仮装男子!
夢綺羅めるへん
仮装男子!
黒のカラコンを入れて、ニ、三度瞬きをする。
一回り大きくなった黒目は自然で、いい感じ。
次にアイブロウ、アイシャドウと慣れた手つきで化粧を進める。涙袋に厚みを持たせることで、地雷系の雰囲気を出していく。
濃紅の口紅を塗り終えると、洗面台を後にして姿見の前へ向かう。
ボリュームのある菱形のショートボブとオレンジに近い明るい茶色に染めた髪は、カボチャのイメージ。
服はゴシック調の、レースのついた黒いワンピースを選んだ。普段ならコスプレか何かと間違えられそうな派手な格好だけれど、今日に限っては例外だ。
十月三十一日、ハロウィン当日。
「うん、いい感じ」
満足のいく出来栄えに、軽くガッツポーズをする。
「今日も俺は、最高にカワイイ!」
いわゆる女装男子である。
*
「『十九時半に、駅前の噴水で』……ね」
SNSのダイレクトメッセージを確認しながら、噴水を探して歩く。
おめかしして出てきたのは他でもない、SNSで約束をした男性と会う為だ。
もちろん、『ユーリ』という女性として。
初めてのことではない。何度か性別を偽って、ご飯を奢って貰ったり買い物に連れ回したりしていた。
バレそうになることもあったが、危なくなったら途中で逃げ出して事なきを得た。
騙して搾ってやろうという気持ちも幾分かはあったけれど、それよりも自分の女装のクオリティが高いことを暗に認められているような優越感がたまらなかった。
そうこうしているうちに、『黒髪のシーリーマッシュにカーキのコート』とメッセージにあった服装と同じ人物を見つけた。いかにも好青年、といった感じ。
「当たりだな……よし」
鞄からキャンディを取り出して、わざとらしく手に持ってから、男性のすぐ真後ろに立つ。
「こんばんは! ユーリで……え?」
あざとい挨拶は盛大に失敗した。
俺の作り声に反応してこちらに振り向いた彼の顔が、よく知っているものだったから。
「はじめまして、
はにかみながら自己紹介する彼の名は
幼稚園の頃からの、幼馴染である。
確かに彼は容姿も性格も悪くないのに、不思議と色恋沙汰に縁のない男である。
だからって、SNSで出会い系紛いのことをしているとは……。
十八でネットの人と会うなんて、危ないからやめた方がいいぞ、樹。
「あ、どうも初めまして……」
「とりあえず、その辺適当に歩きますか。今日会った理由も、寂しい独り身同士の暇つぶしですしね」
「そうですね、あはは……」
こうして俺のハロウィンは当初ほ予定から大きく外れて。
女装をした状態で幼馴染とデート、に変更なったのだった。
*
ショッピングモールのベンチに、二人並んで腰掛ける。
「結構歩いたねぇ。足、大丈夫?」
「私は大丈夫! ごめんね、付き合わせちゃって」
「全然、いいよいいよ」
同い年であることは事前にわかっていたので、打ち解けるのは早かった。
が、問題はそこではない。
同じ名前とはいえ、バレることはないだろう。そう割り切って振る舞っていた俺を襲ったのは、酷い共感生羞恥だった。
男友達が女性の前でちょっと態度を変えているのを見た時の、あのなんとも言えない気持ち悪さ。あれを非常にダイレクトに感じる。
「ハロウィンだけど、ユーリさんは仮装とかしないの?」
目の前にいるのが大変装した幼馴染であるとも知らずに、樹が聞いてくる。
「うーん、そういうのはちょっと……」
「勿体ない、せっかく可愛いのに」
「そんな事ないよ! も〜」
幼馴染に褒められて、悪い気はしない。しないけど、鳥肌と冷や汗が抑えられない。
「樹さんだって、かっこいいんだからなんかすれはばいいのに」
「やめてよ、照れるなあ」
「ひぃっ」
自分から振っておいて申し訳ないけれど、ゾッと悪寒がした。
いつもなら「俺イケメンだろ?」とか、ドヤ顔で言っているやつが女性の前だとこれだ。
樹の知らない所で公開処刑でしている気分になってきた俺が、別れを切り出すセリフを考えていたその時、樹が唐突に大きなため息を漏らした。
「ごめん。よくないなあ、俺」
何を言っているんだ、コイツは。
「何を言ってるんだコイツって顔してる……ほんとごめん、急に」
「え? ……ううん、良ければ話聞くよ」
樹は体を前に倒して、真剣な顔で話し始めた。
「俺、好きな人がいてさ」
「はあ⁉︎」
「そんな驚く……?」
「あ、ごめんごめん。続けて」
危ない。びっくりして素が出てしまった。
樹にも、そんな人がいたなんてな。
「いい奴なんだよ、ちょっと抜けてて、可愛くて。ただ、なんていうかその……長い付き合いでさ、仲良い友達って感じなんだ。だからこそ向こうはそういう目で見てくれないんじゃないかって」
しかも、めっちゃありがちなやつだった。
それにしても、一体誰だ? 長い付き合いなら、美咲か花奈辺りか……?
「一歩踏み出してみるしかないんじゃないかな?」
「やっぱ、そうだよね……」
というか、何故俺は幼馴染の恋愛相談に女性目線で答えているんだろう。
「その、ユーリさんを今日誘ったのもそれが原因でさ」
こいつ、恋愛相談するためにSNSで女の人に声かけたのか……。
「いや、恋愛相談がしたかったんじゃないよ? ただ……」
違ったらしい。流石にそこまで拗らせてはいなかったかと安心した俺の耳に飛び込んできたのは、もっと衝撃的な言葉だった。
「名前が一緒なんだ。俺の好きな人と」
「……え?」
「キモいよな、好きな人と同じ名前だからって誘ったりして」
それは確かにキモい。けど、今はそれどころじゃない。
ユーリなんて名前のやつは、知る限り周りにたった一人。そう、俺しかいない。
ってことは、さっきの言葉は俺のことを……
「でももう耐えられないんだ! 好きで好きで仕方なくて……」
「ちょちょ、ストップ!」
困惑する俺を尻目にアクセルを踏み始めた樹を止める。
突然告白され、愛の言葉を告げられ、おかしくなりそうだ。
「そういうのは、ユーリくんに直接言ってあげたらどうかな?」
だから、余計なことを口走ってしまう。
「ユーリ、くん? 男なんて一言も……」
樹が眉を顰める。
「ああいや、ちが……」
「もしかして……おかしいと思ってたんだ、名前一緒だし、身長もほぼ同じだし」
もう取り返しがつかないことを悟った俺は、覚悟を決めた。
「……悪かった。樹、俺だよ」
「優凛、お前……」
驚いたけれど、好いてくれているのは嬉しかった。でもこれで終わりだ。
騙すようなことをして、恥をかかせて、友達でいてくれるはずがない。
「最高に可愛いじゃねえか……」
あれ?
「前から思ってたんだ、女装したら似合うだろうなって。それが、こんなに……」
「いやいや、怒らないの……?」
「怒るやつがあるかよ! むしろ大好きだ!」
樹が抱きついてくる。
「俺は嬉しいよ……」
涙まで流し始めた。
「なあ、この後俺の家に来ないか? ゆっくり話したいんだ」
コイツの家について行って、ろくなことにならないのは目に見えている。
だけど、情熱と情報量に気をやられた俺は……
「うん……」
もう、なるようになれ。
全てを諦め、ふっと体の力を抜いた。
樹が謎の美少女と付き合い始めたと噂になるまで、そう長くはかからなかった。
仮装男子! 夢綺羅めるへん @Marchen_Dream
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