第024話 勘違いの始まり(第三者視点)

 そこは神ノ宮学園のとある一室。


 革張りの高級な椅子に腰を下ろし、机に肘をついて顔の間で手を組んでいるのは生徒会長である北条時音。彼女の机の前に客人の対応をするためのソファーが二脚、向かい合って置かれていて、その中央にガラスのテーブルが配置されている。


 その上には、湯飲みに入ったお茶が四つ湯気を立てており、ソファーには四人の男女が腰かけていた。


「早乙女君、戦ってみた感想は?」

「ありゃあ化け物だぞ?Sランク……いや、下手したらそれ以上かもしれん」


 時音の質問に答えたのは右のソファーの奥に座る早乙女真司。昨日歓迎会で普人と模擬戦を行ったダンジョン探索部の部長である。その顔は驚愕に染まっていた。


「俺はこれでもこの高校のダンジョン探索者の中でも上位に入っている。これはうぬぼれでもなんでもない事実だ」

「そうですね」


 探索者にはランク制度とは別に、貢献度ランキングという制度で探索者たちがどれだけ国や世界に貢献しているか、を数値化したランキングが公開されている。


 貢献度ランキングは基本的に魔物を倒すことでポイントを得ることが出来るが、それ以外にも、未発見のアイテムを発見したり、レアなアイテムを組合に提供したりすること等で増える。


 貢献度ランキングは学生にも適応され、真司は神ノ宮学園の中でも上位十位以内に入るほどの高ランカーであった。


「確かに俺はスキルは使わなかったし、最初は手加減していた。でも、普人ふひとはなんなく躱したあげく、俺の身のこなしや呼吸を吸収してそっくりそのまま真似しやがった。一朝一夕にできるもんじゃないってのによ。んで、途中から俺も意地になってスピードを上げたりしたが、アイツに一切触れることもできなかったんだぜ?」

「それは確かに驚嘆すべき話だな。確かに私もあの場で見ていたが、信じられなかった。ちょっと体の芯が熱くなった……はぁ……はぁ……」


 真司の正面に座っているのは風紀委員長の戦場椿いくさばつばき。椿は昨日の普人の戦いを思い出して恍惚の表情を浮かべ、内腿をこすり合わせてモジモジしている。純情な男子がいれば思わず前かがみになってしまうだろう。


「この戦闘狂が……」


 真司は頭を押さえてため息をつくように吐き捨てた。真司には椿の本性が分かっているのでその姿を見ても欲情することはない。むしろ、呆れて引いていた。


「だって、普人の使った棍棒を見たか?真司に当たって見事に折れていたが、驚嘆すべきはそこじゃない。棍棒の持ち手部分が粉々に砕け散っていた、探索者の力にも耐えうる素材で作られた棍棒が、だ。これが興奮せずにいられるか!?」


 椿が興奮冷めやらぬといった様子で捲し立てる。その姿は救世主が現れたとでも言いたげに、頬を紅潮させ、瞳に憧憬を浮かべていた。


「ああ、確かに俺はあいつが素手じゃなかった事に感謝したな。素手だったら恐らく俺の頭が吹っ飛んでいただろうな」

「それ程までだというのですか!?」


 その時のことを思い出したのであろう、真司が顔を青くして肩をブルリと震わせながら言うと、時音は驚嘆した。


 まさかそれ程までとは思わなかったのである。


「ああ、間違い無いぜ?正直今でもよく生きてたなと思うくらいだ」


 真司は自嘲気味に呟く。


 もう二度とやり合いたく無い、そう顔に書いてあった。


「それによ、あいつ試合が終わった後なんて言ったと思う?」

「一体なんと?」


 続けて話す真司の少しだけ勿体ぶった言い方に、時音が食い気味に尋ねる。


「手加減ありがとうございました、だとよ。俺は最初バカにされたのかと思ったんだが、アイツの目には本気が宿っていて、何も言えなくなっちまったぜ。アイツは俺がかなり手加減したとマジで思ってやがるんだ」

「それは……なんというか……」

「だから言っただろ?アイツは化け物だ」


 真司の答えに、怯えの見える表情浮かべた時音。真司はその姿を見て、投げやりな態度で最初の言葉を繰り返した。


「会長、やはり彼を生徒会に?」


 真司の隣に座っていた眼鏡の美青年、西脇周防にしわきすおう


 彼は時音に尋ねる。


「えぇ。彼の力が公になれば、争奪戦が始まるでしょう。そうなる前にウチで確保しておきたいですね」

「た、確かにそれほどの逸材であれば、生徒会に引き入れておきたいですねぇ」


 時音の意見に同意する、ちんまりした挙動不審な女の子、生徒会書記神崎杏かんざきあんず


「そうなんですよねぇ。でも彼は生徒会になど興味がないと思うんですよ。何か生徒会に入ることで彼にメリット提示できればと良いんですが……」

「そもそも彼はどうしてこの学校に?」


 うーんと腕を組んで悩む時音。組んだ腕にその豊満な母性が載って盛り上がる。巨乳好きな男の第三者がいれば、思わず目を奪われてしまうに違いない。


 周防がそんな風に悩む時音に問いかけた。


「どうやら元々彼はとても太っていて今とは全然違う容姿をしていたらしいのですが、中学三年の時に一念発起してダイエットし、見た目や髪型、服装などを一新することに成功したみたいですね。地元の同級生が誰もいないこの学校で新しい自分として、改めて高校生活を始めようとしていたのだと思います」

「高校デビューか。なるほどな。それじゃあ簡単じゃねぇか」


 時音が調べた情報を答えると、真司が自信満々な笑みを浮かべた。


「え!?そうなんですか?」


 時音には何も思いつかなかったので、さも当然のように言う真司が信じられなかった。


「そりゃそうさ。生徒会に入ればモテるって言ってやれば一発だ。あいつは今までのモテない自分から脱却して青春を謳歌したいのさ」

「なるほど、そうなんですねぇ。佐藤君も男の子、ということですか。わかりました。早乙女君の言葉を借りて勧誘してみましょう」


 真司はどこか思い当たる節でもあるのか、少し遠い目をしながら語ると、時音は満足げに頷いた。


 しかし、すでに高校デビューに失敗した上に、探索者適性の件で探られたくない腹のある普人にとってその行為が逆効果であることを彼らは知らない。



■■■■■



 一方その頃、とあるダンジョンで一つの災厄に意識が生まれた。


「グォオオオオオオオオン!!」


 真っ暗で身動きが取れず、自分に苦痛与える閉所に閉じ込められていたその存在は、怒りの咆哮を放つ。次の瞬間、暗闇に亀裂が入り、その空間に光が差し込んでくる。


 その暖かな光はその存在にとってひどく心地の良いものだった。さらなる光を求めるため、災厄はその手で罅の入った暗闇をたたき割った。


 開けた視界の先は、全く同一のレンガが敷き詰められた世界だった。


 災厄は黒い獣の姿をしていた。

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