第011話 おかしな新人(第三者視点)

 普人が帰った後のFランクダンジョン。


 見張りを交代した組合職員の木下一郎は、職員のみが入ることが出来るスペースに向かうと、途中で同じく交代してここに来てたであろう買取所の女性職員、山本すみれとばったり会った。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 お互いに軽く会釈してそのまますれ違うはずであった。


「あ、山本さんちょっといいですか?」


 しかし、少し気になったことがあったので木下は振り返って声を掛ける。


「あ、はい、木下さん、どうかされましたか?」


 山本も振り返って不思議そうに首を少し掲げて尋ねる。ここに配属された女性の中でも愛嬌があって可愛らしい女性の仕草に、思わずドキリとする木下であったが、いかんいかんと頭を振り、本題を話し始める。


「あの……今日、探索者になったばかりのいかにも新人って感じの探索者が、買取所に行きませんでしたか?」


 気になったのは昨日やってきたばかりの新人冒険者、佐藤普人その人のこと。


「あぁ!!はい、来ました!!確か昨日から買い取りに来るようになっていますね」


 山本も覚えがあるのか、難問クイズの答えが閃いた時のような喜色を含んだ表情を浮かべて、溌溂とした声で答えた。


「来てましたか。それで、つかぬことをお聞きしますが、そいつ、ビッググミックの魔石を持ってきました?」

「えぇ、確かに持ってきましたよ?」

「ああ、あいつが言ってることは本当でしたか……」


 裏が取れた木下は少し深刻そうな顔をする。


「ああ、あの子凄いですよね、昨日初めて買取に来たと思ったら、次の日にはビッググミックを倒してるんですから」


 逆に感心するように呟く山本。二人の表情は対照的であった。


「凄いですよね。たった二日でFランクダンジョンを攻略するなんて。正直天才と呼ばれる探索者でももう二日くらいかかるのは当たり前なんですよね」

「え?ホントですか!?」


 所謂一握りの天才が到達する探索者ランクのSランク。


 その天才たちでさえ、Fランクダンジョンの踏破には四日程度の時間が必要になる。初めてのステータスに慣れる時間や、ボスと戦える能力値を持つレベルになるのにはそれなりに時間がかかるからだ。


 いくら天才でも、敵が中々見つからなかったり、ボスまで迷わず辿り着けなかったりして、五階までたどり着くのにどうしても時間がかかるのだ。


 普通の探索者なら一週間から二週間。それにも関わらず普人はたった二日で攻略を成し遂げてしまった。


「ええ。正直上に報告を上げた方がいいか悩んでるくらいでして……」

「Fランクダンジョンですし、流石に大げさじゃないですか?そういうレアスキルを持っている可能性もありますし、そこまで気に無くていいと思いますけど」

「ああ、確かにそういえばそうですね」


 木下としてはその異常な攻略速度に、組合に報告してしばらく監視を付けた方が良いかもしれないと思ったが、山本の返答によって思い直す。


 確かにFランクダンジョン如きをあまりにも早いスピードで攻略したからと言って、これからも同じようなスピードで上のランクのダンジョンを攻略していくとは限らない。


 もうしばらく様子見をしてからで問題ないと考えたのであった。


「でも、ちょっと気になるんですよね。あいつ、自分が物凄いことをしたというのに、まるで他の探索者ならもっと早く攻略できるでしょ、と言わんばかりでしたから」

「そういえば私も早いなぁと驚きましたが、確かにあの子はそのことをなんとも思っていませんでしたね」


 二人はうーんと腕を組んで首を傾げた。


 しかし考えたところで答えはでない。


「そうですね……この後少し食事でもどうですか?新人の件も少し話したいですし……」

「ごめんなさーい!!今日これからちょっと用事があって……また今度誘ってもらえますか?それじゃあ失礼しますね!!」


 謎は深まるばかりと木下が提案するが、山本は木下の提案に対して、体の前で大きく手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げ、そそくさと外へと出ていってしまった。


「あ、はい、そうさせてもらいます」


 木下は煤けたように色を失い、朦朧とした意識で返事を返すと、そのまま廊下に立ち尽くした。実は木下は山本を狙っていたのである。そこで普人の話題を餌に一緒に食事に行こうと誘ったわけだが、あえなく撃沈。


 後日、木下は今日下した判断に対してさらに後悔することになるが、それはまた別の話。

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