第27話 因縁のクソデブジジイ再び

「がっはっは! どうした、このわしの無詠唱魔法にビビッて身動きできんか腰抜けども!」



 くっそおお! あの馬鹿笑いは間違いねえ!

 あのクソデブジジイが何でこんな異世界に居やがるんだ!?

 あの野郎、えらそうに馬車の上でふんぞり返ってるんじゃねえよ!!



「何を突っ立っておる貴様ら! いつまで儂を先頭に出しておる! さっさと逆賊どもをで斬りにしてやらんか!」



 叫んでから馬車の向きを変えて、後ろに下がろうとするジジイ。

 俺が「あっ」と思った瞬間、光る斬撃が飛ばされて馬車が壊された。

 クソデブジジイは顔面から地面にダイブ。

 ざまあみろ。



「誰だか知らないけどあの人、総大将だよね? なんで先頭にいたんだろう」



 斬撃が来た方向から声がしたのでそちらを見たら、剣を振り下ろした姿勢の矢間崎くん。

 城壁こそ無いけど、少し小高い丘の上に建ってる伯爵屋敷の敷地の上からなら、確かに狙い撃ちしやすい。

 矢間崎くんは続けて与志丘さんにも指示。



「与志丘さん、その辺のつた草と再生リ・クリエイトのチートで投げ網を作ってくれる!?」


「わ、分かったわ」



 屋敷内に生えている薮に駆け寄る与志丘さん。

 その頃になって、ようやくマロニーさんが「すまん」と復帰して駆け付けた。

 矢間崎くんの指示も聞こえていたらしく、与志丘さんへ追加の指示も。



「与志丘さん、網を作るなら矢尻やじりに取り付けられるように頼む!」



 見るとマロニーさんは、デカい弓矢を持っていた。

 エルフといえばの代名詞の一つとはいえ、思ってたよりもかなり大きい弓だ。

 大人の背丈ぐらいはあるんじゃね?



「マロニーさん、その弓……」


「伯爵に断って、屋敷から借りてきた。トイレ探しの時に目星をつけてたんだ、これ」


「あんた本当に油断もすきも無いな!!」


「使える物は出来るだけ把握はあくしておく。生き残るコツだ」



 くっそう、こういう所がくぐってきた修羅場の違いなんだろうな。

 しかもさっきメンタルにダメージ受けてたっぽいのも回復してるみたいだし。

 そんなうちに、与志丘さんが網を両手で抱えて持ってきた。



「お待たせしました!」


「ありがとう与志丘さん。早速だけどこっちの矢にくっつけてくれ」


「了解です!」



 そんな時に下の様子を確認したら、伯爵の兵が追撃をかけようとしていた。

 あれ、止めないと混戦になって、マロニーさんの網が使えなくなるんじゃね?

 そう思った俺は、手を口に当てて反射的に叫んでいた。



「止まれ! 援護が来るから止まれ!!」



 意味が通じたのかは分からないけど、俺の叫び声に兵が反応して一瞬止まってくれた。

 その俺のとなりをマロニーさんが通り抜ける。



「ナイスだ、洋児くん!」



 言いざま大弓を地面に打ち立てると、矢をつがえてつるをひく片目のエルフ。

 すぐさま手を離すと、矢が射出された。

 その尻にくっついたロープも一緒に。


 すぐに与志丘さんの作った網もついて行き、クソジジイがいる辺りで広がる。

 バサリとその上に被さった。



「なんじゃこれは! 卑怯だぞ貴様ら!!」



 あー、あのジジイらしいカスな負け惜しみだ。

 自分の思うような結果にならない事は全部『卑怯な手』になるんだろうな。

 と思いながら見ているうちに、網にからまって身動きが取れなくなっていたクソデブジジイとその周りの兵士たち。

 伯爵側の兵たちが歓声をあげながら、敵兵に群がって行った。



「あのジジイ、どうしてこの世界に……」


「さっきアイツ自身が叫んでいただろう。この国の王に召喚されたんだよ、俺たちの後でな」


「俺たちが召喚されてから時間が全然ってないですよ!?」


「だから前に言ったろ? あの王様は召喚者をただの便利な駒としか見てないって」


「それにしたって、召喚ペースが速すぎませんか!?」


「たぶんだけど、さっきのロックデーモがお手軽な召喚術を王様に教えたんだろうな」



 くっそお、マロニーさんが悪党転生者を狩るのめっちゃ分かるな!

 なんちゅう迷惑な事をしてくれるんだあんにゃろ!

 とかマロニーさんとやり合ってる時に、後ろで突然金属音がした。


 振り返ると、矢間崎くんが剣で誰かの攻撃を受け止めていた。

 構図的に、王子様への攻撃を防いだ形に見える。

 その襲撃者を見ると、相手は……本家の跡取り良太郎さん!?



