SF小説の練習

登美川ステファニイ

習作 戦え、ギャザーロボ

※「敵は海賊」と「ゲッターロボ」を合わせたような作品を目標として書いた。



 晴天。視界良好。雲もなく、絶好のパトロール日和だった。

 ギャザー1で俺たちは空を飛んでいた。マッハ1。いつものパトロールコース。棘皮星人に予想されないようにコースは乱数で変動するが、大体いつも同じようなものだ。それに奴らは待ち伏せなどはせずに正々堂々と襲ってくるので、コースが何であれ関係ない。敵ながらあっぱれだ。

「おい炎児。馬鹿にウキウキとしてるじゃないか。何を浮かれてやがる」

 脚部、ギャザーシャークの俊馬から音声通信がはいる。一応私語は厳禁だが、外部無線は封鎖している。第三者には分かりっこないので彼らは喋り放題だ。

「お、俊魔。分かるかい」

 炎児はパワースロットルを引いてちょいとロボを加速する。

「おいおい、飛ばし過ぎだぜ。また所長にどやされる。連帯責任なんだから勘弁しろよ」

 腹部、ギャザーエレファントの雷光だ。体がでかい割に小心者だ。まったく、一番でかいギャザーマシンを操縦してるんだから、もっとドーンと構えていればいいものを。炎児はいつもそう思う。

「雷光、固いこと言うなよ。俺はウキウキとしてるんだ。ロボがパワーアップするんでな」

「何だって? 何の話だ。新しい武器か。ロケットランチャーでもつくのか」

「何言ってんだい雷光。エネルギーの話だよ。忘れたのか?」

「エネルギー? そういや残量がもう少ないぜ。さっさと切り上げて帰らないと」

「そう、そのエネルギーだ」

 ギャザーロボのエネルギーは三機のギャザーマシンのエネルギーの総量となる。残りのエネルギーは三十八%。午前と午後のパトロールで四時間飛んだが、残り二時間半と言った所だ。

 ギャザーロボは三つの形態ごとにエネルギー効率が少し異なるが、ギャザー1、2、3のいずれでも戦闘継続可能は六時間から七時間。激しい戦闘ともなれば四時間ほどでエネルギーが尽きてしまう。ロボにはギャザー粒子収集装置が内蔵されており戦闘中もエネルギーを回復できるのだが、収集量が消費量を上回ることはなく、減少速度が若干遅くなる程度であった。

 要はエネルギーが尽きるまでに棘皮獣を片付ければいいわけだが、最近の棘皮獣は結構手強くなってきている。これまでは通用していたギャザーソードやギャザーカッターでは倒すことが難しくなり、ギャザーミサイルも必殺の武器ではなくなってきているのだ。そのため長期戦となり、あと一歩のところでエネルギーが切れ、やむなく戦闘を中断し逃げ帰る羽目になるのだ。

 そうならないように彼ら三人も戦術を考えてはいるが、小手先の工夫でなんとか出来るレベルを超えてきている。根本的な、ハードとしての解決が必要なのだ。

「だからさ、瑛美女史が作ってくれるんだよ。新しい収集装置を」

「へえ、何を収集するんだ? 切手か?」

「何言ってる。ギャザーロボなんだからギャザー粒子に決まってんだろうが。ロボに積んであるギャザー粒子収集装置をパワーアップしてだな、戦闘継続可能時間を伸ばすんだよ」

「すると、どうなる?」

「雷光、しっかりしてくれよ! 時間が伸びたら俺たちも戦いやすくなるってことさ! それに今まで以上にエネルギーも使いやすくなる。ギャザービームは二回までだったが、三回とか四回にさ」

「へえ、そりゃあいいな。じゃあギャザー3のタイフーンもか?」

「もちろんだ。俊魔、お前のソニックアタックもそうだぜ」

「ふん。回数が増えてどうする。二の矢を頼んで一矢で仕留める気概がなけりゃ、何度やったって同じだぜ」

「おいおい、そう言うなよ。確かにかわされることを前提にするのは良くないが、単純に戦闘時間が伸びるのはいいことだぜ? 何せ最近は三回に一回はガス欠で逃げ帰ってるんだからな」

