『急欠鬼ララドキュ』

やましん(テンパー)

『急欠鬼ララドキュ』

 

『これは、すべて、フィクションであります。この宇宙とは、一切無関係です。』



             👻



 朝になって、急に、しょっちゅう、欠席連絡してくるので、『急欠鬼』と、呼ばれる。


 羅羅は名前で、ドキュ、は、毎朝、その鬱陶しい電話に出てしまった同僚が、そんな気分になるかららしい。


 しかし、『ララ』は、仕事に来れば、お客様には愛想がよく、やさしく、親切なので、評判自体は悪くない。


 けれども、内部では、ひたすら、無愛想で、上司にお世辞のひとつも言ったことがなく、飲み会にも出ない。


 ゴルフに行こう、と、部長から誘われても、『却下』、と、答えるだけだ。


 しかし、困ったことに、彼女は、仕事上必要な、ある国家資格を持っていた。


 だから、まず、在籍していることが、重要だった。


 しかし、会社側は、本人には内緒で、新しい人材を、なんとか採用したので、ララは、要らなくなった。


 だから、予告なしに解雇した。


 そのぶん、労働基準法による手当てを余分に払ったが、それは、仕方がないと見た。


 国からの雇用に関する助成金は、もらっていなかったし、そこらあたりの問題はないとも踏んだ。


 しかし、彼女が体調を崩したのは、長期間の深夜までに及ぶ超過勤務が、そもそもの原因だ。


 少なくとも、本人には、そうした、認識があった。


 しかし、会社側は、まったく、当たり前のことだから、なのか、そのような認識はしていなかった。


 彼女は、解雇後、失業給付の受給手続きをしようとしたが、窓口で、仕事する意思がないと主張したので、それなら、制度上、直ぐには、受給できないと言われてしまった。


 ただ、病気ならば、診断書などあれば、受給期間の延長手続きをしましょう、と、言われていた。



 しかし、その前に、彼女は、姿が見えなくなった。



    ・・・・・・・・・・・・



 社員の間に、『急欠鬼』が、多発しだしたのは、その直後からだった。


 しかも、かなり、重症になる場合が多かった。


 社長たち経営者側は、困惑した。


 これ以上休む社員が増えたりしたら、会社が持たない。


 よくない噂がたっても、困る。


 なにが問題なのか、急欠鬼になった本人たちから聞き出そうとした。


 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・



 『妖怪? 生き霊? ばかばかしい。』


 科学者でもある社長は、一蹴した。


 『ばかばかしい。ぼくも、そう、思いますが、しかし、急欠鬼になった全員が、同じことを言うのです。羅羅くんの、祟りだ、と。彼女が、毎晩現れると。もう、耐えられない、と。』


 『いいかね、それは、科学ではないし、わたしは、信じない。だから、見たこともないし、会ったこともない。』


 『ならば、なぜ、みな、同じことを言うのでしょうか。』


 『陰謀かもしれないな。』


 『みんなが、つるんでると?』


 『うむ。本人は、どこにいるのかね?』


 『それが、分からないのです。連絡もつかない。履歴書にあった住所にも行きましたが、引き払っていました。行く先はわからないです。』


 『いなかに帰ったとかじゃない?』


 『彼女は、例の大噴火による、災害孤児でしたから、帰る先はないはずです。』


 部長は、そのように、本人から話を聞いていたのだ。


 実家があったあたりは、大規模火砕流で、全滅したと聞いた。


 『きみ、誰かの自宅に、泊まりに行きたまえ。』


 『はああ?』


 『仕事扱いにしてあげるから、誰でもよいが、了承しやすいのがよかろう。』

 

 

 『それは、たぶん、嫌がられますよ。』


 『ばかもん。会社の為だ。』


 『なるほど、まあ、本人のためでもあるかもしれないですね。いいでしょう。人の善いところから、やってみます。』 




     ・・・・・・・・〓・・

 


 部長は、いささか、気が進まなかったが、社長命令では仕方がない。


 そこで、唯一、羅羅と、比較的良い関係にあった、摩耶真くんに、連絡を取った。


 彼は、奥さまとは、別居している。


 ひとりぼっちだ。


 『くるのは、いいけど、お話し相手は一切、いたしません。羅羅さんの行く先とか、知りませんが、毎晩うちには出ます。あ、食事も、自分でやってください。部屋といっても、本と机の隙間になります。どうなっても、知りませんから。エアコンは、あります。布団類はありません。寝袋とか用意してくらさい。』


 『む? そんな言い方するやつでは、無かったがなあ。』


 部長は、いぶかった。




    ・・・・・・・・・・


 当日である。


 摩耶真宅は、築半世紀以上にはなる、いささか疲れた、ありふれた、二階建ての民家であった。

 

