第43話 転落を始めた勇者

「やはり300年前の神話からお話しするのが、順番として適当でしょうか」



 そう前置きしてギルドマスターのグレイさんは語り始めた。

 内容そのものは案外と普通の英雄物語で、世界を滅ぼす魔王を苦難の末に勇者が討ち取るってものだった。

 肝心なのはその後にグレイさんが俺たちに語った内容。



「そうして魔王を倒し封じた勇者に神が告げたのです。褒美としてなんじの心が欲する願いを1つかなえよう、と。当時の王が望んだのが、人間に「スキル」を生まれながらに付与する事でした」


「ん? なんか少し話が飛んだぞ? 勇者が叶える願いに、どうして王様が口出ししてくるんだ」


「ああ、済みません。その勇者がパレット王国を建国した王だからです」


「ふむ、まぁ建国神話としては割とスタンダードだな」


「すたんだ……何ですって?」


「ああ、こちらこそ済まない。俺の来た所の言葉で、標準的とか定型的みたいな意味の言葉だ」


「……なるほど。では話を続けます」



 すぐにグレイさんは態度を戻した。

 そのままさっきの調子で説明を続けてくれる。



「王が「スキル」の付与を望んだのは、多くの人間が己の資質が分からずに悩み苦しんでいたからです。ならば最初から自分が何者なのか分かっていた方が幸せなのではないか、と」


「しかし魔王を封じたってさっき言っていたけど、その魔王が復活した時はどうするつもりだったんだ? 今回は偶然なんだか、上手くカクズンが「勇者」スキルを持っていたから良いものの、いつも丁度良い具合に「勇者」が生まれるとは限らないだろう」


「そこは最初から神との取り決めで懸念されていた要素でしょうね。魔王の封印が解けそうになると、必ず勇者が生まれるようになっていると伝えられています」


「しかしその「勇者」も、人間性を考慮せずに適当に選ばれるんだな。でなければカクズンみたいなのが勇者にならないだろう」


「200年前のときと100年前の時は問題なかったのですが……それは幸運だったと言う事ですね」


「考案した王様には悪いが、思慮が足りなかったな」


「人類が滅びる危機感と、「勇者」特有の能力で心身が成長する事も期待はしていたのですが」


「特有の能力?」


「ひ弱な一般人が「勇者」として生まれた場合を想定した能力ですね。素早く戦力として成長してもらう為に、仲間が戦って得た経験の一部を自動で分けてもらえるのです。これによって通常の修行よりも早く戦力になる事が期待できます」



 それを聞いた瞬間、俺を前面に出して戦わせた勇者カクズンの行動の理由が理解できてしまった。

 あの男の性格を考えたら、確かにやりそうな事だ。

 何もしなくても勝手に経験値が入って、楽に強くなれる。

 しかも勇者の名声付きときた。

 


「それでアイツは俺を前衛にして後ろでふんぞり返っていたのか!」



 思わず叫んでしまった。

 俺の大声に、渋い表情を浮かべて反応するギルドマスター。

 目を閉じて俺の言葉に続けて言った。



「自身も戦い、その上で仲間の経験も譲ってもらう。そんな人間関係を想定した能力なのでしょうね、本来は」


「聖剣を唯一使える勇者が死んだら魔王を倒せなくなる。だから後ろに下がって仲間が守るのは、理にかなっているのは確かだけどな。その場合でも守護してくれて経験をくれる仲間への感謝は不可欠だ」


「おっしゃる通りです」


「しかし危なっかしい仕組みだな。せめて勇者候補は複数人用意しないと」


「私もそう思った事が何度もあります。そしてマロニーさんの存在に、ただ私が知らなかっただけで、勇者のスキルを持った人間は今までにも複数いたのではないかと思ったのですが……」