「ふん。まあ、な。それは言えてる」

 前回の戦闘は三日前。ギャザー2の俊魔が中心になって戦ったが、得意のソニックアタックでの猛攻にも関わらず棘皮獣を仕留めきれず、泣く泣く俺たちは逃げ帰ったのだ。出直して倒したが、時すでに遅し。補給中に潮力発電施設が破壊され、俺たちは面目丸つぶれとなった。ピンチヒッターのギャザーコマンド戦闘機がいるが、パイロットの西園寺瑪瑙は骨折により絶対安静であり出動が不可能だった。その為完全に棘皮獣を放置する結果となったのである。

「しかし瑛美か。やっこさん、大丈夫かね。作るはいいが、いつもなにか足りないか余計なんだ」

 俊魔の心配ももっともだ。瑛美女史は西園寺研究所の研究員として働いており、ギャザーロボの開発にも関わっている才女だ。しかし自らの技術に傾倒するあまり、肝心の実用性や運用上の課題をないがしろにする傾向がある。放っておくとマッドサイエンティストになるのだ。

 敵を倒すためにバズーカを作ったはいいが、それは核弾頭を使用するもので、使用すれば近隣一体が放射能で汚染されるばかりでなく、使用した俺たちギャザーチームも致死量の放射線を被爆するという代物だった。そもそもどこで核弾頭を入手するつもりだったのか。作ってる途中で誰か止めればよかったのだが、研究に没頭している間は半ば正気を失っており、他人の忠告を受け入れる余地がないのだ。知性はあるが、理性が足りない。天は二物を与えないものだ。

「足りないのはエネルギーだけで沢山だ。しかしギャザービームを何度も撃てるようになっても、それだけでいいのかな」

「どういうことだ、炎児?」

「棘皮獣はだんだん強くなっている。ギャザーソードも歯が立たない。ここらでいっちょ、新武装が必要なのかもな」

「ほら見ろ。俺の言った通りじゃないか。ロケットランチャーだ。レーザーバルカンでもいいぞ。憎たらしいヒトデどもを蜂の巣にしてやる」

 雷光がうれしそうに言う。火器が増えるとなればそれは有効搭載量に余裕のあるギャザー3だ。雷光は武器のボタンが増えるのを何よりの喜びとしている。

「武装が増えたって鼬ごっこさ。ビームが強くなったら奴らはコーティングを使ってくる。ロケットもジャミングされて機能を失う。結局、一番頼りになるのは原始的な剣さ。ぶつくさ言ってないで素振りでもするんだな」

「素振りか。そうだな。しかし……」

「何だよ。最後まで言わないのは気になるぜ」

「いや、な。棘皮星人との戦いがいつまで続くのかと思ってな。奴らの基地はどこにあるのかわからない。目的も定かではない。声明も何もない。ただ街や基地を襲ってくるだけだ。戦うのはいいが、しかし、先が見えない戦いは疲れるぜ」

 棘皮星人の最初の攻撃は二年前の発電所襲撃だと言われている。言われている、と曖昧なのは、攻撃を行った兵器の姿を誰も見ていないからだ。当時は一般の発電所には索敵装置を配備しておらず、監視カメラはあったがフェンス周辺を映しており空を映しているわけではなかった。軍のレーダーでも察知できず、結局分かるのは爆撃されたという事だけだった。

 攻撃に使用されたのは航空爆雷だった。何らかの航空機が上空から爆撃を行ったようだが、爆弾の残骸は未知の構造をしていた。特別に威力があるわけではなかったが、どの兵器メーカーの物とも異なっていたのだ。設計思想が根本から異なっており、未知の勢力による攻撃と結論付けられた。

 その後に棘皮獣が現れ、その残骸を分析したところ、発電所襲撃に使用された爆弾との共通点が見出された。その為、発電所襲撃が一番最初の被害と考えられている。

 以来棘皮星人の作る棘皮獣が散発的に送り込まれ、人類は戦いを強いられている。戦闘中の棘皮星人との交信により、失われた母星から移住するために地球に来たと分かっているが、それ以上の情報はない。棘皮星人が何人いるのか。戦力の規模はどのくらいなのか。既に地球に侵入しているのか。それとも宇宙空間に潜んでいるのか。

 襲ってくる棘皮獣自体は海中から現れるため、何らかの前進基地が海中にあると考えられる。しかしその姿はいまだ発見できていない。巨大な潜水艦のような施設という推測もあるが、いずれにせよ痕跡は皆無だ。

