第28話 魔王様と私

 散々俺たちを苦しめた男の死体をもう一度だけ見て、俺はすぐに気持ちを入れ替えた。

 マロニーさんと与志丘さんが、まだ『召喚勇者』と交戦中だったはずだ。

 ロックデーモの時のマラソンと今のジジイを倒した事で、足の方もかなり負担がかかっている。


 だけどまだ事態は収まっていない。

 まだへたり込む訳にはいかない。

 だから俺は、まだ前に進まなきゃいけない。


 耳を澄ませば、上の方からまだ金属が打ち合う音や人間の怒号が聞こえる。

 早く行って、マロニーさんたちに加勢をしないと。

 俺は伯爵側の兵たちの勢いから外れ、残る体力を振り絞って登って行った。



 結論から言えば、戦いは俺が辿り着く前に終わっていた。

 まず良太郎さんは予想通りクソデブジジイの支配が解けたようで、武器を地面に置いて両手を上げていた。

 あの子供は……王子様は、矢間崎くんの後ろにピッタリと張り付いている。




「くそおおぉぉ! なぜ私の完全無味無臭毒と感覚麻痺デバフスキルが効かない!?」



 そう言いながら与志丘さんに後ろ手に地面に押さえつけられている女。

 中年の意地の悪そうな顔のヒョロガリ。

 あ、そういや与志丘さんはデバフ無効技能を持ってるんだっけ。(第1話参照)



「くそおおぉぉ! なぜ俺の完全気配遮断サイレントスキルが発動していたのに、俺が襲ってきたのが分かったんだテメエ!?」



 そうわめく、こちらも根性の曲がってそうなヒョロガリ男。

 マロニーさんの触手に拘束されて、同じく地面に転がされている。

 あれ? さっきキリーちゃんの触手は粉々になってたはず……あ、タコだから足は何本もあるのか。



「気配をスキルで消してようが『全く音がしない人型の空間』が近寄ってきたなら分かる」



 マロニーさんがそう返す。

 うん、このデブ専片目エルフの変態ぶりは、とりあえず無視しておこう。

 と思ったけど、マロニーさんの方から「大丈夫か洋児くん」と声をかけてきた。



を付けてきたんだろう? 気分は悪くなってないか?」



 さすが。

 あの長い耳で全部聞こえていたのか。

 俺はマロニーさんへ、リアクション無しで返事した。

 肩をすくめる事すら疲れて面倒だったので。



「今のところ大丈夫です、マロニーさん。ただ単に疲れ過ぎて、何も感じられなくなってるだけかもですが」


「そうか。周囲にはもう変な気配は無い。今度こそひと段落つきそうだな……アイツも縛り上げたら、だが」



 言いながら、厳しい表情で矢間崎くんの方へ顔を向けるマロニーさん。

 俺も見た。

 矢間崎くんと良太郎さんが、黒ずくめの男を取り押さえている光景を。


 男が、変な色の液体が塗られた短剣を手に持っているのが見える。

 十中八九、毒が塗られているんだろうな。

 おそらく王子様を殺すためだろう。


 そばで王子様が怯えた目で男を見ているから、ほぼ確実だろうな。



「『こちらに王子様の処遇を任せる』という契約は一方的に反故ほご。ふむ、ならこちらもそれなりの行動に出るべきだな」


「それなりの行動?」



 ひとちたマロニーさんのセリフに、思わずそう聞き返した。

 腕組みしてマロニーさんはこちらへ目を向ける。

 そして答えた。ただ一言ひとこと



「報復だ」


「やっぱりヤクザだ」



 反射的にそう返事した。

 ヤクザは反社だけに……ってやかましいわ!



