三題噺をしよう!

橋本洋一

第1話エルフの女王

※お題は『復讐』『チェンジリング』『配信』でした。




 1901年、夏。

 私は――自分の子供と他人の子供を取り替えた。


 自分の子供に魔力がないことが分かったからだ。エルフの王の娘として、そんな出来損ないを産むのは恥だった。夫も同じように考えた。栄達を望む彼にしてみれば当然のことだった。彼とは政略結婚で気が合うわけではないけど、そこだけは意見が合致した。


 選んだのは高名な魔術師の子供だった。

 人間の子供だが魔力は多大で豊潤。エルフの王の孫としては申し分ない力の持ち主。

 いわゆるチェンジリングというやつだ。人間の寿命は短い。百年と生きられないだろう。しかし、取り替えることでエルフの力――長命が主だ――を恩恵としてもらえる。百年ぐらいは若いままでいられるだろう。


 産んだ子供に愛情は無かった。

 取り替える子供にも無かった。

 ただ王族としての務めを果たしたかっただけ。

 躊躇などありはしなかった――



◆◇◆◇



「母上。俺は――幸せでした」


 取り替えた子供――エアロフと名付けた――が死んだのは、ちょうど百年後の夏だった。

 若い姿のまま、エアロフは老衰で死んだ。


「母上は俺に優しくしてくれた。他人の子供である俺を、愛してくれた……」


 私は……エアロフを愛してしまった。

 血のつながりどころか、エルフでもない我が子を愛してしまった。

 夫が戦死してしまった今、私に残されているのは、エアロフだけだった。

 独りきりの玉座。いつ裏切られるか分からない孤独の中、エアロフだけは希望でいてくれた。


 他人の子供だと打ち明けたのは、五十年ほど前。

 ちょうど夫が死んだ頃だった。

 そのときのエアロフは大切な玩具を壊されたような表情を浮かべたけど。

 それでも私に寄り添ってくれた。


 酷い母親だったと思う。エアロフは私を慕ってくれたけど、私は彼に心を開かなかった。

 開くどころか、閉め切っていた。


 それでもエアロフは私を愛してくれた。

 それにほだされたのはつい二十年前のこと。

 たった二十年間しか、私はエアロフと親子でいられなかった。


「母上。泣かないでください」


 エアロフはにっこりと微笑んだ。

 私とは違う、赤い髪。

 私が気に入っていた、赤い髪。

 それがしっとりと濡れている。


「私は、本当に幸せでした」


 そう繰り返して。エアロフは目を閉じた。

 そして二度と目を覚まさなかった。


 その日のうちに、私はエアロフの遺髪を持って、エルフの国から去った。

 もう何もかもどうでも良かった。



◆◇◆◇



「お母さん。どうして僕を捨てたんですか?」


 それから二十年後。

 私は牢獄に囚われていた。


 私と同じ緑色の髪の男。

 百二十年経っても若いままの男。

 名前はロンだと言った。

 しかし、その名を呼ぶ者はいない。


 ロンは魔術師の組織のトップだった。

 どうやら取り替えたときに、エルフの魔力を恩恵として受け取ったらしい。


 ロンは全てを持っていた。

 地位と名誉、そして多大な魔力を持っていた。

 魔術師として完璧な権力があった。

 だけど、何も満たされていなかった。


「僕をどうして捨てたんですか? どうして僕は何も変われないんですか? 僕は――不幸なんです。どうしたら幸せになれますか?」


 私を捕まえてから何日も何日も問い続けた。

 鉄格子の外でずっと問い続けていた。

 魔力を封じる牢獄の外で、ずっと。


「何をしても、何を手に入れても、満たされないんです」


 ロンは言う。


「欲しいものは手に入れても、満足しないんです」


 ロンは言う。


「どうすれば――満たされますか?」


 ロンは、無表情で言う。



◆◇◆◇



 ある日のこと。

 ロンは殺された。

 私は解放された。



◆◇◆◇



「ふむ。エルフの女王であらせられる、あなたと『魔王』の関係が……」


 ロンを殺した男は、カメラというもので、私を撮っていた。

 おそらく正当性を得るためだろう。

 ロンを殺した、正当性を。


「全て聞けました。これはネット上に配信されています。あなたが望んだように」


 私は楽になりたかった。

 多分私は、殺されるだろう。

 エルフの国の者に。

 国を捨てた裏切り者。

 もしくは醜態をさらした者として。


 だから世に公開することで、殺してほしかった。


「あの魔王は、あなたに復讐するために、ここに捕らえていたのでしょうか」


 私は違うと思う。

 あの子は満たされたかっただけ。

 私の愛情を欲しただけだった。


 もしも私がロンを愛していれば、ロンは死ななかった。

 でも私は愛せなかった。


 私の心にはエアロフがいた。

 死んだ今も、愛していた。


 偽りの愛情など、ロンは望んでいなかった。

 私は、ロンを愛していなかったけど。

 あれ以上不幸にしたくなかった。


 親の愛情とは違う。

 ただの同情ではない。

 これは贖罪だった。


 私はどうすれば良かったのだろう。

 取り替えた子供を愛さなければ良かったのか。

 それとも自分の本当の子供を愛するべきだったのだろうか。


 しかし私は選んでしまった。

 だからエアロフを愛せた。

 あの子を幸せにできた。

 それだけは、後悔したくない。

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