第176話 天音と零(第三者視点)

「いやぁ、物凄くリフレッシュしちゃったね」

「そうね、なんだか生まれ変わった気分だわ」


 スパ・エモーショナルから神ノ宮学園の最寄り駅に着いた後、しばらく普人たちと一緒に帰った後、天音と零の二人は彼らと別れて一緒に並んで歩いていた。


 スパ・エモーショナルで今までの人生全ての疲れと老廃物が体の中から押し流され、まさに絶好調とでもいうべき状態になっていたので、会話をする彼女たちの表情は非常に明るい。


 家が近いというわけではないが、方角的に同じ方向なのと、パーティ内において案外似た者同士な二人は一緒にいることが多くなっている。


「それにしても、あのパーティはおかしすぎるよね。もう何度話したか分からないけどさ」


 二人の話題はいつものように普人たちの異常性についてに移っていく。


 二人は普人たちのパーティの中でも一般的な探索者。ただ、今では二人も充分なほどに規格外の部類に入っているが。


「そうね。今回は輪をかけておかしかったわ。あの子達は私が見ててあげないと本当に心配。すでに色んな所から目をつけられてるもの」

「え!?そうなの?」


 零は今回の事件を思い出しながら答えると、天音は目を丸くして驚く。


 確かに普人の力を知ればこぞって欲しがる勢力があるとは思っていたが、まさか既に多数の組織から目をつけられているとは思っていなかった。


「そりゃあそうよ。あれだけの力だもの。少なくともESJ、ダンジョンアドベンチャー、北条家は既に動いている。他にも、北条家以外の四大家、レトキア魔力総合研究所も様子を窺っているらしいしね。それに、探索者組合の緊急対策室の豊島支部とかね」


 天音の反応を見て、零は肩を竦めて、普人を狙っている勢力を列挙し、最後に意味深なためを作って天音を見やる。


「な、なんのことかな?」

「ふふふ、忘れたかしら。私はこれでもSランク探索者なの。天音ちゃんはどうして普人君のパーティに入ったのかしら?」


 見つめられた天音は冷や汗を流し、目をキョロキョロとさせながらしらばっくれよようとするが、傍から見ればバレバレである。そんな天音の様子をおかしそうに見ながら、少しずつ追い詰めていく零。どこか悪魔のように悪い笑みを浮かべている。


「えっと、そ、それはたまたま空いてたのがあのパーティだったからで……」

「う・そ。あの二人が他の人とパーティを組むつもりはなかったのは調査済み。大丈夫よ。三人には言わないから」

「うぅ……。じ、実はおじさんに普人君について調べてきて欲しいって言われたのよ……」


 しどろもどろになりながらも嘘の言い訳をする天音だが、零にあっさりと看破され、元々嘘が得意ではない天音は白状してしまう。


「あら、やっぱり私と同じだったのね。私は途中でやめちゃったけど」

「うん、実はおじさんはこの豊島区の緊急対策室の室長でね。普人君と何度か接点があったらしいの。最近は送るのもバカバカしい事ばかりだから、なんかその日の出来事を報告してるだけになってるけど」


 ほとんど裏付けは取れていたが、改めて天音から直接聞いて、納得する零。一度白状してしまえば、もう関係ないとばかりに、天音は内情を話した。


「それが良いと思うわ。その室長って人に情報が渡り、佐藤君をどうにかしようとしたら、下手したら日本が滅ぶわよ」

「そうだね。ちょっと前ならまさかそんなって笑い飛ばしてたけど、あのパンチを見たらそれもあながちおかしくはないなって思うし、まだまだ成長しているしね。このままいけば、一撃で新東破壊とかできてもおかしくないもんねぇ……」


 天音の言葉を聞いて真剣な表情で答える零。その返事に天音は神妙に頷いた。二人は普人の気功を纏ったパンチを思い出していた。


「ホントよ。私に調査を依頼してきた友人にも一応忠告はしてるけど、返事はおざなりだしね。実際にあの力を見ないと多分分からないだろうから、何かしてきたら私が間に入らなきゃって思ってるわ」


 零は少しうんざりした表情になる。


 零は普人と七海のことはもとより、日本、ひいては世界の事を気にしていた。正直海辺での戦いでも普人はまだ余力を残しているように見えたため、彼が本気になったら何が起こるか分からない。できればそういう事態は避けたかった。


 そして、城ケ崎桃花はいくら言ったところで実際に目の当たりにするまでは止まらないだろうと諦めていた。それでも桃花は自分の友人。普人に消し飛ばされたくはない。


 そのため、零は普人とそれ以外の組織との間に入ることで、世界と普人たちの心、両方を守るという大役を自ら買って出ていた。その心労は計り知れない。


「今の零ならなんとかできそうだけね。SSSランクって言われてもおかしくなさそうな魔力がありそうだし」 

「そうねぇ。今回のモンスターの数が多すぎて佐藤君が倒したモンスターの経験値が私にも入ってきてたからとんでもないことになってるわ。それは天音ちゃんもじゃない?」


 ただ、救いは海辺での戦いで自分の力が大幅に強化されたこと。それは何もステータスだけの話だけではない。


 スキルに関してもさらに能力が向上し、精神への干渉が簡単になった。零にとって今までよりも折衝を楽にこなせそうになのは非常に助かる話だ。


「まぁね。ほとんどあの二人から貰ったような力だから少し複雑だけど」

「ホントね」


 天音の返事に零も同意するように頷いた。


「それに、普人君は優しいから大丈夫でしょうけど、たまにこの力に溺れそうになる」


 雨音は視線を落として自分の掌を握ったり閉じたりしながらポツリと呟く。


 天音は最初はBランク程度の力しかなかったが、今では装備も合わせればSSランク級の力がある。元々戦闘狂の気がある天音は、その力を思う存分使うという欲求に身を任せたいという願望が芽生えてしまっていた。


「それは分からなくはないわ。私も急激に高まった力を持て余してるし、どこかで試してみたいって気持ちもある。その辺りは高ランクの探索者なら誰しもが持っている部分だけどね。でも佐藤君をその気持ちの抑止力にするっていうのはいいかもしれないわね。力に溺れたらあの力が襲ってくると思えば、そんな気持ちにもならないわ。何もしなければ優しい彼が力を使うことはないし」

「確かに。使い方を誤ったら消し飛ばされると思っていれば、そんな風に思いもしないね」


 天音の悩みに共感する零。


 そして、普人をストッパーとして使うのも一つの手だと考える。信じているが故に使える方法である。


「でしょ。何事も使いようよ」

「そうだね。零ありがとね。あ、それじゃあ、私こっちだから」


 少し吹っ切れた様子の天音。十字路に差し掛かり、天音は別の道を行く。


「うん、また明日」


 二人は別れ、それぞれの家路についた。

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