第8話
「おし、ミッションコンプリートだぜ」
長かった戦いに終止符が打たれ、ようやく目標の30000マニーが貯まった。
あれから、さらに追加で生産作業を続行し、ショップで売却することで目標額までマニーを稼ごうとしたのだが、ここにきて嬉しい誤算が舞い込んできた。
先にオークションで出品しておいた品質が【普通】並びに【中質】の道具がすべて完売したのだが、その金額がえげつないことになっていた。
詳細としては、品質が普通の道具が平均で3000マニーほどで落札され、中質に至っては7000マニーという高額落札になっていた。
元々の出品数がそれほど多くなかったとはいえ、それでも合計で約50000マニーにまで膨れ上がった。
これは一体どういうことだと公式の掲示板で確認したところ、どうやら品質の高い武器や道具は手作業でしか作り出すことができない上、仮に成功しても現状のプレイヤーの能力では、プロダクトで生み出したものと品質が何も変わらないということが判明したのだ。
では、どうして俺だけがこのような品質の高い道具を作り出すことができたのかと問われれば、このゲームの生産方法が前回俺がプレイしていたVRMMOであるMOFOとほとんど変わらなかったということが要因の一つと考えられる。
今作のMOAOと前作のMOFOの両作品共に、生産する過程において現実世界と同じ工程を踏むことで道具を作り出せる要素が組み込まれている。
前回の作品で、生産職最高峰の地位であるグランドマスターの称号を得ている俺からすれば、他のプレイヤーが高難度と感じてしまう作業でも、ひたすら同じ作業を繰り返す簡単な内職程度の難易度になってしまっているのだろうと結論付けた。
さらに、元々俺は小学校の図工や中学校の美術の授業などで、細かな作業が必要とされる作品を好んで量産していた経歴を持っており、当時の美術コンクールなどで銀賞や金賞という好成績を収めたこともあった。
現実でのプレイヤー自身が持つプレイヤースキルと、前作で培った経験や勘が上手く嵌り、通常では考えられないほどに高品質の作品をこの僅かの間で生産してしまっていたのである。
「なんか、とてつもなく目立ってる気がするが、あまり気にしないでおこう」
掲示板の挙動を見るに、自分がいかにとんでもないことを仕出かしているのかというのはなんとなく理解できたが、その気になれば前回のMOFO同様、一人でひたすらゲームをプレイし続けるという選択も取れるため、他のプレイヤーに関しては気にしないことにした。
「……ご主人」
「なんだ。何か文句でもあるのか?」
「いえ、なにもないニワ」
無表情にもかかわらず、なぜだか哀れみの感情が見え隠れしている気がしたので、ドロンを睨みつける。
これ以上何を言っても無駄だと理解したのか、それ以上の追及はしてこなかったため、諸々の作業で稼いだマニーで【工房】を購入する。
ついに念願の工房を手に入れることができたわけだが、ここに来て問題が発生する。
「さあ、どこに設置しようか……」
そう、その問題とは言わずもがな“どこに設置すべきなのか”である。
現在マイエリアの施設設置状況は、切り株を中心として西に植林場、北に畑、東に砂地が設置されている。まだまだスペースは十分残ってはいるものの、流れ的には南側が次の設置場所になるのだが……。
「南に置くと、切り株が隠れちゃうんだよなー」
「切り株ってそんなに重要なものなのかニワ?」
「ったく、だからお前はダメなんだドロン。切り株の重要性というものをまるで理解していない」
「じゃあご主人、教えて欲しいニワ」
「レイアウトだろうが、レイアウト!!」
「……なにそれ、全然わからないニワ」
その後、めんどくさいながらも俺がレイアウトについてご高説を垂れること数分、返ってきた答えはこうだった。
「そんなもの、機能面では何も変わらないんだからどこに設置したって同じニワ!」
「言ってることは間違ってないが、お前それを言っちゃあおしめぇよ!!」
正論、まさに正論である。どこに何を設置しようとも、性能に変わりがないのであれば配置自体はまったくもって関係ない。
しかし、そう、だがしかしである。