 何がどうだという、特別な感じはしない。


 呼び出しコールボタンを押すと、相手には見えてるらしいので、おもいっきり、ど・アップで、顔が映るようにしてやった。


 『かぎ、開けます。入ったら、解説書を、置いてあります。あとは、ご自由に。』


 ガチャン、と、鍵が外れる音がした。


 ドアを開けて、玄関に入った。


 カギは、どうやら遠隔操作の自動ロックらしい。


 玄関は、あまり、良く掃除もされていない狭い空間だ。


 くつや、緑色のごむぞうりが、あちこちに散らばっている。


 普通、上司が来るとなれば、掃除くらいするものだろう。


 と、部長は思った。


 もっとも、部長は、摩耶真より5つ年下である。



 土間から上がりの床に、『解説書』が、置かれていた。


 しかし、肝心の本人の姿や気配はない。


 部長は、捕まえて、話をしようと考えていたが、最初から、突き放された感じである。




 『解説書』



 表紙には、大きな文字で、こうあった。



『ご苦労様です。同情いたします。


 ただし、ぼくを、探さないでください。


 お手洗いとか、出会っても、ぼくが話しかけない限り、ほっておいてく


ださい。守れないなら、いますぐ、お帰りください。』



 続いて、小さな家の、見取り図があった。


 ついで、その先には、『羅羅さん出現記録』という、5ページ程の、レポートがあり、そこには、日付、時間、場所、内容が記録されていた。


 さらに、メモリーカードが付録になっていた。


 見取り図の、2階の向かって右側の部屋には『絶対入場禁止』、と、赤い字で書かれている。


 つまり、そこに、立て籠っているのだろう。


 小さな家の中を見分しながら、部長は思った。


『まあ、こうしてみても、掃除もろくにできてないみたいだし、といって、変わったものは、みあたらない。やはり、籠ってる部屋から引きずりり出すしかなさそうな。まあ、トイレとか出てくるんだろうから、そこで捕まえて、断固尋問しよう。長居はしたくない。』


 部長はそう考えて、応接間らしき部屋のソファを陣取った。



    ******************



 『あの、社長、部長さんおやすみとかです。』


 社長秘書兼、娘のミくさんが言いに来た。


 『なんだあ。かぜか、コロナか。』


 『さあ・・・・なんだか、雰囲気良くないらしいです。』


 『あいつ、報告にも来てないしな。ちょっと、電話してやろう。』


 社長は、部長の携帯に(スマホは嫌いだという・・・)連絡を入れた。


 しかし、出てくれないのだ。


 1時間待って、また電話したが、ベルは鳴るが、反応はない。


 摩耶真とは違って、あの部長は会社を立ち上げた時期からの盟友だし、良い部下だった。


 才能があり、仕事もできるし、忠実だ。


 『おかしいな。行って見るかな。』


 と、思っているところに、常務が駆け込んできた。


 『社長、警察の刑事さんがきとりますぞ。』


 『は?』



      ***************



 しぶがき刑事と言われる、近藤警部が、社長に、こう告げたのである。


 『言いにくいですが、おたくの社員の方ですか?』


 警部は、一枚の写真を見せた。


 『はい。たしかに。』


 『ふうん。これは、本人が持っていた携帯に入っていた、自撮り写真と思われます。さきほどらい、ここからの着信もあったので。』


 『はあ・・・・』


 『討死弐峠で、地元の人が発見しました。夜中に、自動車ごと、200メートル、がけ下に、飛び込んだようです。お気の毒です。』


 『なななな。なぜ?』


 『まだ、分からないです。』


 『夜中って、いつごろですか?』


 『検視では、午前2時半くらいです。』


 『きみい。連絡があったのは、何時?』


 聞かれた、秘書兼娘さんは答えた。


 『朝、9時きっかりです。』


 警部が身を乗り出して言った。


 『なんと。それは、興味深い。録音機能はないですか?』


 『ありますが、部長ですし、それは、しておりません。』


 『ふうん。ちょっと、いっしょに、署まで、確認に来てくれませんかねぇ。』


 『はあ。それは、もう。奥さんは?』


 『ほかのものが、迎えに行っております。』



     *****************



 その晩、摩耶真の部屋に、羅羅さんが現れた。


 『二番手は、かたずいたわね。次はだれにする? 本命? それとも、あの、いやな係長?』


 摩耶真は、震えていた。


 まさか、ほんとに、やるなんて思わなかった。


 病気にする程度と、聞いていたし。


 『ちょっと、あいつ、おかしな行動に出たからね。ミス・テリーとかいう、霊能探偵に依頼しに行こうとした。24時間対応とか。』


 『うあ。聞いたことある・・・・たしか・・・』

 

 『らしいわね。5年前に辞めた、やましんさんが親しいらしいから。そこから聞いたんでしょ。まあ、仕方ないから、お仕置きした。あなた、やましんさんを、いじめてたでしょ。なにかと、因縁付けた。』