 弱気な炎児の言葉に、俊魔が苛立ったように言葉を返した。

「人間はずっと戦ってる。日本は太平洋戦争以来戦っていないが、世界で考えれば争いのない期間なんてない。それは一つや二つの国の例外じゃないんだぜ。俺たちはずっと憎みあい、殺しあっているんだ。非戦争国であろうと、たまたま戦争でないというだけで、不和の種火はすぐそこにある。棘皮星人が相手であろうと関係ない。異星人だろうが何だろうが変わらん。俺たちは影に日向に戦い続けている。終わりなんてないよ。棘皮星人を倒したとしてもな」

「しかし俺たちは、ギャザーチームは、棘皮獣の脅威に対抗するために結成されたんだ。人間の戦争とは関係ない。棘皮星人をやっつけたらお役御免だろう」

「俺はそうは思わんね。考えてもみろ。ギャザーロボは本来外宇宙開拓調査用のロボだったんだ。環境や資源の埋蔵量を調査する純粋な学術的要求から開発されたものだ。それにギャザー粒子収集装置を搭載して、戦闘用に改修したんだ。これだけの戦力をただの調査ロボットに戻すと思うか? 俺はそうは思わん。戦争に駆り出されるぜ。次の相手は人間だ」

「お、おいおい。物騒なことを言うなよ! 俺たちは平和のために戦ってるんだぜ?」

 狼狽したように雷光が言う。

「俺は嫌だぜ、そんなの。人間同士で戦うなんてよ。俺は人を殺したくない。お前達にもそんなことはして欲しくない」

「お優しいことだな、雷光。お前の優しさは世界にとって必要だろう。しかし必要としない人間もいる」

「お前には必要ないっていうのか、俺が?」

「そうは言わんさ。お前は大事なチームメイトだからな。だが、その優しさを利用されないように気を付けることだな」

「ふむ。俊魔は相変わらず悲観的だな」

「俺に言わせりゃ研究所の連中全員がお人よしなんだよ。ちょっと異常があったら真夜中でもスクランブル。そのうち猫がくしゃみをしただけで出動だ。まったく、たまらんよ」

「そう言いながらお前だって出動してる。お前も十分お人好しだよ」

「ふん」

 棘皮星人を倒した後の世界はどうなるのか。ギャザーチームはどうなるのか。それは気になることではあったが、炎児にとっては今の棘皮星人との戦いの方が重要だった。そして炎児は信じていた。人間はそこまで愚かではないと。

「む?! こいつは何だ?」

 俊魔が声を上げる。レーダーに感有り、だ。レーダー自体は民間機や一般の船舶にも反応するが、これは対レーダー措置を講じている機体の反応だ。微弱ながら、未確認の存在を察知している。

「雷光。索敵レーダー波、最大出力で照射。あぶり出してやれ」

「ほい来た! この瞬間が一番楽しいんだよな」

 脚部、ギャザー3の部分からレーダー波が照射される。通常の十倍の強度だ。普通の戦闘機や船舶相手なら、機の電子システムを破壊出来るほどの出力だ。

「感有り! 隠れてやがったぜ、この野郎! 偵察機だ!」

 検知のパターンは未確認のものだった。しかしギャザーロボの偵察カメラが二十倍に拡大して光学的に機影を確認する。棘皮獣ではない。星型のヒトデの形をした偵察用小型ロボットだ。

「何を探っているのか知らんが、黙って返すわけにはいかない。行くぞ、俊魔、雷光!」

「分かっている」

「合点だ!」

「ゴ―! ギャザー、ゴ―!」

 パワー、ファイトモードに移行。スロットルレバーの反応が重くなり、主スラスターが大推力のジェットを吐き出す。体を押さえつけるほどの加速が三人を襲う。しかし耐Gスーツと強靭な彼らの肉体は8Gまでならものともしない。

 敵は二時方向、下方六十度。距離八〇〇〇。ギャザーロボは機首を下げて一気に加速。

 偵察機はレーダーを照射された時点で針路を反転させていた。機体表面のカモフラ―ジャを解除。機体上部にショックガンを出してギャザーロボに狙いをつける。射撃を確認。ギャザーロボは蛇行し射線を外す。

「ギャザーソード!」

 炎児が叫び、ロボの右肩の後ろから剣の柄が射出される。ロボの速度は音速を超えていたが、速度を緩めることなく柄を掴む。柄の内部から剣身がせり出しソードに変形し、急降下に合わせて偵察機めがけて剣を振り下ろされる。

