VIPチケットの誘惑

ノーランマークが背後から喉元を締め上げている手をアスコットがバシバシと叩いて降参を訴えると、まるで突き飛ばすようにしてアスコットはふいに解放された。

よろけて地面に手をつきながら咳き込む手元には銃が落ちている。

アスコットは今だとばかりに手を伸ばしたが、それより早くノーランマークに銃は蹴り飛ばされた。


「降参なんてする気は毛頭無いくせに。お前のやり口はお見通しなんだよ!」


チッとアスコットは短く舌打ちすると地面に座り込んだままノーランマークを見上げて不敵に笑う。


「身内だってのに相変わらずお前も容赦ないねぇ」

「本気でオレを殺そうとしたくせに何が身内だ!だいたいオレとお前は赤の他人だ!紛らわしい言い方するな!」

「じゃあ紛らわしくない言い方しよっか?

俺達セックスした仲じゃないか〜」


そう言うとアスコットはニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。

ピクリとノーランマークのこめかみが僅かに痙攣したが、それはよく見なければわからないほどの変化だった。


「そうだな、お前はオレの生涯で唯一の汚点だ。

何でヤバイなんかにわいて出た!」


ノーランマークの落ち着いた声からはその分だけ憎しみがこもっているように思える。


「お前こそなーんでこんな所に居るんだ?お前がこんな地の果てくんだりまで来てるということは…結構なお宝を掘り当てたってところかな?」

「そっちこそ、どうせろくでもない儲け話にたかりにきたんだろう」

だなんて、ふふっ!心外だなあ…それより、こんな所に一人でいるなんて、三日月君とはもう別れたの?」


お互いに顔色を伺いながらの腹の探り合いだ。

しかし今しがたラムランサンと喧嘩してホテルの部屋を飛び出してきたノーランマークには今の発言は冗談に聞こえなかった。

王女が消えた事、訳ありげな密造酒に導かれてきた事、そしてこの男の登場と、悪巧みのある所には必ずコイツがいる。

嫌な予感しかしなかった。


この男は必ずどちらかに繋がってる。

あるいはその両方か…?


そんな事が頭を掠めた時、車の近づく音がした。


「アスコットさん!車回しました!」


宮殿の従業員がこっちに向けてパッシングした。

ヘッドライトを浴びた眩しさにノーランマークが目を眩ませている一瞬の隙をついてアスコットは車へと走り込んでいた。


「待て!アスコット!!」


慌てて追いかけるが車はアスコットを乗せ土煙を上げて急発信していく。

車窓から顔を出したアスコットが、ノーランマークに何か紙切れのようなものを投げて寄越した。

風に赤い髪を靡かせながらアスコットが何か騒いでいた。


「あの時半殺しにしたお・わ・び!コレで恨みっこなしにしてねん!」


そう言うと、夜目にも下品な紫のハマーは加速して風のように目の前から去って行った。


「クソッタレが!!ラムに何かしたら今度こそぶち殺す!!」


そんな声が届いたか届かなかったかは分からないが、ノーランマークの足元にヒラヒラと落ちてきたその紙切れを拾い上げた。


「何だコレは」


手元を見ても暗くて何が書かれているか分からない。

スマホで照らすと何かのチケットのようだった。


『VIP・secret wine auction』

と書かれた文字の下には小さく日時と開催場所が刻印されてれいた。


「シークレットワインオークション?しかもVIP…?これは…っ」


これがネットで流れていたヤバイのヤバイ商売と言うヤツなのか?


やっぱりアスコットは密造酒に関係しているのだろうか。

ここに行けば王女の行方はともかく、この国を潤していると言う商売がどんなものか、オークションにかけられているワインがどんなものなのか、噂の密造酒と関係があるのかわかる筈だ。

でなければわざわざVIPだけの秘密の競売会場など設けるはずはない。

敵に塩を贈られたのは癪に触るが、滅多に手に入らないVIPオークションのチケットにノーランマークの心が揺らいだのは間違いない。


「くっそ、どうするか…王女の方も気になるが、オレはこのためにこの国に来たんじゃ無いのか?

ラムの助手をしに来た訳じゃない!」


あの喧嘩さえ無ければ、ノーランマークがこうして本文に立ち返ることはなかったに違いない。

二人の亀裂のほんの隙間にアスコットが奇しくも滑り込んだのだった。





「あー…ビックリした!わいて出るって、自分だってそうじゃない?」


アスコットは車の運転をしながら心から沸々と湧いてくる喜びに一人大笑いしていた。

城を襲撃したあの日、アスコットはノーランマークを本気で殺そうとしたにも関わらず、今日の思いがけ無い邂逅に胸が躍っていた。

二人で孤児院を飛び出して荒んだ心と若い肉体を持て余し、戯れに何度かノーランマークと抱き合った。

だがいつだってノーランマークは本気ではなかった。

別にそれでも良かった。愛なんて生温いものを期待していた訳じゃない。

いつしか彼と袂を分かつようになってから、割と自分が本気だった事に気がついた。

やれ何処そこの女とデキたとか、何ちゃらの大富豪の娘といい仲だとか、多情な彼の噂は散々耳には入ってきたが、ノーランマークは本気になら無いヤツなんだと、何処かでたかを括っていた。

自分のものにならなくたって、彼は一生、誰のものにもならないんだと思っていた。

なのに偶然出向いた仕事現場で十年ぶりに再開したノーランマークはあの生っちょろいボンボンなんかと本気で恋に落ちていた。

殺してやろうかと思った。

二人まとめて本気で死ねばいいと、嫉妬に狂ったアスコットは二人を散々追い詰めた。

ラムランサンをノーランマークの目の前で他の男に犯させた。

そんなラムランサンの目の前で手足を縛られたノーランマークを自らが犯してやった。

相変わらずの大きな怒張にアスコットは歓喜したが、それでも二人の中を割くことはできなかった。

それどころか二人の絆の強さをまざまざと見せつけられた。

アスコットに本気の殺意が湧くのも無理からぬことだったのかもしれない。

城から命からがら脱出した時にはボロ雑巾のようだったノーランマーク。

きっと奴はあのまま死ぬ。

そう思っていたのに、三ヶ月経って生きてた彼にまたもや偶然に出会した。しかもこんな砂漠のど真ん中で。

きっとノーランマークは噂の密造酒を嗅ぎつけてここまで来たに違いない。

VIPチケットなど、くれてやる。

ノーランマークには不愉快極まりない再会でも、アスコットにしてみればそんな気持ちだったのだ。








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