 ギルドマスターグレイさんの視線を受けて、片目のエルフも目を閉じた。

 そして腕組みをしてしばらく迷ったようにうなる。

 意を決したように顔をあげて、グレイさんや他の仲間に宣言するように言った。



「今までボカしていたが、君たちにだけは言っておこう。他の人には口外無用で頼む」



 マロニーさんの言葉に、固唾を呑んで見つめる仲間の人たち。



「俺は……俺とこちらの2人は、この世界とは別の世界から来ている。だから「スキル」とは無縁なんだ」


「別世界……天国とか地獄とか魔界みたいな?」


「うーん、場所の概念としては似てる……のかな? ただ、人間が「スキル」を持たずに生きている世界なんだけど」


「この世ではない所から来ている?」


「言っとくけど死者でも幽霊でもないぞ」


「分かっています」



 そこでマロニーさんが少し身を乗り出して話を戻した。



「さて、肝心の勇者カクズンの能力についてだが、もっと詳しく教えてくれないか? おおよそは予想がついているんだが、やはり確証は大事だ」


「それは王都への道すがらお話しをしましょう。馬車を用意してますからね」



*****



 新しく仲間を探そうとカクズンが町に着いた時、おかしな雰囲気に包まれていた。

 その原因となっているのは他でもない、誰もカクズンと目を合わせないようにしていたからだ。

 あからさまに顔をそむける者も多い。


 ──どうなっているんだ。


 いぶかしみながらこの町の冒険者ギルドへ入る。

 受付の女も露骨に顔をらしていた。



「おいこっち向けよ! 客相手の商売をする気があるのかテメエ!」



 受付嬢の代わりに、その隣に頬杖を突いてうつむき、同じくカクズンから目を外しているこの町のギルドマスターが答えた。

 本来カクズンの対応をすべき受付の女は、目を逸らすだけでなく明確に彼への嫌悪を見せている。



「ずいぶん昔からお前さんの秘密は、みんなにバレてるって事だよ、「勇者」さんよ」


「何だと!?」



 突然そう言われて混乱するカクズン。

 秘密? 何の秘密だ!

 思考をめぐらす間もなく、ギルドマスターが続けた。



「今まで無茶苦茶やっても何とかなってたのは、その「目」が理由なんだろ。見つめた相手に暗示をかけて自分に従わせられるってな」


「な、なぜそれを……」



 自分だけの秘密の能力のつもりでいたカクズンは、分かりやすいぐらいに狼狽うろたえる。

 そんな「勇者」を見て、フンと鼻息を吐くギルドマスター。

 はっきり軽蔑を込めた声音でカクズンに言った。



「やっぱりバレてる事に気が付いてなかったか」



 言いながら、何処からか帳簿のようなものを引っ張り出すマスター。

 その帳簿を開いてめくりながら続ける。



「お前さんの横暴を今まで見逃してきたのはな、それこそお前が魔王を倒せる唯一の存在「勇者」だったからだ」


「そ、そうだぜ、俺が居ないと魔王が……」



 マスターのセリフに同意しかけたカクズン。

 しかし彼にギルドマスターは、信じられない情報を口にした。



「だが以上、もうお前さんに遠慮する必要も無くなった。もうお前さんの傍若無人を目溢めこぼしする必要もないんだよ」



 頭を殴られたような衝撃を受けながらも咄嗟に言い返す。

 真の勇者だと!? 生まれた時から俺のスキルは、これは世界で唯一のものだと教えてくれている!

 勇者がもう1人出現するなんてあり得ない!

 そう頭の中でぐるぐると思考しながら。



「ふ……ふざけんな! 魔王や高位魔族に攻撃が通じる唯一の聖剣は俺が持ってる! その勇者ってヤツは偽者だ!」


「だがこの辺で暴れ回っていた高位魔族は、軒並みその勇者と組んだヴァーミリオン達に駆逐くちくされたぜ」


「なん……だと……」


「本物の勇者だろうが、何もせずにブラブラ適当に過ごすお前さんと、偽者だろうがよく働いて成果を出してるマロニーさんと。どちらが俺たちに価値があるか、分かるはずだよな」


「偽者の名前はマロニーって言いやがるのか!」


「追いかけるなら早くしな。王都の冒険者ギルドのマスターがやって来て、マロニーさんを王様に会わせる為に連れて行ったぜ」


「チッ、言われなくても追いかけてとっちめてやるぜ」



 ギルドマスターを怒鳴るために身体を屈めていたカクズンは、上体を起こした。

 それを見て、ギルドマスターは帳簿をめくる手を止める。

 そのまま相変わらず視線を向けず、カクズンに言い放った。



「ああそれと言い忘れていたがカクズン、出発前に……」



 その時カクズンは、ようやく自分が囲まれているのに気がついた。

 その相手はこの町の冒険者ギルドの冒険者たち。

 ご丁寧に、背後の者たちだけが殺気を発揮して、視線を向けた相手は素早く視線を逸らして視界から逃げる。



「今まで踏み倒してきた利用料や、こいつらから横取りした報酬分の金を置いていってもらおうか。せめてもの情けに、その聖剣だけは見逃してやる」


「追い剥ぎみてえな事しやがって……。てめえら、この俺様にかなうと思ってんのか」


「思ってるさ。お前さんの手品のタネはバレてるって言ったろ? 対処法だってとっくに出来てるに決まってるじゃないか」


「くっ……」


「さて、こんな山賊じみたセリフは言いたくなかったが……」



 カクズンの視界の端……暗示をかけられる範囲のギリギリ外からギルドマスターが彼を睨む。

 周囲の冒険者へ目配せして頷くと、囲んでいる人間の殺気がふくれ上がった。



「聖剣以外の金目の物、あるだけ置いていきな」

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