第10-2話 「そんな嘘信じねぇからな⁉︎」
今日は杏樹とのデートで、目当てのカフェで飲食を済ませた俺たちは手をつなぎながら街中を散策していた。
「お目当てのカフェも行けたし満足だね」
「うん。コーヒーも苦みが強くて私は好きだった」
「コーヒーなぁ。俺はまだお子ちゃまだからブラックなんて苦くて飲めないわ」
「そんなところも可愛くて私は好きだけどね」
「ははっ。ありがと」
杏樹と付き合い始めたのは2年生になってすぐのことだった。
付き合いたと思って付き合ったというよりは、いつの間にか付き合うことになっていたという方が正しいかもしれない。
俺と杏樹の接点は、俺が新谷の親友で杏樹が椎川の親友であることだった。
自分の親友の親友という理由で接点を持った俺たちだったが、恐ろしい程に気も合うし趣味も似通っていたので知り合ってから付き合うまでにあまり時間はかからなかった。
世の中には出会った次の日に結婚する人もいるくらいなのだから珍しいことではないだろう。
「あれ、あそこにいる人、どこかで見たことあるような……」
「え、どこにいる人?」
「ほら、あそこにいる人だよ。あの横に可愛らしい女の子を連れて歩いてる男の子」
そう言って俺は杏樹の顔に自分の顔を近づけて指をさす。
「--えっ⁉︎」
「どうかしたか? 急に大きな声あげて」
「あ、いや、なんでもないわよ⁉︎ そ、そんなことよりもう次の場所に向かわない?」
「いや、でもあの子どこかで見たことあるんだよなぁ。どこだったかな」
「そ、そんなの別に勘違いかもしれないし今わざわざ思い出さなくても……」
「--あ、思い出した」
杏樹に次の場所に行こうと無理やり引っ張られながら、俺はあの男の子をどこで見たことがあるのか思い出した。
あれは確か、椎川の彼氏だ。
一度だけ椎川に彼氏の写真を見せてもらったことがあり、頭の片隅にその記憶が残っていた。
「お、思い出した?」
「あれって椎川の彼氏だよな」
「え、そ、そうなの? ま、まあ確かによく見たらそうみえなくもないけど……」
「なんで横を歩いてるのが椎川じゃなくて別の女なんだよ。ちょっと俺、椎川の彼氏に声かけてくるわ」
「ちょ、ちょっと⁉︎ やめといた方が良くない⁉︎」
「なに言ってんだよ。椎川は杏樹の親友だろ? 親友の彼氏が別の女と2人で遊んでるんだから、なんとかしてやらなきゃいけないだろ」
「ま、まあそれはそうなんだけど、だって横を歩いてる女の人もただの友達かもしれないし……ってちょっと橘くん⁉︎」
杏樹が俺を制止する声が聞こえたが、俺は椎川の彼氏に話を聞かずにはいられなかった。
「おい、お前って椎川の彼氏だよな」
「……は? アンタ誰ですか?」
「俺は椎川の同級生だ」
「椎川って椎川望結のことですか?」
「そうだよ。お前、椎川の彼氏なんだろ? なんで他の女の子と2人で遊んでるんだよ」
「何勘違いしてるのか分かりませんけど、僕、椎川望結の弟ですよ」
「……は? 弟?」
椎川の彼氏が、いや、椎川の弟? が何を言っているのか分からず、俺の思考回路は完全に停止してしまった。
「はい弟です。椎川望結は僕の姉です」
「な、そ、そんな嘘信じねぇからな⁉︎」
「嘘だと思うならこれ見てください」
そう言って提示されたのはそいつの生徒手帳。
確かに生徒手帳には、
椎川という苗字は珍しい部類に入るだろうし、苗字が被るとは考えづらい。
「……本当に弟なのか?」
「はい。そうですけど」
「そ、そうか……。すまん。急に話しかけて」
「いえ。僕の姉ちゃん変なこと言う時あるんで、大丈夫です。それじゃあ」
そう言って、椎川の弟だと名乗るそいつはそのまま俺の前を通り過ぎていった。
その後で杏樹が息を切らしながら追いついてきた。
「おい、これってどういうことだ?」
「わ、私は何も知らないんだけど……」
「そうか……。何が何だかわけがわからないけど、とりあえず椎川が彼氏がいるって嘘をついてるってことは分かったな」
「ま、まあそうみたいね……」
椎川がなぜ彼氏がいると嘘をついているんだ? 椎川くらい可愛い女子ならそんな嘘をつく理由なんて……。
まさか椎川は新谷と同じ理由でそんな嘘をついているのか?
流石にそんな嘘をついている人間が自分の周囲に2人もいるとは考えたくもない。
「あれ、あの人どこかで見たことがあるような……」
「あの人?」
「ほら、あそこにいる人」
俺がため息をついていると、杏樹は何かを見つけたようで、俺は杏樹が指をさしている方向を目を細めて確認する。
「--げっ」
「どうかした?」
「あ、いや、なんでもねぇよ」
……すまん。新谷。
俺はお前の秘密を守れそうにはない。
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