 すれ違いざまの一閃。

 偵察機はソードで両断され、一瞬の後に爆発した。空中に爆炎が生まれ、破片をばらまきながら海中へと落下していく。

「やったぜ!」

 雷光が快哉を叫んだ。

「偵察機だけか。棘皮獣はいないようだな」

 攻撃態勢を取ったまま炎児はギャザーロボを周回させる。付近に異常な反応はない。海中にも潜んでいる様子はなかった。

「へっ! 暴れたりねえぜ! もっと手強いのを出してこいってんだ」

「おい雷光、無茶を言うなよ。エネルギー残量を見ろ」

「何? おっと、へへへ……今日のところはこのくらいで勘弁してやらあ」

「全く調子のいい奴だぜ」

 残量は三十五%。僅か数分の戦いだったが、急加速によって三%減少していた。仮に棘皮獣がいたとしたら、とても戦い抜けるエネルギー残量ではない。

「偵察機も片付けたし、そろそろパトロールを終わるか。今日も異常なしだ」

「そうだな」

「さっさと帰って飯にしようぜ! 俺腹減っちまったよ」

「何で座ってるだけなのにそんなに雷光は腹が減るんだ?」

「そりゃ周囲を注意深く見てるからな。目の血流が激しくなってエネルギーを使うんだ」

「やれやれ。雷光もエネルギー収集装置をつけてもらえよ」

「はははは! そりゃいいや」

「おいやめてくれよ! 俺はロボットじゃないぜ」

 ギャザーロボのエネルギー残量は三十五%だが、雷光は何%だろうか。そんなことを考えながら、炎児は研究所への帰投ルートを飛び始めた。


 西園寺研究所では日々ギャザー粒子の観測と収集をしており、そのエネルギーにより発電を行っていた。現在は近隣の市街地四千戸の電力を賄う程度であったが、粒子の収集効率は不安定であり未だ安定的なエネルギーとしての道は遠かった。

 しかし所長である西園寺嶽人は確信していた。資源のない国に必要なのはギャザー粒子発電であると。宇宙からほぼ無尽蔵に降り注ぐこの粒子こそが、原子力に代わるエネルギーになると信じていた。

 エネルギー開発の基礎となる粒子収集技術については毎日のように改良のための新しい方法が試みられていたが、この度、主任研究員の金丸瑛美が画期的な収集方法を完成させていた。

 うひひひ。

 瑛美は沈着冷静と言った表情をしていたが、脳内でうひひひと呟いていた。その呟きは喜びによるものである。

 ギャザー粒子は宇宙から降り注ぐ粒子だ。長らくその発生源は不明であったが、瑛美はその発生源を突き止めた。

 それは宇宙の果ての境界面であった。無限に膨張を続ける宇宙が、膨張の過程で放出しているエネルギーがギャザー粒子だったのである。現在地球に降り注いでいるギャザー粒子は、数十億年前に宇宙の果てから放出された物なのだ。

 この事が判明しても、しかし、粒子の収集効率に影響はなかった。何故なら発生源が分かっただけで、その発生量が増えるわけでなく、収集量が増えたわけでも無かったからである。ギャザー粒子そのものの研究には寄与するが、それだけだった。

 しかし瑛美はこの事実から、収集量の増加を期待できる仮説を思いついた。

 宇宙の果てから宇宙内部に向かってギャザー粒子が放出されているのなら、宇宙の外側に向かっても放出されているのではないか?

 それは大胆な仮説であった。そして確認が困難な仮説でもあった。宇宙の外側を観測する手段を人類は持っていなかったからである。

 だが瑛美は不断の努力と執念により、高温高圧化で臨界を迎えたギャザー粒子が、次元の境界を超越することを発見した。宇宙に穴が開いたのだ。そして、宇宙の外に放出されていたギャザー粒子を観測し、補足することに成功した。

 これにより宇宙の内側と宇宙の外側からギャザー粒子を収集することが可能となり、収集効率は二倍に上昇したのだ。

 最近のギャザーロボはエネルギー切れで敗退する事が多かった。その原因は、棘皮獣の戦力増強による苦戦もあったが、そもそも充填できるエネルギーが不足していたのである。研究所で備蓄するエネルギーの総量が不足することから、ギャザーロボが一回の戦闘で使用する量を減らさざるを得なくなり、満タンではあるが実質八分目、というような運用が続いていたのだ。