自分の部屋の家具の配置に個人個人のこだわりがあるように、一日の中で必ずしなければならない個人的なルーティーンのように、今回の場合も配置にこだわってもいいのではないだろうか。
「とにかく、慎重に決めなければならないのだ!」
「もう好きにすればいいニワ……」
俺の断固たる決意に、半ば呆れの感情を含んだ態度で嘆息するドロン。……ゲームくらい好きにやらせて欲しいものだ。
結局悩みに悩んだ挙句、最終的に北東側に設置することにした。方角的には畑の東側、砂地の北側の場所である。
そこに現れたのは、何の変哲もない木造の小屋で、田舎の村で倉庫として使っているという感想を抱いてしまうような小屋だった。
そのまま小屋の外観を眺めているのも時間の無駄と思い、回転式のドアノブを回して中に入る。
「へえ、中は思ったより……ってか、広すぎだろ!?」
想像していたよりも広いなと言い掛けたところで驚愕する。外観の小屋の規模と、室内の広さが明らかに異なっていたからだ。
室内には、作業をするための縦一メートル半、横二メートル半ほどの作業台と、料理をするためのキッチン、少し離れたところに鍛冶や鉄工などをするための加工場がある。
キッチンはさすがに現代式のIHというわけにはいかないのだが、五十年以上前に使われてましたと言わんばかりの古めかしい竃二つとオーブン一つが設置されている。
「まあ、室内の広さに関してはこれ以上突っ込まないこととしてだ。さっそく加工場を使って――」
“ガタガタガタッ、ガタガタガタガタガタッ”
突然なにかが暴れているような音が部屋全体に響き渡る。何の脈絡もない音に一瞬身を強張らせ身構えるが、すぐに思考を音の正体を掴むことにシフトさせる。
「なんだこの音、どこから出てるんだ?」
しばし音の出所を探っていると、どうやら音は俺の後方から出ていることがわかった。その正体を確認するべく恐る恐る振り返るとそこにいたのは――。
「ご、ご主人! たす、助けて欲しいニワ!!」
「……」
そこにいたのは、工房のドアに体が挟まれた状態で暴れているドロンだった。どうやら、俺が工房に入った時に無意識にドアを閉めてしまい、ちょうどドロンが工房に入る瞬間だったようで、そのドアに挟まれてしまったと推測できた。
想像してみて欲しい、無表情な顔を張り付けた五十センチの泥人形がドアに挟まれじたばたと暴れている光景を……。そして、ほとんどの人間がこういう感想を抱くことだろう。
「キモい」
「ご主人のせいでこうなってるニワ! そんなことより早く助けてニワ!!」
「……」
そんな情けない言葉を吐くドロンに向かって、呆れた視線を向けながら嘆息する。そろそろこいつをクーリングオフに出すべきだろうかと本気で考えつつ、それができないことに口惜しいと思いながらも黙ってドアを開けてやる。
ドアから解放されたドロンが“やれやれニワ。誰かさんのせいで酷い目にあったニワ”と宣ったため、アイアンクローで制裁を加えておく。
工房の入り口で大の字に伸びている役立たずを放っておき、さっそく加工場に足を向ける。
まず工房で初めにやるべきことといえば……そう【鉄インゴット】の作製だ。
最初に鉄鉱石を入手した時にいろいろと試行錯誤した結果、失敗に終わっていた案件だ。後になってドロンが“鉄鉱石を加工するには工房が必要”と言ったので棚上げしていたことが、ここでようやく解決することになる。
「よし、いろいろと余計なことに時間を取られたが、やっていこう」
加工場には、大きく口を開けたかのようにこちらを待ち構えているような炉と鍛冶をするための道具一式が置いてあった。
炉の近くに小さな火種があったので、それを炉に投下して稼働させる。徐々にではあるが、炉に火が灯っていき数分程度で炉が使用可能な状態にまでなる。
その状態まで持っていった俺は、手持ちから鉄鉱石を取り出し炉に投げ入れる。炉に灯った炎が鉄鉱石の温度を上昇させ赤く輝きを放ちながら熱を帯びていく。
仮初の肉体とはいえ、炉から放たれる熱は凄まじく、瞬く間に額に汗が浮かび上がってくる。
鉄の融点は千五百度程度と言われており、かなりの高温が要求されるのだが、この工房の炉はその条件を十分に満たしているようで、見る見るうちに鉄鉱石が溶け出していく。
「ああ、しまったな。なにか耐熱のある容器に入れた方がよかったか」
