3章 もしかして……。

疑惑

第10-1話 「頭痛くなってきた」

「なあ新谷」


 放課後、唐突に話しかけてきたのは椎川、ではなく親友の橘だ。


「どうした?」

「俺さ、杏樹と付き合ってるんだけどさ」

「へぇ。そうなのか」

「それでさ、こないだデートに行ったんだけど」

「うんうん……って今なんかとんでもないこと口走らなかった!?」


 あまりにも自然に話すもんだから一瞬スルーしそうになったが、橘は俺が知らないとんでもない事実を口走った。


「こないだデートに行ったって話?」

「それはそれで衝撃なんだけどさ。衝撃なのはその相手の話だよ」

「そんなに衝撃か?」

「そりゃ衝撃だろ。そもそも橘が付き合ってること自体知らなかったし、その相手が椎川と仲がいい棚瀬だってんだから」

「とにかくこの前のデートの話なんだけどさ」

「いやだから、そんな淡々と話し進められても困るんだけど」

「いやー新谷には話すかどうか、本当に悩んだんだけどさ」


 あー、これはもう完全に自分たちが付き合っている話には深く触れずに次の話に行くつもりですね。分かりました。理解しました。


「なんだよ。そんなに悩むなら別にはわざわざ話してもらう必要ないんだけど」

「いや、話すべきかどうか悩んだ上で、話すべきだと思ったからさ……」

「じゃあ早く言えよ」

「いや、でもなぁ。これ言っちゃうと多分俺当事者に怒られるんだよなあ」

「じゃあ別に言わなくていいよ」

「いや、でもこれは新谷には言うべき話だと思うんだよ……」

「じゃあ早くいってくれ」

「いやでも……」

「なんだよもうじれったいな!!」

「すまん!! 本当に申し訳ないとは思ってるんだけど、それくらいデリケートな話というかなんというか」


 何事に関してもハキハキとしているタイプの橘が、ここまで悩み狼狽えるとなるとそれだけやばい内容なのか?


 それほどの爆弾が何かはめちゃくちゃ気になるが、聞いてしまったら後に引けなくなるので聞きたくない自分もいる。


「まあ本当に無理して話す必要はないから。また気分が乗った時にでも話してくれれば……」

「いや、これを逃したらもうきっと新谷にこれを伝える機会はなくなっちまうからな。よし、覚悟を決めた」


 そこまでの覚悟を決めなければ話せないような話、やっぱりあまり聞きたくなんだが……。


「それで、それほど覚悟を決めないといけない出来事ってのはなんなんだよ」

「この前杏樹とデートしてた時、あるカップルを見つけたんだよ」

「それで?」

「そのカップルの男の方がな、椎川の彼氏だったんだよ」


 ……?


 橘が何を言っているのか、直ぐに理解することができない。

 

 橘たちが見かけたカップルの男の方が椎川の彼氏なら、一緒にいるのは椎川なのだからわざわざ遠回しに言う必要はないはず。


 それなのに、橘はなぜ理解のしづらい言い回しをしているのだろうか。


「なんだよその言い方。男の方が椎川の彼氏なら女の方は椎川なんだろ?」

「いや、それが全く別の女の子でさ」


 橘の言葉を聞いた俺は凍りついた。


 椎川の彼氏が椎川ではない別の女と歩いていたとなれば、それはやはり浮気をしていることになる。

 あいつ、あんなに仲がいいって話してたのに、浮気されてるのかよ……。


 いや、というかただ橘たちが椎川の彼氏が椎川とは別の女とまだちと遊んでいるところを見間違えただけとかじゃねぇのか?


「別に椎川の彼氏が椎川とは他の女友達と遊んだたってだけなら問題ないんじゃないのか?」

「俺もそう思って、直接声をかけて確認したんだけどな……」

「じゃあやっぱ椎川は浮気されてんのか」

「俺も最初はそう思ったんだけどな、話はそんなに単純じゃねえんだわ」


 単純ではないとなると、その場に椎川が現れて修羅場になったとか?


「じゃあどんな話なんだよ」

「俺が写真で椎川に見せてもらったその彼氏がな、どうも椎川の弟らしいんだわ」

「……は?」


 弟? 椎川の彼氏は椎川の弟?


 え、それはあれか、いわゆる近親相……。


「頭が混乱するのはわかるけどな、たぶん新谷が考えてることは的外れだぞ」

「じゃあどういうことなんだよ」

「弟に聞いたら横に歩いていたのは弟の彼女らしいんだわ」

「うん、もう何が何だかわかんねえよ」

「まあ要するに、椎川に彼氏がいるってのは真実ではなくて、椎川は真っ赤な嘘をついてるってことだな」

「……なんか頭痛くなってきたわ」


 橘の話は複雑に絡み合っていてあまりにも現実味がなく、俺の小さい頭ではその問題を処理しきることはできず混乱してしまっていた。

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