気持ちの再確認
第13-1話 「廊下に立っとけ」
今は数学の授業中。
先生が黒板に数式を書き連ねているが、そんなことはどうでも良くて俺はただ橘が言っていた、椎川の嘘、について考えていた。
椎川の嘘、についても気にはなるが、まず橘に彼女がいたという事実に驚かされ、しかもその彼女が椎川の親友である杏樹だったことに俺は驚きを隠せなかった。
深掘りしようとしても橘は詳しく話そうとはしなかったが……。
これに関してはどうでもよくはないが、それ以上に驚きの事実を伝えられたので俺の興味はそちらに移ってしまった。
椎川は彼氏がいると嘘をついている、という話だ。
そんな突拍子もないことを言われてもにわかには信じ難いが、橘はそんなくだらない冗談を言う人間ではない。
橘の言葉を信じるとしたら、椎川が自分の彼氏と言い張っているのは弟で、その弟に確認したら弟には彼女がいて、その姉が自分のことを彼氏だと言いふらしている事実は知らないということになる。
頭の中で整理をしようとしても内容が内容なだけにそう簡単に整理はできないが、一つ一つ順を追って確認していくしかない。
まず椎川が彼氏と言い張っていたのが本当に弟なのかどうかについてだが、椎川に彼氏の写真を見せてもらった時のこと思い出すと、確かにあの写真の人物は顔が椎川に似ていたように思う。
カップルは顔が似る、なんて話も聞くので気にも留めていなかったが、よくよく考えてみれば家族でもないのに顔が似ている男女がそうそういるはずもない。
となると、やはりあれは本当に弟なのだろうか。
だとしたらだ。
なぜ椎川が、弟が彼氏、という嘘をついているのかが問題になってくる。
まず一番に考えられるのは、椎川はブラコンで本当に弟のことが好き、という可能性だ。
しかし、いくらブラコンだからと言って弟が彼氏だと嘘をつくとは思えない。
弟に自分の自分の気持ちを悟られないために、自分の中で弟に対する気持ちを押し殺すのではないだろうか。
そう考えると、椎川ブラコン説は考えづらい。
となると、やはり椎川には何か他に理由があって弟が彼氏だと嘘をついていたことになる。
普通はどんな理由があったって、彼氏がいるなんて嘘をつくとは思えないが、実際彼女がいないのに彼女がいると言い張っている人間がまさにここにいるのだから、その可能性を捨てきることはできない。
俺はかなり特殊な理由で彼女がいると嘘をついているが、椎川にはどんな理由があって彼氏がいると嘘をついているのだろうか。
もしかすると俺と同じような理由で彼氏がいると嘘をついているのか?
……というか、橘に伝えられた椎川の嘘について深く考えてはいるが、椎川が、彼氏がいる、と嘘をついているからと言って別に俺には関係なくないか?
なぜ俺が椎川のことでここまで頭を悩ませる必要があるのだろう。
俺は椎川の彼氏が嘘の彼氏だと暴いてどうしたいんだ?
椎川の嘘を暴いたからといって喜ぶのは俺だけで、椎川が嫌な思いをするだけではないのか?
「……や」
それならもうこれ以上頭を使うのは……。
「……らや」
椎川のためではないのだろう……。
「新谷‼︎」
「は、はい⁉︎」
「何ボーッとしてるんだ。早く答えを言え」
「あ、その、えーっと……」
「授業中に他ごと考える余裕があるならもっと真面目に勉強してくれよ……。廊下に立っとけ」
「はい……すいません……」
授業に全く集中できていなかった俺は先生から出された問題に答えることができず、廊下に立たされることになった。
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