第9話
「次は、鉄系統の道具作製だな」
鉄インゴットをある程度確保した俺は、道具作製の工程を開始することにした。
と言っても、取り分け目新しい内容のものではなく、プロダクトを使っての自動生成だ。
【鉄の剣】:鉄インゴットを使用して作られた剣。石製の剣と比べ、威力や耐久度などのその他の能力が向上している。 レア度:アンコモン 耐久度:120 / 120 品質:最低
とりあえず、試験的な意味も込めて【鉄の剣】を生成してみたが、手作業による加工ではないことが原因で品質は最も下の【最低】となっている。
「まあ、こんなのでも今のプレイヤーたちにとっては、垂涎の一品なんだろうけどな」
あれから合間を見て掲示板での周囲の状況を探っているのだが、相変わらず俺の作った装備や道具の品質が高いということが話題となっており、一種のお祭り状態と化していた。
どういった製法で作られたのかと議論する者、作ったプレイヤーに接触して直接教えてもらおうと画策する者、今回の出品で手に入れなかったプレイヤーが「次こそは必ず入手してやる!」と息巻いている様子など様々な反応だ。
生産職全体のレベルとしては、木製の道具と石製の道具の一部が主流となっており、品質自体も【劣化】や【低質】がようやく出回り始めたレベルであった。
さらに加えて言及するのであれば、プレイヤーが作製する装備や道具の種類もクワやスコップといったものばかりで、バラエティに富んではいない。
つまり今の俺の立場としては、他のプレイヤーが生産していない道具を生産し、尚且つ高品質なものを作り出すプレイヤーということになる。
「……まあ、他所は他所、うちはうちということで」
「それ絶対に使い方間違えてるニワよ、ご主人?」
俺自身が苦しい言い訳だと内心で思っている最中、ドロンが後ろから声を掛けてきた。
どうやら素材の回収が一通り終わったようで、一旦こちらの様子を見に来たらしい。
まったく、口ばかり動かしているはにわのくせして生意気な。そんなことを言っている暇があるのなら、手を動かしてほしいものだ。
「鉄系統の道具作製は、鍛冶作業でしかできないんだよな?」
「……」
「お前に聞いてるんだよ!」
「ぶべらっ」
まるで自分は無関係だとばかりに押し黙っているドロンに腹が立ったので、頭にチョップを落としてやる。
当たり所が少々良かったのか、かなり鈍い音を出しながらドロンがその場に倒れ伏す。……いや、この場合当たり所が悪いと表現すべきか?
とにかく、奴が復活するのを待ってから改めて問いただしたところ、鉄や鉱石などの素材を使用する場合は、炉を使って鍛造しなければならないらしい。
現状で使用できる素材レベルであれば今使用している炉で事足りるらしいが、加工が難しい鉱石や金属となってくるとさらに高性能な炉が必要となってくるので、今のうちに資金を貯めておけとドロンが生意気にも意見を出してきた。
「とりあえず、この鉄のインゴットから品質【普通】の鉄の剣を作ってみるか」
「あの、ご主人?」
「なんだ」
「今回ご主人の役に立ったから、その……頭を撫でて――」
「まだ足りん!! 今までの失態分も取り返してないのに、報酬を要求するとは何事ぞ!!」
「ぐっ」
まったく、こいつの中で労働に対する価値観は一体どうなっているのだろうか。役に立つことで報酬を得るという行為は、根本的には間違っていないし当然の権利だと俺も思うが、自らの失態をチャラにできていない状態で報酬を要求するなど“JK”常識的に考えてありえないだろう。
何度も言っているが、俺は別に鬼ではない。ドロンがちゃんと失態分をチャラにし、さらに俺の役に立ったときは奴の要求を叶えてやらんこともないと思っている。
「まあ、確かに今回は役に立っていたから、次もまた頑張れ」
「あっ」
そう言いながら、俺はドロンの頭に“ぽん”と手を置いた。俺の行動が予想外だったのか、しばらく呆然とした後くねくねと気持ちの悪い動きをしだしたので「とっとと回収した素材を俺に寄こして、早く自分の仕事に戻れ」とドロンを工房から追い出した。
……か、勘違いするなよ。別にどんな顔していいのかわからないから、追い出したわけじゃないんだからね!
