第2話 おおマロニーよ、死んでしまうとは情けない

「ふう、しかし危ないところでしたね、あなた」



 それはあの後、オッサンたちが俺を引っ張ってさっきの世界から離れた時の事。

 ちなみに柱の影には転移魔法陣があった。


 魔法陣に放り込まれたその先の、どこかの建物の通路。

 そこで、与志丘って呼ばれてた女の子が俺にそう声をかけてきた。



「ああ、まさかいきなり魔王が来るとは思わなかったからな」



 俺の返事に、ため息をつく与志丘さん。

 どうやら少し見当違いの返事をしてしまったみたいだ。

 彼女はどこからか眼鏡を取り出すと目にかける。


 おおう、なんか一気にクラス委員長っぽくなったな。

 与志丘さんは人差し指を立てると、俺にさとすように続けた。



「違うわ、あの国の事よ。あなたが何も考えずに魔王退治を引き受けてたら、そのまま奴隷契約同然になってたわよ」


「へ!?」


「やっぱり分かってなかった。まああの王族たちは異世界勇者の召喚をしたんでしょうけど」



 ひええ、なんか話の腰を折られたみたいであの時は気分が良くなかったけど。

 俺、オッサンたちに助けられていたのか。



「んで、アンタらは何者なんだよ? 結果的に助けられたけど、まだアンタらが味方だって決まってないぜ?」


「へぇ、少しは頭が回るやないか少年。適度な慎重しんちょうさは長生きのコツやからな。そやな、俺たちは勇者を取り扱う、異世界救済を請け負う人材派遣会社の人間や」



 先頭を歩く、マロニーと呼ばれていたオッサンが振り向きもせずに答えた。

 ……?

 なんかオッサンの言葉遣いが。



「オッサン、なにを急にキャラ作ろうとしてるんだよ。関西弁使うツラじゃねえだろ」


「は? 日本に戻ったんやから、話し言葉が日本語に戻るのは当たり前やないか。あと俺のことはオッサンとちごうてマロニーと呼べ」


「え? 日本!?」



 いや、日本に戻れたのはある意味嬉しいけど、だからって何で関西弁!?

 そう思ったら与志丘さんが耳打ちしてくれた。



「ここは日本の関西よ。マロニーさんはまだ関西しか日本を知らないから」


「なんだそりゃ」



 マロニーを自称するオッサンは俺に身体ごと振り返る。

 そしてちょっとドヤ顔しながら断言した。



「元の世界に戻ったら異世界語翻訳が無くなるしな。標準の言葉に戻るのは仕方ないやろ」


「関西弁は標準語じゃねえ!」


「あ? テレビもラジオもこの言葉しゃべっとるぞ?」


「関西圏だからだろ! ネット見ろや!」


「あれは書き言葉なんと違うんか」


「与志丘さんの言葉遣い! 全然オッサンと違うやんけ!」


「だって女の子やないか。丁寧で可愛らしい言葉遣いやと思うで?」



 もうヤダこのオッサン。

 思わずこっちまで関西弁風に叫んじまったじゃねえか。

 頭を抱える俺に与志丘さんが割り込んできた。



「そんな事より、あなたの名前を教えてもらっても?」


「あ、はい。俺は洋児って言います。安多馬あてうま 洋児ようじ



 自己紹介した俺に与志丘さんが手を出して握手を求めてきた。

 うほっ! 女の子と手を繋げれるなんて、ちょっと恥ずかしいけど嬉しい!

 ドキドキしながらそっと手を出して握ると、彼女も力強く握り返してくれた。

 おっとさすがはレベル99、ちょい手が痛い。



「よろしくお願いします、安多馬さん」


「よ、洋児でいいよ」



 手の痛みをやせ我慢して、平気な顔をしながらそう返す。

 顔に流れる冷や汗がバレないと良いけど。

 マロニーのオッサンが「与志丘さん、力を加減せんと彼が痛がっとるで」と彼女に耳打ちしてくれる。

 ハッとなって彼女は手を離してくれた。



「そ、そういや与志丘さんは再生リ・クリエイトってチートスキル持ってるから、オッサ……マロニーさんの目を治したげたら良いんじゃ?」



 さすがに手をさすりながら俺は訊ねてみる。

 マロニーのオッサンは眉をピクリとさせた。


「へえ、キミの分析チートはそんな事も見れるんか」


「え、見れないのが普通なんですか?」


「さあ? せやけど少なくともウチにいる勇者には、そこまで見れる奴はおらんな」

 


 それを聞いて、俺はさっきの説明を受けた時の疑問を思い出した。

 この二人がもしヤバい組織だったら、巻き込まれないようにしないと。

 


「そうださっき聞いた時に気になってたんだけど、アンタら人材派遣の会社だって言ってたよな?」


「ああ、確かに言ったな」


「じゃ、じゃあブラック企業って事じゃねえか! やっぱりアンタらも俺の敵か!!」


「失礼な、うちは会社の名前がブラックや! ブラック企業やない、や!! よお覚えとけ!!」


「会社名ダッセェ!?」



*****



「んでさっきの、目の再生への答えやけど『すでに試してみた』や。たぶん呪いかかってるんやろな」



 マロニーのオッサンは気を悪くした風もなく、その前の俺の疑問に答えた。


「呪い?」


「……向こうがヤバい魔剣を持ってたんだよ」



 少し遠い目をしてそう言うマロニーのオッサン。

 最初の印象が与志丘さんに怒られてる情けない姿だったけど……。



「なんか案外と過去を背負ってるんだなオッサン。さっき交渉ミスって報酬とり損ねた人間の割に」


「人間? 俺はエルフやぞ洋児くん。あとマロニーと呼べ言うてるやろ」


「エルフ!?」



 金髪の眼帯つけた変な外人だと思ってたけど、エルフ!?