「なんでアンタまでここに居るんだよ、良太郎さん!?」


「洋児くん!? なんで君がこんな所に!!」



 矢間崎くんと打ち合わせていた剣を、慌てて下げる良太郎さん。

 異世界風の服装でそれっぽい恰好をしている。

 俺たちの時にはあんなの貰ってないぞズルい!

 



「俺たちは王様に召喚されてこの世界に来たんだよ、良太郎さんのちょっと前に!」


「こっちは『当主』と一緒に召喚された。アイツに『従者登録』されたから命令には逆らえない」


「それって、いわゆるチートって事か良太郎さん!?」



 俺の言葉に良太郎さんから返答は無かったけど、苦しそうな顔になったのが何よりの返答だ。

 矢間崎くんへの攻撃も、心なしかにぶっているようにも見える。

 その証拠に矢間崎くんの方が優勢になって、良太郎さんが防戦一方になったから。


 俺は振り返って、網に絡まったジジイのほうへ顔を向けた。

 解析チートを呼び出す。

 そのまま矢間崎くんと良太郎さんへ叫んだ。



「良太郎さん待っててくれ! 矢間崎くん、その人は操られているだけなんだ殺さないで!」



 二人がこちらに向かって目配せ。

 それを了解と受け取った俺はクソデブジジイの所へ、奔銘葉ほんめいば 喪奴樹もときのステータスを見るために走った。

 ロックデーモはレベルが高すぎてまともに見れなかったけど、ジジイはそんなにレベルが高くないはずだ。


 


奔銘葉ほんめいば 喪奴樹もときレベル:1


 メインロール:悪代官

 職業タイプ:符術師(陰陽師)

 特殊スキルチート:従者使役……スキルを持つ主人の命令を忠実にこなす従者を1人作れる。命令の実行はスキルを持つ者が生きている限り、従者の意思に関係なく行われる。なおレベルが10上がるごとに従える従者の人数は1人ずつ増える。




 やっぱりだ! 良太郎さんが抵抗できるから、そんなに強力な支配力は無いと思った。

 俺は屋敷で書き上げた呪符の1枚を手に取ると、クソデブジジイへと駆け出した。

 途中、マロニーさんと与志丘さんも誰かに襲われているのが見えた。

 ステータス画面の表示のされ方から見て、その襲撃者もまた王様に召喚された連中なのだろう。


 網に絡め捕られた敵兵に群がる伯爵側の兵をかき分け、ジジイの元へと近寄る。

 奴はもがきながらわめいていた。

 聞くに耐えない妄言を。



「この儂がなぜこんな目に! 儂は異能を授かった選ばれし人間なのに! レベルとやらを上げて世界中の人間を従える人間なのだぞ儂は!!」



 くそ! 日本だけでなくこの世界でもコイツは俺と良太郎さんを苦しめるのか!

 この世界に来てからこのジジイはどれだけ本家の跡取りを酷使していたのか。

 俺はさっきの良太郎さんの姿を思い出す。


 さっきは見過ごしていたが、良太郎さんの服はかなりボロボロだった。

 俺たちが呼ばれてからほとんど時間があいてない。

 つまり2人がこの世界に来てからの時間は、俺たちよりも短いということ。

 それが、あんな風になるまでめちゃくちゃに使い倒したってことだ。


 良太郎さんの姿が、キリヤの鎖につながれていた魔族と重なる。

 そうだコイツが居る限り、また泣く人々が増えるだけだ!


 俺はジジイに辿り着くと手にした呪符を奴の胸に叩きつけ、いんを結んだ。



「キサマは分家の小倅こせがれ! なぜこんな所に……ギャッ!?」



 ジジイが突然、痙攣けいれんを起こす。

 俺が貼り付けた電撃呪符が起動したからだ。

 だけど威力が弱い。

 俺がまだ未熟だからだ。



「ぎ……ざ……ま……」



 ヤツが俺に手を伸ばそうとする。

 それを足で押さえた。

 電撃の痛みが来たが、構うものか。


 続けて俺は残りの呪符を取り出す。

 念のため、護身用に攻撃呪符を作っておいて良かった。

 ジジイの胸に追加の呪符を貼り付けていく。


 手にも電撃が来るが、無視して貼り続ける。

 最初の呪符を囲むように五芒星配置に貼り付けると、再び印を結んだ。


 バチィッ!


 さっきとは比べ物にならない電撃が起こった。

 俺はその衝撃が来る前に慌てて後ろに跳ね飛ぶ。


 ジジイは、奔銘葉ほんめいば家当主、奔銘葉 喪奴樹もときは、その瞬間ビクリと身体を震わせて絶叫をあげると動かなくなった。


 俺の視界に表示されていたステータス画面も消滅する。

 クソデブジジイは、奔銘葉 喪奴樹は死んだ。

 俺は空を見上げ、そして目を閉じた。


 あっけなさ過ぎて、達成感は無かった。勝利の喜びも感じなかった。




 ただ、吐き気がおきる事も、罪悪感が押し寄せる事も無かった。

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