第12話
「いらっしゃいませ、生産ギルドへようこそ。本日はどういったご用向きでしょうか?」
ギルドの受付カウンターへとやって来た俺に、カウンターの向こうにいる女性がそう声を掛けてきた。
今回生産ギルドへとやって来た目的は、特にない。しかしながら、以前のVRMMOのように引きこもりプレイをするのはさすがに嫌なので、気分転換という名目で様子を見に来たのだ。
「クエストについて聞きたいんだが?」
「かしこまりました。それではお手元のウインドウをご覧ください」
現実世界の役所のように口頭での説明ではなく、インフォメーションウインドウを使った説明とは、さすがは仮想現実だなと感心してしまった。
ウインドウの内容を黙読していくと、生産ギルドという施設の概要がわかってきた。
生産ギルドでは、主に生産職人の作り出したアイテムや装備品などを冒険者・傭兵・騎士などといった戦闘職の人に適正価格で提供する公共機関のことである。
この場合における生産職と戦闘職の意味としては、プレイヤーのみならずNPCも含まれているため、説明表記が“生産職人”や“冒険者・傭兵・騎士”などとなっている。
具体的な生産ギルドの利用方法としては、クエストボードに貼られている依頼を剥がして受付で受理するか、受付カウンターで自身が作ったアイテムを鑑定してもらい、査定された価格でギルドに売却するという方法の二つが存在する。
クエストはプレイヤーやNPCに関係なく受理することができ、依頼を出すこともできる。クエストの内容は主に完成品の納品だが、稀に素材自体の納品もあるらしい。
といっても、素材の納品依頼は主にハンターギルドという戦闘職専用のギルドに依頼する場合が多いためなのだが、素材によっては生産職でしか生み出すことができない素材もあるため、素材の納品もたまに見かけることがある。
次にクエストを介せずに生産ギルドに直接納品する方法だが、専門の鑑定能力をもったギルド職員が厳正に査定するため、余程の粗悪品でない限りは不当な価格を付けられることはほとんどない。
尤も、プレイヤーの場合は【ショップ】の機能から自分で商品を売りに出すことができるため、ギルドの買い取りは主にNPCを対象とした納品という使い方をするようだ。
「ご覧いただいているものが、当生産ギルドのクエスト概要となっておりますが、なにか不明な点などございませんでしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない……ところで」
一度言ってみたかった某ゲームの台詞をさりげなくいいつつ、俺は受付嬢の女性に顔を近づけていく。
いきなり近づいてきた俺に戸惑いながらも、その行動が耳打ちをするためだと理解すると、耳を傾け聞く体勢に入ってくれたので、そのまま彼女の耳に囁く。
「できれば、二人っきりになれる部屋に案内してほしいんだが……」
「えっ……」
「ここでは少し人の目がある。いいだろう?」
「は、はいっ! か、かしこまりました!!」
女性の案内に従って、応接室のような部屋に通される。そこには簡素なテーブルと二人掛けのソファーが、テーブルを挟む形で対面に置かれている以外特にこれといったものは何もない部屋だ。
部屋に通された俺は、さっそくソファーに腰を下ろす。それに倣う形で女性も座ったが、どこかそわそわした様子で控えめに言って挙動不審であった。
「……」
「……? ……あっ、ああ、そういうことか!」
「ひゃ、ひゃい」
「いやぁー、申し訳ない。なにか勘違いさせてしまったようで」
「え?」
どうやら先ほどの俺とのやり取りから、俺が彼女と個人的に二人っきりになりたいと勘違いしていたらしく、だから挙動が不審だったということに思い至った。
部屋に案内してもらったのは、ピンク色の感情でないことを彼女に告げると、たちまち顔を真っ赤にしてたじろいだ。
「紛らわしい言い方をしてしまって、ホントに申し訳ない」
「い、いいんです……早とちりしたこちらにも非がありますから」
「と、とにかく、まずはギルドカードをどうぞ」
「ああ、はいはい。えーと、スケゾーさん……って。あなたがあのスケゾーさんなんですか!?」
「俺がなにか?」
ギルドカードに記載されていた名前を見た途端、女性が驚いた様子で声を上げる。どんな噂が流れているのか俺の知るところではないが、できることであればいい噂であってほしい。
「他の生産職人が作るものよりも高品質なものを作り出す職人で、中には珍しい装備も作るとかで巷ではもっぱらの噂になってます」
「なるほど」
「改めてですが、本日はどういったご用向きでしょうか?」
「生産したものを納品したいんだが」
「クエストでの納品または直接ギルドに納品する方法があります。どちらかお選びください」
「それぞれの方法のメリット・デメリットを教えてくれ」
「畏まりました。まず……」
それから彼女の説明を聞いていくうちに、納品についていくつかわかってきた。
まずクエストでの納品のメリットについてだが、これはギルドランクの上昇に大きく関わってくる。
ランクはクエストをこなしていくうちに、クエストのクリア回数に応じてランクが上がっていくのだが、ランクが上がれば上がるほど難度の高いクエストを受けることができ、得られる報酬も高くなる。
その一方で難度の高いクエストは、緊急性が高くクエスト達成までの期限が短いものや、作ること自体が難しいものが要求されることが多い。
クエストの失敗におけるペナルティは、成功報酬で貰える金額の五割り増しの金額を支払うことと、自分のランクより上のランクのクエストを受けることができなくなる制限が付いてしまう。
この制限を解除するには、自分と同じランクのクエストであれば一回、それ以外であれば五回以上クリアする必要がある。
次にギルドに直接納品する場合のメリットは、ギルドが指定した装備品やアイテムに限らず、個人のオリジナル作品でも納品が可能なことだ。
