占いましょう
会場には有名人が沢山来ていたにも関わらず、パーティーが始まって直ぐに『美貌の占い師』の周りには人だかりが出来ていた。
「美しい」「素晴らしい」「神々しい」これらの褒め言葉はここではもはやラムランサンの代名詞だ。
その賞賛の声はラムランサン本人よりもノーランマークにとっては誇らしく聞こえたが、内心は複雑な気持ちだった。
「大丈夫、事業は成功なさいますよ」「病は気から、大丈夫ですよ」「新しい恋がもうすぐそこに来ていますよ」
皆ラムランサンのありがたい助言を一言でもと求めて人集りが出来ていた。
「ラム、今日は金を取ってないんだ。そんなに律儀に見てやることは無い。疲れちまうぞ」
見るに見兼ねて背後に立っていたノーランマークがラムランサンにこっそり耳打ちをしたが、ラムランサンは笑みだけは崩すことなく同じくこそっと耳打ちし返してきた。
「私は『神秘の天使』なんだろう?らしくしないとならぬからな」
妙な真面目さを見せる恋人に、君らしいなとノーランマークは苦笑いを浮かべた。
その時だった。
人混みがまるで引き潮のようにモーゼの十戒の如く左右に分かれ、皆口々に「殿下、おめでとうございます」などと言いながら頭を垂れた。
白い弟王子タシールと黒い兄王子イェハーンの登場だった。
これが王族の威光と言うやつなのか、纏った空気がそこだけ違う。流石のラムランサン達も気後れして息を呑んだ。
「殿下、この度はお誕生日おめでとうございます。本日はお招き頂いて光栄です」
そう言うとラムランサンは胸元に手を当てて恭しく膝を折った。
「これはこれは、なんと美しい天使だろうねえ?イェハーン兄さん」
弟のタシールはだらし無い笑顔になりながら、ラムランサンの手を取ってその甲に口付け、兄のイェハーンは不遜な態度でラムランサンの顎先を指先で捉えて口角を上げた。
「ふむ、なかなかだな」
呆気に取られているラムランサンの代わりにカチンときたのはノーランマークだ。
いくら王族とはいえ、こうあからさまに品定めをされるのは不愉快極まりなかった。
ノーランマークは思わずラムランサンと王子達の間に割って入った。
「何だお前は」
不愉快そうにイェハーン王子はノーランマークをジロリと睨みつけた。
「し、使用人が失礼しました殿下!下がりなさいノーランマーク!」
いきなり一触即発な空気に慌てたラムランサンが取り繕うようにノーランマークを押し退けた。
「失礼のお詫びに、お二人の輝かしい未来を占う光栄を賜りたいのですが、如何でしょうか?
ほほほほほ…」
ラムランサンは態とらしく笑ってこの場を誤魔化したが、仏頂面の兄とは正反対のタシール王子は目を輝かせて喜んでいた。
「良いね!イェハーン兄さん折角だから占って貰おうよ!」
こうして即席に王子達の公開占いの場がセッティングされた。
ラムランサンには渡りに舟といった所だが、色々な意味で墓穴を掘った形のノーランマークは気が気では無かった。
「なあ、気をつけろよラム、手を握らせるのはNGだ。それから見つめ合うのも感心しない!それから…」
「ノーランマーク!それでは占いは出来ぬ!この期に及んでジタバタするとはみっともないぞ!私はある程度覚悟を決めているのだ。お前も腹を括れ!」
自分で獣に餌を差し出すようなマネをしておきながら、餌に仕立てられた当のラムランサンに喝を入れられてはノーランマークは黙るしか無い。
会場に設らえられた舞台に紫のクロスが掛けられたテーブルがセットされ、そこに偽物の水晶玉とにわかに揃えたタロットが置かれた。
スポットライトが当てられて、どこからとも無く王立テレビのクルーがカメラを回し始めている。
ラムランサンはこんなにオープンな場所での占いは初めてだった。
こう衆目に晒されてはいい加減な占いは出来ないし、かと言って占いの結果が王族にとって好ましく無いものだった場合、どう取り繕ったものかとラムランサンの気は重い。
「ラム様、温かいお茶を一口召し上がりませ。貴方様だって、これまで王族や各国の要人と渡り合って来たのですから、今回はちょっとばかり勝手は違いますが大したことはございません。しっかりなさいませ」
「ロンバード!さっきから姿が見えないと思っていたが何処に行っていたのだ!」
ロンバードが突然消えるのはしばしばある事だった。その場合は何かしらロンバードは裏工作を施している事が多いのだ。
「今回は何をして来たのだロンバード」
「ああいえ、ちょっと差し込みまして…」
皆の期待に反し、そう恥ずかしそうに言うロンバードに、ノーランマークがぷっと吹き出した。
「ハハ!何だ便所か!年寄りは何かと大変だなあ」
年寄りといえど、聞き捨てならないこともある。
ロンバードの何処かがプチンと切れた音がした。
「フンっ、やきもち焼きの若造ほどはみっともなくはございません!」
「なんだとぉ!誰がやきもち焼きだっ!」
「やめて下さい!二人とも目くそ鼻くそですよ!」
分別盛りの良い大人が一番年下のイーサンに嗜められては面目が立たないと言うものだ。
「いい加減にしないか二人とも!集中できない!」
二人の下らない言い合いが、ただでさえ気の立っているラムランサンをイラつかせていた。
気を取り直すようにお茶を一口飲み干し、ラムランサンは気持ちをどうにか落ち着かせた。
そこへすかさずイーサンがメイク道具を出して来てラムランサンの顔に美しく化粧直しを施して行く。
「大丈夫!何処から見ても絶世の美女ですよラム様!胸さえ触られなきゃ分かりゃしませんよ!」
「胸なんか触らない!!」
眦を吊り上げて叫んでいたのはラムランサンでは無くノーランマークの方だった。
「とにかく!行ってくる」
自分に気合を入れて立ち上がるとまるでリングに向かうボクサーのように注目を浴びながら、
その姿はまるでユニセックスなトップモデルを思わせた。
スレンダーで美しく、細いハイヒールにも関わらず何処で覚えたのかその見事なウォーキングで彼一人のためのランウェイを歩いた。
小さな顔。細い顎、珊瑚の唇に黒い切長の瞳。
ライトに照らされると、その造作の美しさにその場が息を呑むのが分かった。
「イェハーン様、タシール様、どちらから先に占ったらよろしいでしょうか」
対峙している二人の王子に話しかけるラムランサンの声は既に落ち着いてた。
その瞳の奥が深い紫色を帯び、次第に彼の領域へと没入して行くのが分かった。
「では弟を先に占って頂こうか」
そう促され、タシールはいそいそとラムランサンの前へと座った。
「では殿下の未来を占いましょう。…お手を…」
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