わたしは魔王の娘です!? ~魔王の娘と勇者の息子が出逢ったら?~

長月そら葉

第1章 出逢いの春

第1話 衝撃の真実

「……お父さん、もう一回言ってもらっても良い? あ、その前に深呼吸させて」


 少しだけいつもより特別な夕食の席で、黒崎くろさき華月かづきは父に向かって待ったをかけた。椅子から立ち上がり、前のめりになって両手を前に突き出す。

 父の了承を得て、華月は大きく息を吸い込み、吐いた。わずかに落ち着いた気がする胸に手を置いて、心の準備を済ませた。


「いいよ」

「わかった。驚かせるのはわかっていたんだが、ここまで盛大とはね」


 父・あきらは苦笑いを浮かべると、もう一度さっきと同じことを少しだけゆっくりと発音した。


「華月は、なんだ」

「魔王?」

「そう、魔王」

「……魔王」


 何度繰り返しても、父は「魔王」と言うばかり。

 魔王といえば、華月も好きなライトノベルやマンガ、アニメで勇者が倒すべき最大の敵、ボスとして君臨する悪の権化的な存在だ。それくらい、ファンタジーな存在だとしか認識していない。

 その魔王の娘が、自分。華月の頭の上にはハテナマークが飛び交う。


「華月には、お母さんがいないだろう?」


 困惑を極める娘を哀れに思ってか、明はゆっくりとした口調で助け船を出した。華月は素直に頷く。


「うん、ずっとお父さんと二人だね」


 別にだから寂しいとか、辛いとか言うことはない。物心ついた頃からそうであって、華月にとっては普通のことだ。


「でもお父さんがそれを気に病んで、架空の母親を据える必要はないよ? わたしはお父さんと二人で、寂しいとか思ったことないし」

「ありがとう。……まあ、これから話すことはこれに関係することなんだ」

「まさか」


 ここまで並びたてられて、察することが出来ない程の阿保ではない。華月は信じられない思いを抱えたまま、思った答えを口にした。


「まさか……。わたしの母親が魔王?」

「そういうこと」

「……えええええぇぇぇっ!?」


 ガタンと椅子から立ち上がり、華月は目を丸くした。二、三歩後ろに下がってしまったのは、驚きを体が受け止めきれなかったから。

 よろけて背後にあった電子レンジに手をつき、華月はにこにことして動じない父をジト目で見た。


「……冗談では」

「ないね」


 あっけらかんと断言され、華月は崩れ落ちそうになった。嘘でしょという言葉を呑み込み、父は決して嘘を言わなかったことを思い出す。


 ☾☾☾


 大抵の子どもは、初めて自転車の練習をする時に親に嘘をつかれる。ある程度の形になってくると、ペダルをこぎながら子どもは言うのだ。


「絶対離さないでね!」


 親は「大丈夫大丈夫」と言いながら、ペダルを踏む子どもを手離す。後で転けて、止まって、それから子どもに怒られるのだが。

 しかし、明は違った。きちんと華月に「離すよ」と言ったのだ。


「そのまま足を動かし続けて。バランスが取れるようになったら、手を離すから。……良いね?」

「わかった」


 華月も神妙に頷き、ペダルを踏んだ。


「――よし、離すよ」


 スピードに乗ってきて、明があの言葉を言った。流石に頷く余裕はなかった華月は、そのまま真っ直ぐに進んで足をついて止まることに成功した。

 転ばずに止まることが出来たことが嬉しくて振り返った時、華月は父が涙ぐんで笑っている姿を見た。


 ☾☾☾


 だから、父は絶対に嘘をつかない。それが、非現実的なことだとしても。


「……これ、わたしの誕生日会だよね?」

「ああ」


 父の笑顔に、華月は固くこわばった顔を向けることしか出来なかった。


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