溶け出した鉄鉱石を見て思わず口から出た言葉であったが、それは杞憂に終わった。そのまましばらく様子を見ているうちに、気付けばこのようなアイテムが完成していた。
【鉄インゴット】:鉄製の装備や道具などを作り出すための素材。品質は石製品よりも上質。 レア度:アンコモン 品質:最低
……うーん、ここにきて初めてコモン以外のレア度を持つアイテムをゲットできたのだが、工程に不備があるらしく品質は最下位の最低になってしまっている。
鉄インゴットの見た目は、アニメや漫画などで登場する“ちょっと高級なカステラ”よろしく長方台形のような形をしていて、一瞬食べたいと思ってしまったが、食べたらどうなるかは想像に難くないため、その衝動を寸でのところで抑え込んだ。
品質はともかくとして、これで石器時代が終わり鉄器時代という新たな時代に移り変わった。
《特定条件を満たしました。プレイヤー【スケゾー】は【初級鍛冶】を獲得しました》
やはりというべきか、これで新たに鍛冶スキルも獲得できたので、さらに追加で鉄インゴットを量産していく。
しばらく鉄鉱石を鉄インゴットにする作業に没頭したお陰で、鉄インゴットの数は十数個にまで増加していた。ただ惜しむらくは、すべて品質が【最低】だということだろうが、おそらく現時点での鉄インゴット自体の価値が高いため、品質自体の低さは目を瞑っても問題ないはずだ。……たぶん。
額に汗を流しながらすべての鉄鉱石を鉄インゴットに加工し終えたその時、後ろから声を掛けられる。
「ご主人、外の素材取ってきたニワ」
「おう、じゃあ引き取るからそこに置いてくれ」
「……あの、ご主人」
「……どうした、早くそこに置いてくれ」
「その……ボキは作業頑張ったニワ。だから、頭を撫でて褒めて欲しいニワ……」
「……」
……こいつは一体何を言っているのだろうか? そもそもの話だが、ハニワんずことドロンはMOAOの生産職の活動をサポートする助手のような存在であり、簡単な生産活動を行うことができるキャラクターだ。
つまり、ドロンがやってきた素材の回収作業は、サポートキャラとしては極々当たり前の作業であり、できて当然の行為なのだ。
しかも、それはハニワんず自身がそれを自主的に行うことができるにも関わらず、俺が「暇なら、素材でも回収して来い」という指示を出して初めて動いた結果であった。
そのまま何も指示を出さなければ、おそらく俺の隣でまた訳の分からない不思議なダンスを踊っていたという、これまでの奴の行動パターンから容易に推測できたためによる指示であった。
だが、俺も鬼ではない。ドロン自身が主人である俺のために行動を起こし、役に立ちたいという意思表示をしたのであれば、奴の願いを叶えてやるのも吝かではない。
しかしながら、明らかに俺のために自分から行動を起こすでもなく、俺の指示にただ従っただけの存在にすぎない奴の願いをどうして叶えてやらねばならないのだろうか。
もちろん、俺の指示に従うことによる報酬として奴の願いを叶えるという考え方もある。だが、もともとドロンが行った作業というのは、プレイヤーである俺が直接指示を出さなくても勝手に判断して取る行動だったりするのだ。
奴にとって、やって当たり前のことに対して、何かしらの対価を得ようとすることなど言語道断だとは思わないだろうか?
例を挙げるなら、自動ドアが勝手に開いたことに対し「開けてやったんだから、その労働に対する金を払え」と言われているのと同義だ。だからこそ、奴の願いに対する俺の返答はこうだ。
「だが断る!!」
「なんでぇー!?」
当然の帰結である。しかもさらに俺の神経を逆なでしていることがあり、両手を頬に当てながら左右にもじもじとしている奴の仕草だ。……非常にイラっとする。
だが、そのまま意固地になっても少し大人気ないと考えた俺は「今後お前が俺のために自分から行動して役に立つというのならば、お前の願いを叶えてやらんこともない」と告げると、物凄いスピードで素材回収に戻っていった。
「はぁ」
現金なドロンの態度に嘆息しながらも、奴が集めた素材を収納し作業を再開した。
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