第088話 断じてワザとじゃない
上流にやってくると、そこにはちらほらとテントと人の姿が目に入る。知る人ぞ知る穴場なので、この"ちらほら"という程度で済んでいるけど、世間に公開されている場所はこの時期、結構ぎゅうぎゅうの寿司詰め状態になってしまうことを考えれば、ここは天国だと思う。
なんだかこちらを刺す視線が多い様な気がするけど、妹と雇用主です、と声を大にして言いたいところだ。ただし、妹を変な目で見たら、明日の朝日を拝めないことを覚悟してもらおう。
この川岸の周りは崖と森に囲まれていて、都会では味わうことが出来ない穏やかな空間が広がっている。俺たちは空いてる場所にカモフラージュで背負ってきたテントやバックパックを地面に下し、袋からテントを取り出した。
「俺がテント張るから遊んでいて二人は遊んでていいぞ」
「ん。手伝う」
「私もぉ」
俺の提案を受けずに二人とも手伝おうとしてくれる。
シアはともかく七海は可愛いけど戦力にはならない。
「七海はラックと遊んでろ。すぐに終わるから」
「ふぁーい」
七海はトボトボとラックの元に向かった。
こっちでは周りの目も関係ないからラックを外に出しておけるのはいいことだな。あっちでラックと一緒に居たらどこで飼ってるんだと言われかねないからな。
「さっさと設営しよう」
「ん」
七海の哀愁漂う背中を見送ると、シアと顔を見合わせてすぐに設営に取り掛かった。かなり高価で高機能なテントだけあって十分もかからずに設営が完了した。
一方その頃、七海はラックにボールを取りに行かせて遊んではしゃいでいた。ラックは軽く流すように走って、ボールの落下地点に追いついてうまい具合にジャンプしてボールを口でキャッチしている。犬らしく過ごすためになかなか力を上手く抑えている。
しかし、その様子に周りが唖然としていた。
ラックはモンスターだから犬とは比べ物にならない身体能力を持っているからな。でも、見た目は完全に犬っぽいので凄い犬だと思ってくれているに違いない……多分。
「七海~!!」
「あ、はーい!!」
設営が終わったので七海を呼び寄せる。
なぜか一部の男たちから殺気の籠る視線を送られた。多分七海がラックと遊んでいる姿を見ていたんだと思う。
ああん?
さっ。
七海に邪な感情を向けた奴はどうなるか分かってるだろうな、くらいの気持ちで睨み返すと、全員が俺から目を逸らした。
どうやら皆一般人みたいだな。俺が睨んだくらいで目を逸らすし。どうやら安心して過ごせそうだ。
俺はこの河原に探索者がいなさそうなことに安堵した。
「釣りでもするか」
「やってみたぁああい」
「ん」
準備を終えた俺たちは、川の醍醐味である釣りをしてみることにした。幸いそういうグッズも購入済み。ダンジョン内でのキャンプ道具を買う時に、釣りをすることもあるかもなぁと思って店員さんに適当に選んでもらった。
三人くらいならそれぞれ一本ずつ釣り竿を持てる程度には釣り竿を持っているので皆で釣りを楽しむことができる。
「それじゃあこれが七海とシアの釣り竿な」
「わぁーい」
「ん」
それぞれが俺から釣り竿を受け取ると、嬉しそうに釣り竿を抱いて喜ぶ。シアのアホ毛もピョンピョンとカエルみたいに飛び跳ねて、シアの感情を代弁していた。
「で、これが餌な」
「はーい」
「ん」
シアはともかく、七海は虫が少し苦手なので今回は練り餌を使うことにした。
テントからすぐ近くとは言え何があるか分からないので、テントにラックを残して留守番をさせて、岩が積み重なる所へ登り、その上から糸を垂らすことにした。
田舎なので、川を覗き込むと川の水が澄んでいて底まで見える。透明な水の中を魚が泳いでいるのが手にとるように分かった。こっちから見えるってことはあっちからも見えると言うことなので、釣れないかもしれないけど、それはそれで、釣りならではの楽しみの一つだと思う。
各々ある程度距離を空けて並び、針に餌を付けて、適当に竿を振って糸を垂らしてみる。七海とシアも俺の真似をして餌を投げ入れた。
「ん!!」
最初に当たりを引いたのは意外にもシア。彼女は竿をぐいっと引き上げてしならせると、魚の抵抗虚しく、一気に水中から引き上げられ、陸地に落ちて、ビチビチと体をくねらせている。
「釣れた」
「むぅー!!私だって負けないんだから!!」
糸を持ち上げて魚を見せびらかすシアに、七海は対抗心を燃やして一度引き戻した糸を再び投げ入れる。
「きたぁああああ!!」
七海が糸を垂らすこと数分。七海が叫んだ。
どうやら当たりが来たらしい。
七海はその小さい体を目一杯使って糸を引く魚を引き上げる。俺は少し心配になったので自分の竿を放って七海に駆け寄った。
「重い〜!!」
七海は気合を入れて引き上げようとしてるけど、さしもの魚も必死に抵抗しているのか中々竿が上がらない。
「頑張れ七海!!」
「とりゃあ!!」
俺の応援が引き金となったのか、七海が大声を上げて力一杯竿を引っ張り上げた。針の先には立派な魚がぶら下がっていた。
「やったぁああああ!!」
「良くやったな、七海!!」
「ふわぁああああん!!」
「しまった!!」
魚を釣り上げた七海を褒めるために、俺は封印したばかりのナデナデを解放してしまった。その結果、七海は蕩けるような顔をした後、その場にへたり込んでしまった。
『"新・愛撫"の熟練度が限界に達しました。"愛撫"が"真・愛撫"へと進化しました』
困り果てた俺を嘲笑うかのように、アナの声が脳内に響き渡った。
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