第190話 いい迷惑のとばっちりの逆恨み(第三者視点)

「失敗しました……」

「なんだと……?」


 そこはいつも通りグロテスクな脈動する肉塊の様な物体で構成されている部屋。黒い靄は今回の第二次異世界侵攻作戦の結果を報告する。


 その言葉を放った瞬間、フードの男から放たれる威圧感が膨れ上がり、黒い靄に襲い掛かった。黒い靄はその暴力的な力の前に思わず体を仰け反らせる。


「し、失敗しました、と言いました……」

「なんだとぉおおおおおおおおおお!?」


 靄が怯えながらもう一度言葉を繰りかえすと、フードの男からは大声と膨大な殺気が解き放たれた。


 その殺気は先程の威圧感とは比べ物にならない程の量と質を誇り、あまりに凶悪で触れているだけで命が削れていくような感覚を覚えるほどである。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいい!!」


 その突き刺すような殺気に黒い靄は自身の命の終わりを感じ、後ろに倒れ込んで後ずさっていく。


「はぁ~……全て報告しろ」

「は、はひ」


 数十秒ほど殺気を放っていたフードの男だが、今怒り狂ったところで何か出来るわけでもなく、目の前の靄を殺したところで異世界侵攻が遅れるだけだと、自分を無理やり納得させ、怒りを鎮めた。


 黒い靄は靄の癖に震えているのが分かるぐらい狼狽しながら返事をする。


「た、ただ、今回はダンジョンシステムがオーバーヒートしてしまったため、データを多くとれなかったということをご承知ください」

「わかった」


 靄が立ち上がって前提として今回はシステムが休眠状態に入ってしまったため、ほとんどのデータを受信することができなかった。通信もできず、辛うじて生き残っていのは、兵士たちが着けていた腕輪による行動記録だけである。


「部隊は彼らの行動記録を見る限り、無事ダンジョンには到達はしたようです。しかし、彼らがダンジョンの外に出た後、残らずその生命を絶たれました」

「バカな……。まさか……再びサトツがいる付近のダンジョンにでも飛んだというのか……」


 黒い靄が行動データから読み取れた内容を報告すると、フードの男は信じられないという感情が言葉に滲み出していた。


「システムがオーバーヒートしてしまったため、それも考えられますが、サトツ以外にも強力な力を持つ何者かが居る可能性もあるかもしれません」

「なるほどな。我らも人間という者を舐め過ぎていたということか……」


 黒い靄は別の可能性を示唆し、フードは人間に対する認識を改めた方がいいかもしれないと思い始める。一度だけならまだしも、中層民までいた状態で一瞬でやられてしまうということは、人間は弱い、という認識が間違っている可能性がある。そう思い始めていた。


「確かに我らは人間などとるに足らない生き物だと思ってきましたが、今回の結果を見る限り、こちらも相応の準備をした方がいいのではないかと」


 黒い靄もここぞとばかりにフードの男に同調して少しでも自分への怒りを別の方向へと向ける努力をする。


「そうかもしれんな……。サトツのような奴が他にもいるかもしれん。こちらも力を蓄えねばならないか」

「はっ。ダンジョンシステムはしばしの間休眠状態になっております。今が丁度いい機会かもしれません」


 徐々に自軍の強化に気持ちが動くフードの男を後押しする様な発言で自分の影を薄くしていく黒い靄。彼は一刻も早くこの場から離れたかった。


「ふぅ。そうか……。システムが休眠からあけるのはいつだ」

「二カ月程先となります」

「……分かった。それまでに我が民達を鍛え直すとしよう。この件はブレキオスに任せて問題ないな」


 思い始めたが吉日。フードの男はすぐに魔界の民達を鍛え直すことを決め、ブレキオスと言う部下にこの件を任せようと考えた。


「はっ。こと戦闘において彼奴以外に役割を全うできる者はいないでしょう」

「そうだな。それではブレキオスに指示を出しておけ」

「はっ。それと……」


 黒い靄は自分から完全に意識が外れているフードの男に、心の中でほくそ笑むと思に、他にも報告しておくべき内容を伝える。


「なんだ?」

「オーバーヒートするまで稼働させた甲斐あって、おそらく休眠状態からあけてから数カ月もすると魔力濃度が六十%を超えます。上層民、それに私たちもあちらの世界で最低限活動できるレベルになるかと」


 世界中でスタンピードを起こったおかげで地球の魔力濃度は飛躍的に上がり、もう六十%目前という所まで来ていた。休眠明けは無理も出来ないので、以前と同じスピードで上昇することになるが、それでも数カ月で達成できる見込みだった。


「なるほどな。どうやら次の異世界侵攻は私自身がサトツに引導を渡すことができるらしいな」

「それが一番確実かと」

「分かった。考えておこう。下がれ」


 黒い靄の誘導によりフードの男の矛先は完全に普人に向かった。


「はっ」


 黒い靄は再びほくそ笑みながらその部屋から煙のように姿を消した。


「まさか一度ならず、二度までも……絶対に許さないぞ、サァトォツゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」


 先程まで押さえていた殺気が爆弾のように爆発し部屋の壁を破壊しつくし、その先までも破壊して辺りは、何もない荒野のような場所へと変わり果てた。


 フードの男からはどす黒いオーラが立ち上る。それは奇しくも普人の青白い光と正反対である。


 こうして普人は、自分の全く知らない所で、同じ学校の生徒達の嫉妬とはレベルの違うとばっちりの逆恨みを買うこととなった。


 

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