第29-2話 「どう思うって……」

 うるはの顔が目の前にやってきて目の前が真っ暗になった俺は、目の前だけでなく頭の中も真っ暗になっていた。


 冷静に状況を整理しようとしても何が起きたのか直ぐに理解することはできず、頭の中は混乱していた。


 そして状況を把握するよりも先にうるはの顔は俺の顔から離れていき、俺は顔を一気に紅潮させる。


「ちょ、ちょっとうるは⁉︎ どさくにまぎれてなにしてんだよ‼︎」

「何してんだよってわざわざ訊かないと分からない程曖昧な行為じゃなかったと思うんだけどなぁ。キスしたんだよ。キス」

「だ、だからなんでキスしたのかって訊いてるんだよ‼︎」


 うるはとは幼馴染ということもあり、他の女子よりは距離感が近かったように思う。それは心の距離も身体的距離にしてもそうだ。

 そもそも女子で俺と関わりを持っているのなんて椎川と関わるようになる前はうるはくらいだったので、他の女子と比較することなんてできやしないけど。


 とはいえ、流石に色々とすっ飛ばし過ぎではないですか? キスどころか手を繋いだら抱きついたりだって成長してからはしたことないのに。

 純粋に頬についたクリームを取ってくれると思っておりまさかキスをされるとは思っていなかった俺は目を丸くしていた。


「私ね。気付いてるんだよ。直生くんの気持ち」

「……なんだよそれ。俺の何に気付いてるってんだよ」


 この会話の流れでうるはが何を言っているのかなんて訊くまでもなく理解できる。


「直生くんはきっと、その気持ちに気付かないようにしてただけ。もしその気持ちに気付いてしまったら、私にはもう手の打ちようがないから最後に無理矢理にでもって思ったの」


 うるはが話を進める度に、うるはが何を考えて何を想ってあの行動に走ったのかがヒシヒシと伝わってくる。


 とはいえ、椎川には彼氏がいないと言われたり、幼馴染からキスされたりと急展開が多すぎて動揺していた俺は、うるはの真意に気付いていながら気付いていないフリをした。


「だから、うるはが何の話してるのか分かんねぇよ」

「直生くんはさ、椎川さんに彼氏がいないって聞いてどう思った?」

「どう思うって……」


 椎川に彼氏がいないと聞いた時、俺は間違いなく喜んでいた。驚きよりも嬉しいという感情が強かったのが事実だ。

 それは別に椎川とは付き合えるとか、そんなところまで話が飛んでいたわけではぬくただ椎川が他の男のものではないことが分かって嬉しかったのだ。


 とはいえ、今この状況でその内容を正直に伝えられる程俺の肝は座っていない。


「……だからね。私は直生君の気持ちには気付いてるって言ったの」

「べ、別に俺は……」

「椎川さんに彼氏がいないって言ったのは嘘でもなんでもなくて、嘘偽りのない事実なの。だからね、もう自分の本当の気持ちに気付かないフリなんてしなくて良いんだよ……」

「……うるは?」

 

 質問に回答できないでいた俺はうるはから視線を逸らしていたが、うるはの声が上ずってきていたので視線を戻した。


「ご、ごめんね、わだじ、ごんな姿見せるづもりじゃながっだのにぃ……」

「え、ちょ、うるは?」


 声が上ずっていたうるはは大粒の涙を大量に流していた。


「ほんどにごべん。じゃあもう私帰るね。用事は済んだから」

「え、ちょっと……」

「直生くん、今まで私に色んな世界を見せてくれてありがと。直生くんがらいたからこれまでたのしかったよ」

「ちょ、う、うるは? どこ行くんだよ……」


 そう問いかけた時には既にうるはは席を立っており、小走りでファミレスから立ち去って行った。

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