「ならば吾輩が王子を立てて王都へ攻め入りましょうかな? 現在の王へ、王位簒奪さんだつとがを主張して正統性を持たせられるが」



 プラガットなんちゃら伯爵が、そう提言してくる。

 でもマロニーさんは即、首を横に振った。



「それだと最悪、この国で内乱になる。魔族との和睦わぼくもクソもなくなる」



 そこまで言ってから、マロニーさんは笑った。

 すんごい悪そうな表情で。

 少なくとも、勇者とか正義の味方がやっていい笑顔じゃない。



「ま、戦力に関しては心配要らない。こちらにも持ち合わせは、ちゃんとあるから」



 そこへ王子様がおずおずと出てきて話に加わった。

 表情の無い、感情も見せない、無愛想なムカつく見た目の子供だったはずだけど。

 顔つきが全然違ってて、一瞬、誰なのか分からなかった。

 めっちゃキリっとした表情だった。



「あの、ぼく……私からの希望があります」



 マロニーさんと伯爵さんの視線が王子様に向かった。

 襲撃者を縛り上げて良太郎さんに任せてこちらに来た与志丘さんと矢間崎くんも、王子様の言葉が聞こえたみたいだ。



「私はまだ子供で、今も何が何だか訳が分からないです。王様になっても何をどうすればいいか分からない。……だから!」



 王子様は頭を下げた。

 その姿はとても子供とは思えないほど大人びていた。

 凄いと思うと同時に、こんな歳でも大人の行動をしなければいけないこの子が痛々しくも感じた。



「だから今は、別のお方に国をお願いしたいのです! そう、魔王を討ち倒したというヤマザキ殿のような!!」


「え、僕!?」



 不意打ちの提案なのもあって、矢間崎くんが珍しく間の抜けた返事をした。

 だけどその提案に乗り気になったのは、意外にも伯爵。

 あごに握りこぶしを当てて感心したように呟いた。



「なるほど、ヤマザキ殿ならその功績も充分。国王に推戴すいたいしても、国民からの反発はあるまい」


「い……いやいやいやいや! 僕はこの国どころかこの世界の人間ですら無いんですよ!?」


「正直、吾輩が王子を立てると、傀儡かいらいにして権力を握る野望を捨てきれんからな」



 伯爵がケロっとした顔で怖い事を話す。

 俺はギョッとなって伯爵を見て、マロニーさんは少し呆れた口調でツッコミを入れた。



随分ずいぶんとはっきり言うんだな」


「貴殿たちに他意が無い事の証として、腹のうちを今のうちに見せておくべきだと判断した」



 そんなマロニーさんと伯爵のやり取りに割って入る矢間崎くん。

 そりゃまぁ、突然に王様をやってくれなんて話になったらなあ。



「いやいやいや、何を僕の意思を無視して話をしてるんですか! 僕は日本に帰らないといけないんですよ!?」


「ん? 矢間崎くんは日本で誰か待ってたか? キミも両親が亡くなって一人暮らしだったはずだが」



 ニヤニヤと面白い動画を眺めるようにマロニーさんがそう返す。

 めちゃくちゃ渋い顔をしながら、矢間崎くんは黙り込んでしまった。

 ていうか、彼も俺と似た身の上だったのか。



「ヤマザキ殿は、吾輩たちが思いもよらぬ知識を豊富にお持ちのご様子。なに心配は要らぬ、そもそも国を動かす為には数多くの人間が動く故にな。分からぬ事には手助けする人間がおる」



 伯爵はそこで、ニッと安心感を与えるように笑った。

 くっそう、こんな良い顔を出来るのも人の上に立つ者の資質か。



「それにヤマザキ殿なら、近づく人間の看破かんぱしそうであるしな」


「良かったな、矢間崎くん。牢屋の囚人から国のトップに凄い成り上がりだぜ。プククク……」



 笑いをこらえながらマロニーさんも伯爵に同調。

 矢間崎くんは頭を抱えて叫んだ。



「ちくしょおおおお! 他人事ひとごとだと思って好き勝手言いやがってえええ!!」


「え? 矢間崎くん王様になるの嫌なの?」



 そんな矢間崎くんにニチカさんが声をかけた。

 矢間崎くんは一瞬ピタリと固まった後、ゆっくりとニチカさんを見上げる。

 彼女は顔を少し傾けて続けた。



「せっかく魔王の私と、仲良くやっていけると思ったのにな〜」


「うっ」



 思わず言葉が詰まる矢間崎くん。

 ニチカさんは人差し指を頬に軽く当てて顔を少し傾ける。

 そのまま矢間崎くんを覗き込んだ。



「矢間崎くんは私が嫌い?」


「き、嫌いじゃない……よ」



 あ、あざとい。なんで露骨にあざといんだ!

 しかし男の子にこの攻撃を防ぐ方法は無い!!


 こうかは ばつぐんだ!!



「わたし、矢間崎くんと一緒に魔王と王様やりたいな〜」


「い、いやでも僕はまだ高校生だし」


「わたしも高校生だし、この王子様はもっと年下だよ?」


「せ、政治のことなんて何にも分からないし」


「わたしも分からないけど、小梅姉さんや色んな人が助けてくれてるよ? 矢間崎くんもでしょ?」


「え、えーっと」


「わたしと一緒に王様やろ?」


「うう……」


「矢間崎くん、わたしを1人置いて日本に帰っちゃうんだぁ……」


「あーもう分かったよ! やるよ、やれば良いんだろ!!」



 矢間崎ヒビキは魔王ニチカに倒されてしまった!

 おお勇者矢間崎よ、女の子ニチカさんの色香にまどわされるとは情け無い。


 そなたには王様をやる機会を与えよう。

 再びこのような事が無いようにな。

 では行け! 勇者矢間崎よ!




「じゃあこれからあの王様をギタギタに詰めまくって、半泣きにしてやるとするか!」



 マロニーはヤクザ思考が治らなかった!

 俺は頭を抱えてしまった!!

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