 ファンタジーなラノベかよ!

 いや、俺も異世界召喚されてた時点でラノベっぽいけど!!


 マロニーのオッサンは黙って俺に背を向けると、自分の耳を指さした。

 ……ほ、本当だ、めっちゃ耳が長い!

 こんな目立つのに、何で今まで気がつかなかったんだろ!?



「耳隠しの魔法。そいつをかけて貰ってるんや」



 俺の驚きを見透かしたように、オッサンはそう言った。

 ん? 『かけて?』



「なぁオッサ……マロニーさん、エルフって確か魔法が得意じゃなかったっけ? 何でかけて貰ってるんだよ」



 マロニーを自称するエルフの足が止まった。

 1秒か2秒そのまま黙って立っていたけど、両手をポケットに突っ込み天井を見上げる。

 遠い目をした表情の横顔をこちらに見せながら言った。



「魔法が得意なエルフは大勢いる。だが雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。魔法を使えないエルフがいてもいい。自由とはそういう事や」


「つまり……どういうことだってばよ……?」



 再び前を見て歩き始めた、マロニーを名乗るオッサンに向かって訊ねる。

 だけどオッサンは右手をポケットから出すと、軽くひらひらと振るだけで答えなかった。

 代わりに解説とばかりに与志丘さんが俺に答えてくれる。



「マロニーさんは魔法が使えない事で昔、同族エルフ達に酷い目に遭わされたらしいの。いきなり不用意な事を言っちゃ駄目よ」


「マジか。悪いことしたな」



 そんな俺たち二人のやり取りが聞こえたのか、突然マロニーのオッサンは壁に手をついて項垂うなだれた。

 めっちゃ分かりやすく凹んでいるなあ。



「与志丘さん……。せっかく謎めいた男を演出してカッコ良く流したのに……」


「大丈夫ですマロニーさん。全然カッコ良くなかったですから」



 あ、ひどい与志丘さん。それ完全にトドメ入れてるじゃん。

 案の定、床に四つ這いになってどん底に叩き落された様子の片目のオッサン。

 俺と与志丘さんがなだめすかして機嫌を直させるまで、オッサンはしばらくそのまま動かなかった。


 さっき報酬を取り損ねた時の事といい、この片目のエルフちょっとメンタル弱すぎない?





 俺たちは廊下の先にあったドアの前にたどり着く。

 ドアノブに手をかけると、マロニーのオッサンは動きを止めて深呼吸。

 すぐにドアを勢いよく開けると同時に、惚れ惚れするほど見事なジャンピング土下座をいきなりかました!



「すみませーん報酬取りそこねました!」


「えええ!? ブランちゃんの授業料どうすんのよ、シ──マロニー!?」



 奥でパソコンを使っていた、秘書っぽい女性が立ち上がってそう叫ぶ。

 うお凄え綺麗な人だ!

 黒髪ショートカットの知的美人って感じで、スーツの上からでもプロポーションの良さが分かる。


 すごいバリキャリのデキる女、という雰囲気をこれでもかと出しているよ。

 でもこれ高嶺の花だよなあ。

 さらに奥にもデキるビジネスマンの雰囲気な、茶髪のイケメンな壮年の外人さんがいた。

 社長だろうか?


 社長っぽい人はマロニーのオッサンを見る。

 軽く片眉を上げただけで書類に視線を戻していた。

 秘書っぽい人はマロニーのオッサンに続ける。



「ねえ、借金の返済もまだなんよ!?」


「うっ……」



 秘書さんにそう言われ、胸に手を当て苦しそうな顔のオッサン。

 さらに言葉を続ける秘書さん。

 この人も微妙に関西弁が混じってる。

 なんか、さっきの与志丘さんとのやりとりと似てるなあ。



「みんなのお給料も渡さんとあかんのに」


「うう……」


「ママのほうも、そろそろお金返してほしいって」


「う……お……? うぐっ……!」


「てゆうか、この男の子は誰なの?」


「…………」


「ねえ聞いてる!?」


「…………」



 ついに全く動かなくなったマロニーのオッサン。

 ……?

 いや本当に動かなさ過ぎだな。

 そう思ってオッサンの顔を覗いてみた。



「え? し、死んでる!?」



 たとえ話じゃない。

 本当に目の瞳孔が開ききって土気つちけ色なマロニーのオッサンの顔が、死んでるのを嫌でも俺に理解させる!

 でも何で急に死んだんだよこのオッサン訳わかんねえ!?


 え? 秘書さんの、報酬取れなかったのを詰められたストレスで死んだの?

 ストレス耐性低すぎいぃぃィィ!

 俺はパニックを起こして首を左右に振り、周囲に助けを求める視線を飛ばした。

 



「えええ、なの!?」



 俺の言葉を聞いて、秘書さんがそう叫んだ。

 『また』?

 頭にそう疑問がわいた瞬間、俺の胸に痛みが走る。


 すぐに目の前が真っ暗になった。



*****



「はい、そういう訳で〜これからあなたは〜『リル・ネムレス』に行って〜世界を救ってもらいま〜す」



 何もない真っ白な空間。

 俺の前方には光り輝く女性の人影。


 えーと、もしかしてあれは。

 そしてもしかして此処ここは。

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