悍ましい何かに打たれて
偽の水晶玉に手を翳し、タシール王子の掌を乗せるだけで何が分かる筈もない。タロットにしても、どんなカードが出たにせよ、それは占う側の解釈次第でどうとでもなる。
上手に誘導質問し、相手の答え方や反応を分析し、おだててほんの少しばかり相手の不安をくすぐれば良い。
そして最後に尤もらしく救いを見せれば相手はそれに縋って救われた気分になる。
大概そんな感じで相手は占ってもらった気分になるものだ。
だが、ラムランサンが普通の占い師では無いと言うのは彼の持つ『神託の輝石』にある。
彼の腹の中には不思議な力で出し入れ可能な御神体が隠されている。
それは拳大で、ラムランサンの鼓動と呼応するように緑色に明滅を繰り返し、ラムランサンはその輝石によって神の依代となり神託のを行うのだ。それは占いなどと言うレベルでは無い。何せ神のお告げなのだから。
ラムランサンはまずはありきたりな占いから始めた。
今回も相手が王族というだけで、やる事は同じだ。あらかじめ占う人間の素性がわかっている分、リサーチは完璧だった。
「貴方は生まれながらに尊く、財に恵まれ容姿にも音楽の才もおありのようですね。…そして女性に優しく、学生時代は大変おモテになりました」
そこで観客から小さな笑いが起きる。どうやら掴みはOKらしい。
王族に生まれて来たのだ、音楽とて嗜みとして習うのはごく普通のことだし、若く金回りも良く、軽薄なほど物腰が柔らかいとくれば将来有望株の王子様がモテ無いはずが無い。
「おや?…幼い頃、貴方は何か悲しい別れを経験なさいますね…」
大概の人は幼い頃にカエルやカメや金魚などを飼育して、大抵はろくな別れ方をしていない。
そしてリサーチによれば王子は母親を幼い頃に亡くしている。きっとその事を思い浮かべるに違いない。ラムランサンはそう踏んでいた。
ところがである。タシール王子の手が俄かに汗ばみ始め、傍に立っている兄の顔色をチラチラと伺い始めた。
兄は兄で、普段から強い目力が一層ギラギラと弟王子を睨み据えている。
違和感を覚えたラムランサンは、腹に手を充てがうと輝石の力を発動させた。
「貴方はその死からまだ立ち直れていませんね?」
「ええ?僕、ぼく?ええと、僕は…僕は…、、」
何の為の動揺だろうとそう思いながら、ラムンサンはタシール王子の潜在意識の中へと潜っていった。
何だ?ここは…やけに蒸し暑い。生い茂る不気味な植物の葉影に色々な物が隠してあるぞ?
人間の下半身?ガラスの目玉?…夥しい髪の毛やバラバラの指の塚?気味が悪い…これは尋常では無いな。
そして空には兄の巨大な目が二つ、ゴッホの絵のように、幾つものオイリーな太陽に混じってこちらを睨みつけている。
…これは…何の匂いだ。
…腐った葡萄の匂い…?
何だろう、兄のあの目が凄く気になる。
双子ならではの何かがあるのか?
そう思ったラムンサンは、兄の手にも触れてみたいともう片方の手を差し出した。
「イェハーン王子のお手も宜しいでしょうか…」
「い、いいや、今回は弟だけにしよう!」
何故かイェハーン王子は拒絶した。
その顔色はさっきより青白く見える。
よく見ると目の下がピクピクと小刻みに痙攣している。
何を怖がっているんだ?
「大丈夫です。少し見させて頂くだけですから。さあ、お手を…」
差し出したラムンサンの手が王子の手を迎えに行くと、微かにイェハーンの指先に触れた。
双子の王子達の潜在意識がラムンサンの中に流れ込み、まるで通電したかのように三人の世界が繋がった。
その途端、一気に流れ込む
強い衝撃にラムンサンは打たれた。
暗く重く鋭く激しい暗愚な衝動が、水風船が破裂したように一気にラムンサンの中で弾け、それがタールのようにベッタリと意識の壁に張り付き、もったりと垂れて来る。
その不愉快で不快な感覚に思わずラムンサンは吐き気が込み上げた。
何だ?!この酷く気持ちの悪い感覚は…!
「ゔっ、う…っ、」
ラムンサンは王子から手を離して勢いよく立ち上がると水晶玉が床に落ちて転がった。
立て直そうとテーブルに手をつくが、タロットカードが散ったその床に身体はぐらりと倒れ込み、ラムンサンの意識はショートしてしまった。
スポットライトが容赦なくそんなラムンサンに当てられ、会場の全ての人たちが響めいた。
「ラム!!」
「ラム様!」
舞台の袖から見ていたノーランマークとロンバード、そしてイーサンが血相を変えてラムンサンの元へと駆け出した。
当の王子達はいきなり目の前で占い師に倒れてられて驚きに棒立ちになっていた。
その脇を猛烈な勢いでノーランマークがラムンサンの元へ跪きその身体を抱き起こしていた。
ぐったりと細い腕が投げ出され、ノーランマークの腕の中でラムンサンの身体は完全に力を失なっていた。
「どうしたラム!しっかりしろ!…医者だ!医者を呼んでくれっ!」
その声に我に返ったイェハーン王子が侍従達に向かって叫んでいた。
「ムルムの間に医者を!」
その声に侍従達が駆け付けてくるとノーランマークはラムンサンの身体を軽々と抱き上げ、ムルムの間へと促されてその場を慌ただしく退出して行った。
もうパーティー会場は騒然で、王子達の誕生日パーティーどころではなくなっていた。
ラムンサンの白い顔と青い唇の痛々しさに、ノーランマークの胸は心配で張り裂けそうになっていた。
今になってこの計画の罪深さを後悔しても後の祭りだった。
「すまん、ラム…!オレがこんな目に遭わせた…っ、いったい何を見たんだ、お前…」
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