第091話 間一髪!!(第三者視点)

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 七海がアレクシアに就寝の挨拶をしてシアも端的に返し、辺りを静寂が包み込む。


 アレクシアの脳裏に蘇るのは日中の出来事。


 七海とシアにDランク探索者達が声を掛けてきて、普人ふひとがそれを庇った時のことだ。


「ほほう……うちの妹をナンパですか」


 Dランク探索者が普人を馬鹿にするように言い放った瞬間、普人からの殺気と魔力があふれ出た。


「ひ、ひ、かはっ!!」


 アレクシアはその絶大な力と殺気に当てられてその場に蹲ってしまう。アレクシアは普人の本気の怒りを見て、その圧倒的な力に恐怖し、力に当てられて気持ち悪くなってしまったのだ。


 相手の探索者や七海などの一般人はそれを感じ取ることが出来ずに、いつも通りの態度をとっている。


「あんたら、俺の妹に手を出そうとして只で済むと思ってんのか?」

「お前こそ分かってんのか?俺たちは探索者なんだぜ?それもD級の」


 素行の悪いDランク探索者の男たちが普人に間近まで迫って凄むが、Dランク程度の威圧など、普段Aランクモンスターと対峙している普人には、そよ風などという程の効果を齎すこともなく、アレクシアが蹲っている間にどんどん話が進んでいく。


 あの探索者達はバカなの!?


 アレクシアは力に当てられて蹲りながらも、心の中でそんな悪態を着かずにはいられなれなかった。


 普人とアレクシアは二十五日までの間、朱島ダンジョンの代わりに森林ダンジョンで積極的に戦っていた。手ごたえがあったモンスターは出てこなかったが、その間に確実に熟練度を上げた普人の攻撃力はさらに上がり、今ではSランクのモンスターさえ一撃で弾け飛ぶ。


 そんな攻撃力を持つ普人の攻撃を受ければ、Dランク程度の力しかない彼らがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


 普人と戦ったら探索者達はまずなす術なく、粉微塵にされてしまう未来しかない。


「だからなんだよ?妹の為なら命なんて惜しくない。それが兄貴ってもんだろ」

「お兄ちゃん……ぐすっ」


 普人は凄む探索者にひるむことなく睨みつけ、後ろに隠れる七海は兄の背に顔を埋めて泣いていた。


 それがさらに普人の禍々しい力を溢れさせる。


「ははははっ。弱いくせに一丁前に兄貴面か。良いじゃねぇか。相手してやるよ」

「臨む所「ダ、ダメ」」


 そんなこととは露知らず、Dランク探索者のリーダーが普人を挑発し、普人はそれを受けようとするが、アレクシアがなんとか立ち上がり、油汗をかきながら普人の肩に手を置いて止めた。


 このままじゃマズい!!


 アレクシアはそう思ったのだ。


 アレクシアは普人にはもう言葉では言い表せない程に感謝していた。すでに自分の力はSランクに食い込むほどに上昇し、倒すことはできないにしろ、Sランクのモンスターと渡り合うことくらいは出来るまでになった。


 この調子ならもうすぐ自分の目的に到達できるし、願わくは一緒に行ってもらえたら心強いと思っていた。


 ここまで来れたのは、ひとえに自分が倒せないモンスターを倒してくれて、自分をモンスターが倒せるレベルまで押し上げてくれた普人のおかげ。


 そんな彼を人殺しにはしたくなかったし、妹の七海も気に入っていたので、彼女には悲しい思いをして欲しくはなかったのである。


「あなたじゃ駄目。私がやる」


 普人の力に当てられて上手く動かない体を懸命に動かして、アレクシアは普人の眼を真っすぐと見た。


「大丈夫だ。俺がやる」

「駄目。ななみんが悲しむ」

「大丈夫だって俺は死にやしないさ」

「駄目なの。見てて」


 普人がアレクシアの様子を心配して食い下がるが、アレクシアは普人が人殺しになるのは絶対に阻止したいので断固として譲らない。


「はぁ……分かったよ」


 アレクシアの強い意志が宿った目に抗うことが出来なかった普人は、ため息をついて彼女に出番を譲った。アレクシアはなんとか普人が人殺しにならなくて済んだと安堵のため息を吐く。


「決まったか?」

「ああ。こっちは俺の代わりにこの子が出る」

「ははははぁ!!いいぜ!!男よりも女の方が燃えるってもんだ。良い声で鳴かせてやるよ」


 素行が悪い癖に律儀に待っていた探索者達は面白い獲物を見るような目でアレクシアを見つめて笑う。


「後悔してた」

「ん?」

「ななみんに手を出していたら一生後悔してた」


 アレクシアは安堵から今度は怒りが沸き起こる。そのせいか普段数少ない言葉がつらつらと口から飛び出してくる。


 相手は何を言っているのかあまり理解できていない様子だが、アレクシアは魔力を高め、身体の強化を図った。


「はん?なんでそうなるんだよ」

「ふーくん、私みたいに甘くない」

「あいつに何が出来るってんだよ。いい加減しろ!!」

「やってみれば分かる」


 Dランク探索者程度がアレクシアに何を言っても響かない。アレクシアは挑発するように手招きした。


「お前が後悔するなよ?おらぁ!!」

「ん」


 ナンパ男がアレクシアに襲い掛かる。


 余りに遅い。Dランク探索者という言葉さえ怪しい。


 アレクシアにはそう見えた。


 しっかりと軌道を見てから躱すほどに余裕があり、あっさりと躱して横から殴りつけた。流石に本気を出すと死んでしまうので、一割くらいの力で殴る。


「ぐほぉおおおお!!」

『三下ぁああ!!』


 ナンパ男は吹き飛んで木に激突し、ぐったりと項垂れて動かなくなった。飛んでいった男の名前を他の仲間たちが驚愕と共に叫ぶ。名前が三下というのは滑稽だ。


「くるの?こないの?」

『てめぇ!!』

「ん」

『ぐわぁああああ!!』


 そして、挑発された探索者達は、最初に吹っ飛ばされたナンパ男と同じように、アレクシアに簡単に叩きのめされることになったのである。


 アレクシアの活躍によって間一髪人殺しになることを避けられた普人。


「ん。よかった」


 アレクシアは普人が人殺しにならずに済んだことに心から安堵し、意識を暗闇に委ねるのであった。

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