 『なんと、いくらなんでも、殺すなんて。やりすぎだよ。そんなこと、誰にも権利はない。それに、いじめてなんかない、仕事上の意見をしただけ。』


 『幽霊に、やりすぎはないわ。で、つぎは、だれにする? もし、もう、希望がないなら、あなたにするよ。あなた、一番、やなやつだから。どうする?』



       ************   

 

 警部は、慎重に写真の解析をした。


 また、部長からの電話は、怪しいと睨んだ社員が、実は録音していた。


 調べてみると、発信元は、摩耶真という休職中の社員からだった。


 『こいつ、ちょっと、事情を聴こうか。』


 捜査員が、摩耶真の自宅に訪問した時は、すでに、行方をくらましていた。


 『ふん。気に入らないなあ。幽霊なんかが、殺人するはずがない。いやあ、存在するはずがない。この女性と、この、摩耶真が、共謀していたと見るべきだな。』


 写真には、羅羅さんと、摩耶真が写っていた。


 どっちも、足が消えているが、それは、光の加減だと、警部は見た。



   **********


 

 それから、間もなく、社長は病死した。


 弟さんだった常務も、長患いとなった。


 秘書兼娘さんが、後を継いだが、勤務改革を断行した。


 その先は、特におかしなことは起こらなくなった。


 専務である、前社長の奥さんは、そのままだ。


 

 羅羅さんと、摩耶真は、10年後に、おおかた、同じ場所から、それぞれ遺体で発見された。


 しかし、亡くなった時間は、別々だったようだ。


 おそらくは、恋人関係にあったらしい摩耶真が、羅羅さんを殺害したのち、後追い自決したんだろう。


 それは、もしかしたら、嘱託殺人だったのかもしれない。


 が、どうしても、物証は見つからなかった。


 しかし、なぜ、急欠鬼が連鎖したのかは、別に、心霊現象などではないと、警部は確信していた。


 あくまで、会社の、雇用管理が良くなかったからだ。


 『すべては、人間が引き起こすものだ。この世に、生きてる人間ほど、怖いものはない。科学では、まだ分からない事はあっても、解明できないことは、あるはずがない。』


 警部は、その後、兄が亡くなったので、実家の寺を受け継ぎ、警察は辞職した。


 あの、レポートと、記憶媒体は、署に管理されているはずである。


 もっとも、警部は、証拠にはならないと、判断した。


 あれは、一種の、偽造だろうと考えられる。


 羅羅さんというものが、しきりに画面に現れては、摩耶真と、次の標的を決めていた。


 それは、突然現れ、消えて行く。


 しかし、彼は、いまだに、幽霊の存在は、一切認めていないし、彼の科学主義は僧侶に転身したからと言って、さして変わらない。


 あのような映像なら、いくらでも作ることが可能だ。


 音声的な解析では、確かに、羅羅さん、本人の声と、まず、間違いがないとされたが、それすら、音声の再構成も、可能だろう。



 まあ、それでも、お経は読めるものだ。


 ついでに、こうも思う。


 『全部わかってしまったら、人間、やる気が無くなる。未来がないと悟ったら、誰しも、失望する。そこんとこ、踏まえた言動が大切だ。もっとも、中央の連中は、みな、だいたい分かったうえで、事を進めるからな。末端は、それに従うしかない。こういうのは、古代から、手に負えない。仕事が無くなったら、普通、生活が出来ないからな。祈りというものは、ひたすら、ただ自分にするものだ。それが、もし、誰かの役に立つなら、良い事だ。お経は、ひな形にすぎない。神仏が救っても、人間がミサイルや非難を飛ばせば、物理の法則に従って、相手に到達するさ。失敗することもあり。まさに、諸行無常なり。』


 

     *****************



 摩耶真は、未知の空間にいた。


 そこは、どういう空間なのか、分からない。


 羅羅さんは、説明もなく、ありがとうも言わず、はるかな先に行ってしまった。


 やましんは、まだ、あそこで、悩んでいるらしい。


 『結局、誰も、解決はしてくれない。自分で決着つけるしかないけど。でも、このやり方は、正しくはなかったかな。いまさら、仕方がない。まさか、あんなことに、なるなんて、思わなかったんだ。ミイラ取りがミイラになったんだ。うまく、隠し過ぎた。ばかみたいだ。』


 摩耶真は、ひたすら、無限の空間を、先に向かって、ぼつぼつ進むしかない。


 その先に、なにかがあるのか、何も無いのか。


 まだ、わからない。



 いまのところ、まだ、地獄も見えていない。


 そう簡単なことでは、ないらしい。




    ***************





 

 


 


 

 

 


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『急欠鬼ララドキュ』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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