 それはギャザーロボのそもそも成り立ちが、開拓調査用ロボであったことにも起因している。

 開拓調査用のロボとしてならそこまでのエネルギーは必要としない。破壊的なビームは撃たないし、何時間も激しい機動を行なうこともない。そう言った前提で造られたロボであったので、元から充填できるエネルギー量が少なかったのだ。

 ギャザーロボは無理から生まれた無茶なロボである。そのしわ寄せがエネルギー問題という一番わかりやすい形で現れていたのだ。

 収集できるエネルギーが少ない。ロボ自体の容量も少ない。この二つの問題が、ギャザーチームと西園寺研究所を苦しめていた。

 しかし、それが今、新しい粒子収集装置の誕生により解決する。完全に解決するのだ!

 収集エネルギーの少なさは外宇宙からのエネルギー収集により補える。たとえロボの総容量が少なくても、戦闘中にも従来の二倍で収集できるのなら十分対応できるようになる。画期的である。

 それが瑛美の心中で、うひひひとなって現れ出でたのである。欣喜雀躍。随喜の至りである。そんなことはおくびにも出さないが、鋼鉄とあだ名される彼女にも喜びという人間らしい感情が存在したのだ。

「瑛美君。収集装置の稼動試験準備はどうかね」

 所長である西園寺嶽人が時計を気にしながら瑛美に尋ねる。その眼光は鋭く、若い頃からハシビロコウの異名で知られている。西園寺所長はハシビロコウのような瞳をぎらつかせ、微動だにせず立っていた。しかしその心中は穏やかではなく、心臓は早鐘を打っていた。

「はい、所長。つつがなく進行しております。定刻に予定通り開始できます」

 瑛美は計器類の最終チェックをしながら答えた。部下の研究員はもちろんいるが、最後の点検は念には念を入れ、自分で行うのが瑛美のやり方であった。

「父さん、これがうまく行けばギャザーロボのエネルギー問題は解決するのね?」

 娘の西園寺瑪瑙が聞いた。彼女は西園寺嶽人の娘であり、研究所の非常勤職員でもある。また有事の際にはギャザーコマンド戦闘機に乗って戦う戦士でもあった。

 ギャザーロボの苦戦は瑪瑙自身の戦いにも影響する。そのため、ギャザーロボ強化につながる今回の実験には、瑪瑙も大きな期待を寄せていた。

 ギャザーロボがエネルギー充填のために戦闘を中断した場合、戦闘はギャザーコマンドが引き継ぐこととなる。戦力で言えばギャザーコマンドはギャザーロボの五分の一程度だが、そのギャザーコマンド単機で一時間ほど時間を稼がなければならない。戦闘訓練を受けているとは言え瑪瑙はうら若き乙女である。命を懸けた戦いに身を投じるにはあまりに若く、可憐すぎた。

 ギャザーコマンドが被弾した場合は撤退を余儀なくされることもあるが、その場合は棘皮獣の独擅場となる。野放しとなった棘皮獣により破壊された施設はこの三か月だけでも五指に余る。それはギャザーロボの敗北であり、ギャザーコマンドの敗北であった。

 瑪瑙とて手を抜いて戦っているわけではない。女だてらに、などという揶揄の言葉を吹き飛ばすような激しい戦いを常に繰り広げている。その為に傷は絶えず、現在も肋骨と鎖骨を骨折中であり、頸椎には慢性のヘルニアという怪我を抱えていた。

 そんな瑪瑙であったからこそ、今回の新しい粒子収集装置の稼動実験には大きな期待を寄せていた。ギャザーロボがこれまで以上に戦えるようになれば、自分の負担も減り、最終的には人類を守ることにもつながる。所長や瑪瑙をはじめとする研究所職員にとって、ギャザーロボの強化はまさに悲願であった。

「ああ、もちろんだ。改良型の収集装置が十全に機能すれば、ギャザーロボのエネルギー収集能力は通常戦闘時の消費量を上回る。つまり、ほぼ無限に戦えるようになるのだ。激しい機動の場合でも戦闘継続時間は大幅に伸びるだろう。いや、まさに救世主だよ、瑛美君は」

