新機軸、新宿二丁目。

きょうじゅ

第1話

 俺たちは大学を卒業した。卒業旅行は海外に行くことになった。俺の幼馴染たる長髪美形男子の尾花と二人で、だ。双方の恋人公認。もっともだからといって、ニュージーランドの北島まで行って帰って往復約一週間、その間特に性的なことは何もしなかった。俺たちは別に恋人同士というわけではないし、かといってセックスフレンドなどといった関係であるはずもなく、またぶっちゃけてしまえばお互い相手に困っているわけでもないのであり、端的に言えば幼馴染同士で、そして親友である。ちょっとばかり肉体関係があったりなかったりはするが、それだけだ。実際、それだけなのである。さばけたものだ。


 まだ就職先の勤務初日までは間がある。ほとりはもちろん大学を続けているが、尾花の恋人でいわゆる“男の娘”であるミサキは三学年いっぱいで中退するという道を選んだ。東京に出て、新宿の二丁目、その筋の人間たちが集まる店で働くことにしたという。まあ、知らないけど、そっちの世界では学歴なんて意味をなさないんだろうかな、やっぱり。


 まだ卒業後で会社が始まる前の春休みというある日、ちょっとした用事で東京に出る機会があったので、連絡を取ってミサキと会うことになった。向こうに指定された待ち合わせ場所はアルタ前だった。アルタ前。俺は地方民なので東京というところには疎いが、ここが我が国でも屈指のカップル向け待ち合わせスポットだという事実くらいはもちろん知っている。


「お待たせ、惣也先輩。とってもいい中華のお店知ってますけど、そこ行きませんか? ここからだとちょっと歩くんですけど」


 いつもの通り服装はユニセックスなもので、それだけで性別を断定することはできいないようになっているのだが、化粧の感じや髪の手の入れ方などの感じを見て、ミサキが実は男であることを見抜ける人間はそう多くはないだろう。正直言って、俺の目から見ても、美……少女という年ではさすがにないな、でも美女、というのもなんか違うな、なんていうかもっと妖しげな……ちょっとニュアンスが違っているかもしれないが、ファム・ファタール。そういう言葉で表すのが一番似合うのではないかと思う。


「電車で行くわけにはいかないのか?」

「電車で一駅くらい向こうではあるんですけど、駅の中を移動する手間を考えたら絶対に直接歩いて行った方が早いです。新宿というのはそういう街です」

「なるほど」


 で、中華料理を食いに行った。なかなかの店だった。値段はそんなに高くないのだが、何を注文してもうまい。ビールが進んだ。


「ぐびぐび。前に旅行に行ったときにも思いましたけど、いける口ですよね、惣也先輩」

「まあな。で、このあとはどうするんだ?」

「どうしましょうかね。特に決めてないです。漫画喫茶でも行って時間潰しますか?」

「ま、そんなとこだろうな。俺も初任給前で、そして卒業旅行で奮発した後だ。あんまり金はない」


 で、連れていかれた。見た感じでは、ただの漫画喫茶に見えた。会員証はミサキが持っていた。飲み放題のドリンクを適当に注ぎ、漫画の本を数冊取って、カップルシートだとかなんだとかいうブースに入る。


 そこで、ミサキに言われた。


「知らなかったと思いますけど。実は、この喫茶。監視カメラが一つもなくて、店員も巡回に回ってこないんです。だから、何でもやり放題。ちょっと、隣に耳を当ててみてください」


 俺は木製の壁に耳を当ててみた。淫猥な水音と、男と女の嬌声が小さく響いてきた。


「先輩。騙して連れてきたのは悪かったと思いますけど。でも。ここで今からあたしのこと、可愛がってくれませんか?」

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