ただし、入手できるのはギルド職員が査定した買い取り金のみとなっており、ランクに影響することはない。その分クエスト失敗時のペナルティを受けることがないため、ノーリスクで納品することができる。
「クエストで納品すれば、ランクは上がるが失敗した時にペナルティが発生する。ギルドに直接納品の場合は、クエスト失敗のペナルティがない代わりにランクが上がらず、さらに査定金は多少シビアになるってところか」
「概ねそんな感じですね。と言っても、よっぽどの作品でない限りは厳しく査定されることはないかと思います」
「なるほどな」
そこで一旦言葉を切り、頭の中で考えを巡らす。今の俺のランクは、最低の【木級(ウッド)】となっている。そのため仮に失敗したとしても、払う金額が大した額でないことや早めにランクを上げて報酬の高いクエストを受けたいという思いから、俺はクエストでの納品を選択することにした。
「それではこちらの一覧から受けたいクエストをお選びください」
彼女がそう促すと、ウインドウに現在俺が受注可能なクエストが表示される。ほとんどが基本的な道具やアイテムの納品であったため、在庫として所持しているものを指定して受注していく。
「ありがとうございます。クエスト受注が確認されました。ここですぐに納品いたしますか?」
「ああ、頼む」
そう言いながら、在庫として抱えていた道具や装備を半ば押し付けるように納品していく。現実世界では直接ものを取り扱うが、さすがは仮想現実だけあってウインドウでのやり取りでできるらしい。
すべての納品が完了すると、ウインドウにメッセージが表示される。
《【木のスコップを納品】の他13のクエスト達成を確認しました。【スケゾー】のギルドランクが【木級】から【石級】にランクアップしました》
どうやら、今回のクエストでランクアップの条件を満たしたらしく、いきなりランクが一つ上がった。確認のため、ギルドカードを表示させる。
【プレイヤー名】:スケゾー
【職業】:生産職
【ギルドランク】:石級(ストーン)
【クエストクリア回数】:14
【称号】:なし
ギルドランク以外これといった変化はないが、とりあえずこれで報酬の高いクエストを受けることができるようになったようだ。
「以上でクエストは完了ですが、他に何かございますでしょうか?」
「そうだな……納品ではないんだが、これがどれくらいの価値があるのか見てほしい」
そう言って、俺は手持ちから一本の剣を取り出した。見た目ではただの鉄の剣なのだが、詳細は以下のようになっている。
【鉄の剣】:鉄インゴットを使用して作られた剣。腕のある職人の手によって作られているため、その品質は高い。 レア度:レア 耐久度:300 / 300 品質:中質
この剣はミコトというプレイヤーが俺に対し、サジェスト商品が送られてきた時に作った鉄の剣をさらに集中して作業した結果出来上がったものだ。
今の俺では、この品質より上のものは作れないが今俺ができる最高の技術をこの剣に集約させた。その評価がどの程度のものなのか気になったので出してみたのだが……。
「ここここここ、これはなんですかぁー!!」
「……鉄の剣だが?」
「そういうことを言ってるんじゃないんです! そういうことを言っているんじゃないんですよ!!」
「お、おう」
大事な事なので二回言いましたと言わんばかりの彼女に、どこか冷静な俺がいるという傍から見れば何とも異様な光景だなと客観的に思いつつも、その思考は彼女の言葉でかき消された。
「レア度がレアで、耐久度が200を超えてて、しかも品質が中質とかどんだけなんですかぁー!」
「この剣ってそんなに凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃないですよ! いいですか? 現在トップレベルの職人さんが作った鉄の剣でもレア度アンコモン、耐久度150、品質普通が限界なんです。なのにこれはすべてが一段階上のものになってるんですよ!?」
「そうか、でお幾ら万円?」
俺が知りたいのは、この剣がすごいということを聞きたいのではなく、この剣にどれだけの値段が付くのか知りたいだけなのだ。だから、この剣のすごさをどれだけ並べ奉ったところで、俺の心を振るわせることはできない。
「……少なく見積もっても、30000マニーは堅いです」
「そ、そんなにするのか?」
「当たり前です! 今の相場で言えば、間違いなくそれくらいはする品物ですよ」
「そ、そうか」
なんだか、彼女の剣幕に単調な返事しかできなくなっていたが、とにかく今の俺の最高傑作の価値を知ることはできたので良しとする。
「じゃあ、もう用は済んだのでこれで――」
「お、お待ちください!」
もうここにいる理由はないので、鉄の剣を持って出ようとしたところ、その手をガシリと掴まれる。
「ぜ、是非とも、その剣をギルドに納品していただけないでしょうか?」
「ダメだな」
「お、お願いします! 査定額は40000マニーでどうでしょう?」
彼女の態度から、この剣がすごいというのは理解したが、俺はこの剣を売るつもりはない。今の俺が出せる限界の技術が込められているとはいえ、この剣は俺の“今の最高”であってこのMOAOの“最高”ではないからだ。
この剣を売るとすれば、この剣以上のものができた時、つまりは今の俺が更なる高みへと至った時に他ならない。
「悪いが、これを売るつもりはない。失礼する」
「あ、お、お待ちください!」
彼女の制止を振り切って、俺はその場をあとにした。さすがに追いかけてくることはなかったものの、次に会った時が少し大変だなと思いつつ、次の目的として街を散策してみることにした。
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