 ハシビロコウの瞳が僅かに緩んだ。気が早いとは感じていたが、恐らく失敗はない。楽観的とも言えたが、これまでの瑛美による実験はいずれも成功しており、計算通りの成果を上げてきたのだ。そして今回の実験も成功するだろう。所長が瑛美に寄せる全幅の信頼が、ハシビロコウの瞳を緩ませていた。

 実験装置は真空の実験室で静かに稼動の時を待っていた。

 収集装置はダイソン球のような構造をしており、電力によって球形の収集装置の中心に粒子を捕捉する。ギャザー粒子はエネルギーを受けるとそのエネルギーを吸収する特性があり、粒子に十分に電圧をかけると吸収し、そして粒子は崩壊する。その際に発生するエネルギーを利用するのが収集装置の機能である。

 大きな球形の装置が台に据えられ、その球体に六本の電力供給装置が接続されている。磁場の発生もこの装置で行う。さながら水晶玉を乗せた六本足の台である。その球が映すのは、人類の明るい未来であった。

「……十五時。定刻となりました」

 瑛美の宣言により、実験グループの職員に一気に緊張が走る。西園寺所長の瞳も再び厳しいものへと変わった。

「それでは所長。第二種粒子収集装置の稼動試験の準備が整いました」

「うむ。始めてくれたまえ」

 所長の隣で瑪瑙も固唾をのんで見守る。

「それでは各員、これより稼動試験を開始します。電力供給、開始」

「一番回路、開始します」

 研究員が声を上げ、電源スイッチを押す。

 真空の実験室の内部で、一つ目の電力供給装置のインジケータ―が灯る。そして疑似ダイソン球への電力供給が始まった。

「二番回路、開始」

 続けて二つ目の電力供給装置が起動。残る四つも次々と起動する。

「電圧レベルを三に移行してください」

 瑛美の指示で装置への電力供給が増加する。球形の装置のスリットから強い光が漏れる。

「防壁を作動。映像に切り替えます」

 瑛美がボタンを押すと実験室のガラス部分に隔壁が下りる。そしてガラス面にカメラ映像が表示される。疑似ダイソン球は更に強い光を放ち、実験室全体がごくわずかに振動し始めた。ギャザー粒子はニュートリノのように物質を透過しながら移動しているが、疑似ダイソン球の強い電磁場が粒子を誘引し、球の中心部分に集めて逃がさない。

「磁場展開。電圧レベルを五に移行してください」

 磁場が球体内部に展開し、ギャザー粒子を中心へ留める。そして更に高まった電圧がギャザー粒子にエネルギーを与え、臨界を迎えると外宇宙への扉が開く。

「ギャザー粒子、次元境界の突破を確認。外宇宙からの粒子を捕捉します」

 装置には変化はない。しかし瑛美の見ている計器にはギャザー粒子量の増加が確認できた。装置は通常の二倍の粒子量を捕捉している。そしてまもなく、粒子の崩壊が開始される。

「ギャザー粒子、崩壊を確認。充電池へ給電開始します」

 ギャザー粒子の崩壊が確認された。与えたエネルギー以上のエネルギーが疑似ダイソン球から放射される。そのエネルギーを電力供給装置の別ラインが回収する。そして疑似ダイソン球から離れた位置にある試験用充電池にエネルギーが供給される。

 エネルギー量が上昇していく。これまでの収集装置よりも効率がいい。計算通り、約二倍だ。装置は安定して稼動している。

「所長、装置は完全に機能しています。あとは小型化さえ出来れば、ギャザーロボにも搭載できるようになります」

「よくやってくれた。瑛美君、そしてみんな。これで人類はまた一歩未来へと近づいた!」

 西園寺所長の言葉に職員の拍手が答えた。瑪瑙も安堵し息をついた。小型化という課題は残っているが、開発チームなら短時間で成功させるだろう。そしてギャザーチームもうまく使ってくれるはずだ。

 しかし、この胸騒ぎは何だろう?

 瑪瑙は言い知れぬ不安を感じていた。収集装置が放つ振動が心を震わせる。それは不安の前兆に感じられた。海の向こうの蝶の羽ばたきが地球の反対側で嵐を呼ぶような、そんな予感である。

「所長。おめでとうございます」

「いや、君のおかげだよ、瑛美君」

 所長と握手しながら瑛美は微笑んだ。うひひひ、と心で呟きながら。

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