第090話 お姉ちゃん、それは甘美の響き
再び釣りを堪能する前の事。
「お兄ちゃん……怖かった……ぐすっ」
「七海、大丈夫だったか?ヨシヨシ」
俺は抱き着いている七海を撫でないようにギュッと抱きしめて落ち着かせる。
何人ものガタイが良く、柄の悪い連中に絡まれれば、小学生から上がったばかりの七海には恐怖しかなかったと思う。
本当にシアには助けられた。
「シア、助かったよ。ありがとな」
「ん。当然」
俺が申し訳なさげな笑みを浮かべて礼を言うと、シアは特に表情を変えることなく頷いた。しかしアホ毛が、力こぶみたいな形になっているので任せろってことなんだと思う。
頼れる雇用主だな。
「それでもだ。七海、シアは良い人だろ?ちゃんと礼を言うんだぞ」
「うん……。ありがと、シアお姉ちゃん」
本人が当然だと思っていてもこっちからすれば感謝しかない。
俺は七海にシアに礼を言うように促し、七海は俺の胸に埋めていた顔を出して、今まで名前を呼ばなかったシアの名前を呼んで礼を言った。
「~!?お姉ちゃん、良い響き」
「お、おう」
シアは頬を紅潮させて自分を抱きしめるようなポーズをとって、普段あまり変わらない表情を思いきり恍惚の表情に変えていた。アホ毛がハートを描いていた。
俺は困惑するしかなかった。
暫くの時間をかけて七海を宥めて落ち着かせた後、俺達は傍から沢山の人が離れていったので、テントの場所をもっと良い場所へと移した。
何もそこまで離れなくても良くないか、と思うくらいに離れていて、なんだか恐縮しそうになるけど、気にしないことにした。勝手に離れたのはあの人たちだ。
キャンプと言えばバーベキュー、カレー、焼きそば。この辺りは定番だと思う。なので今日の昼はダンジョン食材を使ったバーベキューを開催することにした。
他の客が大分遠くに離れてしまったので、バックパックから出すふりをしながらバレてもいいかくらいの気持ちでバーベキューセットを取り出していく。
「お昼はなんにするの?」
「バーベキューだぞ?」
七海が俺の後ろから覗き込んできて興味津々なので、教えてやる。
「やったー!!バーベキュー。楽しみだね、お姉ちゃん」
「ん!!ダンジョン食材美味しい」
「ホント!?」
「ん!!」
「わぁーい!!」
七海は喜びを露にしながらシアに抱き着いた。シアは妹にデレデレしながらダンジョン食材の美味しさを語り、その様子をみた七海がさらに嬉しさを爆発させる。
シアのアホ毛が枝分かれして複数のハートを形作る。
さっきとても怖い出来事から助けてもらったおかげか、二人はすっかり仲良しになってしまった。
雇用主と妹との板挟み状態の俺としては好ましい事この上ない。そして美少女同士が戯れる姿……尊い……。
俺はすでに処理済みの食材を取り出し、適当に買った鉄串に刺していく。
「あっ!!私もやりたーい!!」
「ん、私もやる」
戯れていた二人がこっちにやってきて二人も食材を鉄串に刺していく。二人で笑いあいながら作業をしている姿は姉妹にも見えた。
だが、七海は俺の妹だ。シアにも渡さん!!
「よーし、焼いていくぞぉ」
「はぁーい」
仕込みが終わったら後はグリルの上で焼くだけだ。温めたグリルに串に刺した食材を載せる。
―ジューッ
食材を焼ける音が耳に心地いい。少し焼くと香ばしい匂いが鼻を幸せにし始める。ただ外で焼くだけの料理だというのに、なんて素晴らしいのだろうか。
「はぁ~、凄くいい匂い」
「ん。オーク肉美味しい」
「楽しみぃ」
七海とシアが涎を垂らしながらまだかまだかとばかりに食材が焼ける様に顔を近づける。
「危ないから離れろよ」
『ふぁーい』
そんな二人を俺が注意すると、二人とも声をそろえて残念そうに顔を離した。それから数分後、すっかり食材が良い感じに焼けたので俺たちは早速頂く。
『いただきまーす!!』
『~!?』
挨拶と共に鉄串にかぶり着いた俺たちは、口の中に広がる幸せに驚愕した。
ダンジョンで食べた時も美味かったけど、こういう開放的な場所で、妹と食べる料理はまた格別で、食べるのが止まらなくなった。
『うっ』
あまりに勢いよく食べるので全員が喉を詰まらせてしまう。
―ゴクゴクゴクッ
『ぷはぁああああああ!!』
俺達は持ってきていた飲み物で料理を流し込み、おっさんみたいな息を吐いた。食べるところから今まで俺たちの行動は完全にシンクロしていた。
『うまぁああああああああああああい!!』
俺たちは滅茶苦茶速いワゴンに乗ってそうな芸人張りに声を張って叫んだ。
離れている人達がこっちを見ている気がするけど、どうでもいい。今はこのうまさに浸りたい。
それから俺たちは腹がはち切れるほどにバーベキューを堪能した。
ちなみに母さんのためにダンジョン食材を家に置いてきたので今頃舌鼓を打っている頃だと思う。
■■■■■
「どの食材も美味しいわぁ。今度から定期的に送ってもらおうかしら?」
一方自宅にいる普人母はそんなことを呟いていた。
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