アウターパーク2

鮪糸(つないと)

第1話 引く手

ダダダダダダッ…


(連射する銃にも慣れてきたな。)


ふうっ、と息をつきカウンターに銃を下ろすと、そのすぐ横にボトルの水が置かれる。


「お疲れさん。」


「見ていたのですか?」


「まあ、探してたからな。飯、どうするんだ?」


首を傾げつつ、時計に目を移す。短針は8のやや左を指していた。


「これは!失礼しました!」


「いやいや、いいんだ。それじゃあ、片付け終わったら食堂でな。」


「はい!」


男の姿が見えなくなると、少女の肩から力が抜ける。


「時間を守れないとは…これではまた、後輩たちに追い越されてしまうな。」




―――――――――――――――――――――――


「『隻腕の英雄』ねぇ…」


白衣を着た女性は読んでいた新聞をデスクに放り投げ、椅子の背もたれを目一杯倒した。


「不満なの?」


「不満…確かに不満なのかも。」


「どうして?いいじゃない。隻腕の英雄。」


「バカにしてる?…まぁ、名が売れるのは嬉しいけど、研究者らしく研究で有名になりたかったかなって。」


「贅沢な悩みだこと。」


「それに、本当に記事にしてほしいのはそこじゃないでしょう?」


先程から記事に文句をつけているのは高田リセ。パーク本島に配属された研究員だ。


3ヶ月ほど前、ジャパリパークの海域内にある第3離島からの救難信号を受け、原因を調査。島にとり残された研究員1名と7名のアニマルガールを、秘密裏に行われていた不法投棄による環境汚染と、それに伴って発生した劣化サンドスターの脅威から救い出した。


その代償とでも言うべきか、彼女には左腕がない。


「それには同意だわ。まあ、結構大きいスポンサーだったみたいだし、あんまり情報を出したくないんでしょ?」


「なおさらこのパークの上の人間が怪しく見えるわね。」


リセの相手をしているのは村上アイカ。彼女はもともと第3離島の配属だが、リセに救助され今は本島の研究員として働いている。


ため息をつきながら、一度は投げた新聞をもう一度手に取り、パラパラとめくる。

その途中で、ある見出しに目が留まる。


「…戦場で動物が大量死、ねぇ。」


「そういうニュースを見聞きすると、悲しくなるわね。」


「人間の勝手に巻き込まれるなんて、はた迷惑な話ね。」


もっとこう、明るいニュースはないものかと次々とページをめくっていると、リセのPCに1通のメールが届いた。


「ん、なにこれ…。」


「どうしたの?英雄様を超える二つ名でもあった?」


「アイカ…やっぱりバカにしてない?まあいいわ。それよりこれ見て。」


PCの画面をアイカの方に向ける。


「これ…差出人に心当たりは?」


「無いわ。見た感じパークスタッフのアドレスみたいだけど。」


「そう。それで、この内容、あなたはどう思うの?」


「どうもこうも…そもそも私は研究者であって、調査員ではないのよ?」


「でも、このメールはあなたを指名しているけれど。」


「悪目立ちしたせいよ。ただ…」


「ただ?」


「…あー!もう!行けばいいんでしょう!?」


「面倒くさいふりして、最初から行くつもりだったくせに。」


「違うわよ!本当ならこんなこと関わらずに研究に没頭したいの!…だけど、」


リセは右手で左肩をさする。


「なぜだか、力が入って、痛むのよ。何にもないはずなのに。」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一週間後。


「うっぷ…やっぱり、船は慣れないわ。」


「あなた、この前もそんな状態で助けに来たの?」


「感謝してほしいわ、ほんと…おうっ…」


リセは相変わらず船には弱かったが、アイカはケロリとしている。離島にいたから船には慣れているのだろうか。


ぼーっと遠くを眺めていると、だんだんと目的の島が見えてきた。それとほぼ同時に、操舵室から声が聞こえてくる。


「アイカさん!リセさん!もうすぐ第5離島に到着しますよ!」


「ありがとう、レン君。最後まで安全運転で頼むわね。」


「できれば揺れも抑えて…うっ…」


「あはは、善処します。」


藤田レン。彼も研究員だが、前回のことを考えるとどうしても男手が必要だった。しかし、リセには本当に「知っている」だけの知り合いしかいなかったので、アイカの同期だという彼を連れてきた。


そうこうしている間にも、だんだんと島の影が大きくなる。


「第3離島とは、また違った雰囲気ね。」


「…メールの内容が本当なら、船の往来のために、うぅ、港が整備されているのかもしれないわね。」


一週間前に届いたメールには、このようなことが書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


件名:第5離島調査依頼


高田リセ様


初めに、不躾を承知で連絡している。急を要する内容のため了承いただきたい。


あなたの功績を聞き、本件について適任だと感じたので連絡させていただいた。

第5離島は比較的整備の進んだ島であるが、直近の調査で異様なほどに船の往来があることが確認された。

前述したように、離島としては整備された場所であり、物資の運搬も頻繁に行われているのだが、他とは違い、大量のサンドスターが搬入されている。

そして、これは噂に過ぎないが…その島を出る船の中には本島に向かわずどこかへ消えていく船があるらしい。


この情報はパーク運営本部の主要サーバーにしか保管されていない。この情報を手に入れた折、あなたの話を耳にした。

どうか調査してはもらえないだろうか?


詳細は添付ファイルを参照してほしい。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「まったく、迷惑な話よね。」


「でも、あなたの左腕が行けって言ったんでしょう?」


「…」


頷きながら、左肩を押さえる。


「じゃあ、行くしかないんじゃない?」


「…そうね。」


「準備できましたー!」


「それじゃあ、行くわよ。」


「ええ。」


そうして、あるはずのないものに引っ張られるように足を踏み出した。




パークの管理外地区《そとがわ》へ。


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