……』


 アナウンスが流れ、シートベルトは外さずに皆が下りる準備を始めた。次はいよいよ日本に向かって飛ぶ飛行機に乗り換える。


「動くな!!」


 そう思った矢先の出来事だった。


 誰もシートベルト外さない瞬間を狙って覆面をした男たちが動き出し、操縦席の扉をこじ開けて数名がなだれ込み、客席にもゾロゾロとそれなりの人数が散らばった。


 男たちは探索者が身に着ける防具を身に着けているため、探索者適性を持っていることが分かる。その手には杖や銃を持っていて、エジプトの空港もボロボロだったため、検査がほとんど機能してなかったせいか、空間拡張バッグや換装リングが使用された可能性が高かった。


「動いたら殺す!!大人しくしろよ!!」

「一体何が目的なんですか!?」


 脅す覆面男に向かって、キャビンアテンダントが叫ぶ。


「俺達の要求は唯一つだ。この飛行機には聖女と呼ばれる探索者が乗っているな?」

「わ、私は知りません」


 男の質問に、銃で脅されて慌てながら答えるキャビンアテンダント。


「そうか。聖女と呼ばれる探索者に告げる。十秒以内に名乗り出ろ。さもなくばこの女を殺す」

「ひ、ひぃいいいいいいいい!?」

「十、九……」


 キャビンアテンダントが知らないと分かった途端方針を変え、彼女を人質に取って聖女が名乗り出てくるように仕向けた。


「……ノエルさん、どうするんですか?」


 ノエルが聖女であることを知っている陽菜が小声で話しかける。


「ふむ。仕方ないみたいデスよ。行ってくるデスよ。陽菜たちは元気でね、デスよ」

「う……うう……ノエルさん……」


 覚悟を決めているノエルに陽菜は何も言えなかった。


「陽菜心配する必要はないデスよ。これでもBランク探索者デスからね。死んだりしないデスよ。それじゃあ、また日本で会いましょうデスよ」

「は、はい……ノエルさんもお元気で……」


 それに陽菜はノエルが凄い探索者だと知っている。だから必ず生きてまた会えると信じてノエルを止めることはしなかった。


「ちょっと待つですよ!!私の聖女ですよ!!」

「はぁ!?お前みたいな奴が聖女なわけあるか!!」


 ノエルは自分が名乗り出たが、その不思議な言動と仕草により、ファーストコンタクトで全く聖女と認められなかった。


 その後、自分が聖女であることをなんとか認めさせたノエルは、覆面の男達に連行され、隔離された席に座らせて監視体制が敷かれた。


 人質を立てに燃料を要求し、給油された後、他の乗客たちは降ろされて、飛行機はそのまま別の場所へと飛び立つことになった。


「はぁ……また日本に行けなかったですよ……」


 自身の身の心配を一切していないノエルは、日本に思いを馳せて独り言ちるのであった。





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いつもお読みいただきありがとうございます。

カクコン用の新作を公開しております。


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