とまあ、茶番はこれくらいにしてさっそく高品質の鉄の剣作成のため、炉に【鉄インゴット】をぶち込んで溶かし込んでいく。
しばらくその状態のまま熱を加え続け、形が歪になり始めた頃合いを見計らって備え付けの金床に溶けた鉄を移動させる。
そして、プロダクトで作成した【鉄の作業用トンカチ】を使い、剣の形に鉄を打っていく。力加減に注意しつつ一打一打丁寧に叩きながら形を整える。
途中温度が下がらないように炉に入れて高温に保ちつつ、刃や握りの部分を形成していく。炎の燃える音とトンカチの打撃音のみが工房内にしばらく響き続け、ついに一本の剣が完成した。
【鉄の剣】:鉄インゴットを使用して鍛造で作られた剣。鍛造で作られたため、強度や品質が向上している。 レア度:アンコモン 耐久度:200 / 200 品質:普通
「よし、こんなもんかな」
現実の鍛造であれば、さらに強度を高めるための工程や切れ味をよくするための研磨作業が必要になってくるのだが、そこはゲームということもあってかその作業をすっ飛ばしてもそれなりのものができた。
おそらく、他の鍛造作業も道具や設備さえあればできないことはないだろうし、その工程を踏むことで品質も向上するのだろうが、今は設備が整っていないためここは妥協する。
「ほほう、なかなかの出来ですニワね」
「っ!? ぎゃあああああああああ」
「ずべらにぼろべがっ」
突然声を上げた物体Xを見た瞬間、体が自然と動いていた。何が起こったのかといえば、俺がドロンを殴り飛ばしたのだ。
順を追って話すと、まず俺の顔のすぐ横に無表情を顔に張り付けたものがいきなり現れたのだ。あまりの出来事に悲鳴を上げつつ体の自己防衛機能が働いてしまい、背もたれのない椅子に座った状態でドロンに右フックをお見舞いした。
座った状態からの右フックだったが、腰の遠心力が思いのほか強く働いてしまい、俺の拳がドロンの頬に直撃すると瞬く間に奴の体が吹き飛ばされた。
ちょうど工房に入ってきた時に、ドロンの不手際でドアを閉め忘れていたことが幸いし、工房内は無事だが工房から吹き飛ばされたドロンはその勢いのまま砂地にまで飛ばされていき、最終的に【鉄の巨石】に突進する形になってしまった。
不謹慎にもその時面白かったのが、インフォメーションのウインドウに“【鉄の巨石】を採掘するにはピッケルが必要です。【ハニワんず】はピッケルではありません”と表示されたことに笑いを堪えられず吹き出してしまった。
俺が腹を抱えて笑っていると、いつのまにか復活したドロンがとてとてとした足取りでこちらに走り寄ってきたと思ったら、すぐさま抗議の声を上げ始める。
「ご主人、いくら何でもひどすぎるニワ!」
「咄嗟のことで自制が効かず、勢い余ってやってしまった。反省はしているが、後悔はしていない」
「言い方に悪意があるニワ!!」
「それは気のせいというものだ」
故意にではないとはいえ、我ながらドロンに対して扱いが酷いという自覚は……辛うじてだがある。だがしかし、俺にすべての非があるのかといえば、それは断固として否を唱える腹積もりだ。
元はといえば、ドロンがいきなり近距離から声を掛けたことが原因であり、俺は自分の身を守ったに過ぎない。所謂一つの“正当防衛”である。
例えば、いきなり自分の顔の横に薄っぺらくて黒光りするカサコソと動く虫が現れれば、十中八九パニックを引き起こすことだろう。
俺は鉄の剣を作るための作業に没頭していて周りが見えていない状況であった。そんな人間に対し、近距離で声を掛ければ誰であってもびっくりするだろうし、下手をすれば自分を守るために攻撃を仕掛けてくることだってある。
我々人間は地球上に生息する哺乳類動物であるため、動物的な本能を持ち合わせている。自分の身に危険が差し迫れば、その危険を回避するために体が勝手に動くのは仕方のないことなのだ。
つまり何が言いたいのかといえば、俺がドロンを殴り飛ばしてしまったのは、俺の中にある動物としての防衛本能が働いてしまった事による“不可抗力”ということだ。
「であるからして、俺は悪くない!!」
「とんでもない開き直りだニワ!!」
「うるさい、言ってることは間違ってない」
「理不尽だニワ……」
俺が悪くない理由をこんこんと説明してやると、先ほどとは一転して項垂れながらテンションを下げるドロンであった。
ダッテショウガナイジャナイカ、ニンゲンダモノ。
誰が言ったか知らないが、これ以上に今の状況に対する言い訳はないだろう。
とにかく、鍛造による鉄の剣作製は十分ではないにしろ、現時点での設備からすれば概ね成功と言っていいだろう。
気落ちしたドロンを元気付けるために、収納してあるももを差し出しそれをドロンが受け取った瞬間、インフォメーションのメッセージが表示される。
《プレイヤー【ミコト】から、あなたに対しサジェスト商品が提示されました》
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